第29話 クライマックス近くの、ほんのちょっとのひとときを

 昼を過ぎた頃にレムダルトとエブリンは皇帝のいる部屋へと赴く。

 レムダルトの未来の花嫁となる彼女を見て、皇帝は満悦の様子だった。


 皇帝自身エブリンのことをずっと気に入っていたので、最初の掴みは非常に容易だ。

 レムダルトとの今後の仕事のことや、結婚してからのことを簡単に話す。


 皇帝は酒を飲みながらそれを聞いていた。

 今日は美味い酒が飲めたと上機嫌で、完全にエブリンに気を許している。


 エブリンにとってこれは相手の喉元に刃と突きつけたも同然の成果だ。

 問題は皇帝の実力と、今の自分の実力の差だった。


(地上最強の魔術師と言われた皇帝。こうして対峙してわかったけど、魔力とか半端なさすぎじゃない!? なにこれ、加護とかそういうレベルじゃない。とんでもないエネルギーが奴を守っている)


 普段から感知されないようにしているのか、異名に相応しい魔力量だけでなく、とんでもないほどの謎のエネルギーが皇帝を守るように渦巻いていた。

 非常に巧妙にその気配を隠しているため、エブリンでも気付くのが遅かった。


 恐らくこれを知っているのはラーズム老とレムダルト、そしてアルマンドくらいだろう。

 この謎のエネルギーについてラーズム老やレムダルトから聞くのは難しい。


 隠すくらいだから、きっと知る者は限られており、感知できる者も限られている。

 そしてアルマンドは恐らく知ってて黙っていた。


 あの女の性格を考えると、そういったことをやるのは無理もないかもしれない。

 黙っていたということは自分が面白いかどうかを最優先させているので、恐らく聞いても教えないだろう。


(破壊の羽根を使って戦ってようやく互角の戦いができるかどうかね。となると『アレ』が活用できるのかもしれない。かつてアルマンドの下で教えを受けていたときに聞いたアレ。今の私が持つ魔女の叡智でできるかはわからないけど……やってみる価値はありそうだわ)


 エブリンの頭の回転は速く、すぐにでも対応策を考える。

 過去の記憶を掘り起こし、アルマンドからの叡智を思い出した。


 そして謁見が終わったあと、エブリンはアルマンドの秘術を完成させるための準備をしようと思案を練る。

 皇帝の部屋から出て廊下を歩いていたときだった。


「あの、レムダルト様。お顔色が……」


「え、俺の顔色?」


「はい、なんだかとても辛そうで……もしかしてご気分が優れないとか?」


「あ、あぁ……いや、最近張り詰めてたから、なんだかホッとしてさ。皇帝陛下の喜ぶ顔やエブリンを見てたら、なんだか急に身体の力がさ」


「今日は早めに切り上げて、お休みになられては?」


「いや、そういうわけにはいかないだろ。まだまだ仕事はあるし」


「どっちにしたって1日で終わるものではありません。最近は夜中まで会議をされたりとずっと気の休まる日がありませんでした。ですので……」


「ハァ、わかった。少しだけ休むよ。エブリンはどうする?」


「私は少し仕事をしてから休むことにします。なにかあればご連絡致しますので、どうぞゆっくりお休みください。……そうだ、明日はふたりでデートなど如何でしょう?」


「で、デート!?」


「はい、たまにはふたりでゆったりと過ごすのも良いでしょう。折角皇帝陛下に認めていただいたんですし……」


「そ、そんなのできないよ。第一皇帝陛下がお許しに……」


「大丈夫です。皇帝陛下ならわかって下さいます」


「う、うぅん、そうかなぁ」


 案の定レムダルトの心配は杞憂で終わる。

 夕方頃にその話を聞いた皇帝は喜んでそれを受理した。


 エブリンは一応レムダルトの提案としておき、彼がひとりの男として成長した風に見せる。

 第五天使の死で忙しい最中であったが、皇帝は特別にふたりで過ごすことを受け入れた。


(皇帝特権万歳ねホント。さて、ロザンナとの時間もあるし私は部屋で秘術の開発を始めないと)


