第14話 欲望の果ての復讐と噴血

 月に叢雲(むらくも)、花に風。

 夜の