 エブリンが今行おうとしている開発は、恐らく魔女アルマンドが教えられる叡智の中でも最も危険なものだ。

 かつて人間を巨大な化け物に生まれ変わらせたという話を聞いたことがあるが、それと同等かそれ以上とも言える。


 あれほどの力を持った皇帝を殺すには、打ってつけの秘術とも言えるのだが、如何せんその発動条件に難があった。

 エブリンどころか、この世の全員が苦痛かもしれない。


「発動条件自体はシンプル、だけど……もうちょっとどうにかなんないのこれ。嫌だなぁ」


 そう言いながらもエブリンは開発を重ね、丁度いいところでロザンナと会う時間帯となった。

 エブリンはアジトへと転移して、そこでひとり待つこと数分後、彼女はやってくる。


 初めて会ったときと同じ雰囲気で、すこし無理をしているように笑んでいた。

 黒く美しい髪も形が少し乱れている。


「ロザンナさん。アルマンドからアナタに会って欲しいと言われました」


「ありがとうございますエブリンさん。アルマンドさんからお聞きになったとは思いますが、"女同士で親交を深めるにはいい機会だ"ということで。お忙しい中お時間を頂きまして、感謝しております」


(え、私そんなこと聞いてないけど? ……アイツめ、勝手なことを。でもどうしようかしら。折角仲間になってくれたのに、やっぱりなかったことなんてのはさすがにねぇ)


「あの、もしかしてご迷惑でしたでしょうか?」


「いいや。アルマンドからは簡単にしか聞いてなかったので。これからどういう風にしようかなって考えていたんです。ウチはお堅いメンバーしかいませんから、きっとかなり緊張もされているでしょうし」


「あぁすみません。グリファス神父とも最近はロクに会話もしてなくて、アルマンドさんが気を利かせてくださったんです。ダメですね、私って。なんでもダメダメ」


「ちょっとそんなに自分を責めないで。悪いのはアナタじゃない。アナタが今復讐すべき相手こそその根源です。一緒に頑張りましょう。こうしているのもなんですから、一緒に街でも歩きませんか? 美味しい物を食べたり、服を見たりとか」


「い、いいんですか? ではよろしくお願いいたします。アルマンドさんと話してると、つい感情が高ぶって……その、この間、すっごく怒られるようなことをしてしまって……」


『おいバカなにしてんだ! 落ち着け! やめろ! 悪かった、オレが悪かったって! ────オレの酒に近寄るなぁぁぁあああッ!!」


「あ~、なるほど。まぁいいわ。私はそういうことはしませんのでご安心を。じゃあ行きましょうか」


 こうしてふたりは街まで転移し、ふたり揃って楽しい時間を過ごす。

 ロザンナはこうしている内はただの女性だった。


 とてもではないが夫が浮気をしているという不幸の渦中にいるとは思えないほどの明るさを見せてくれたのだ。

 グリファス神父に対しておちょくる感じで『パパ』と言ったりするが、エブリンにとってロザンナは本当の意味で『ママ』と言いたくなる存在だった。


 物腰柔らかく、優しい表情を見せる姿にエブリンはかつてその身に味わった母性を思い出す。

 かつていた両親の行方はもうわからない。

 あの村はとうの昔に滅んでいたから。


 親交を深めるという突然のイベントで困惑はしたが、こうしてよかったとさえ思える。

 休憩がてらカフェでロザンナはたくさんの思い出話をしてくれた。


 まるで今の父とどのようにして出会ったのかということを母親から興味津々に聞く娘のような心境でエブリンは耳を傾ける。


 であるからこそ、エブリンはロザンナの夫と言われる人物に憎悪と生理的嫌悪を覚えた。

 こんなにも良い人をなぜ裏切ったのかという思いに駆られた。


 だが、結局は自分も同じだという思いに辿り着く。

 レムダルトとの結婚も、エブリンにとっては復讐の道具でしかないのだから。


 複雑な気持ちを持ちながらも、エブリンはロザンナに寄り添う。

 

「不思議です。こんなにも落ち着けて、楽しい気分になれたのは久しぶり」


「そうですか。そう言っていただけると私も嬉しいです。私も楽しいですよ。まるで、お母さんかお姉さんと歩いてるみたい、なぁんて」


「まぁお上手」


 こうしてロザンナはエブリンと打ち解けた。

 この日を機に、メンバーの結束がより固くなる。


 アルマンドの発明も最終段階へと入り、エブリンたちの復讐はクライマックスへといこうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る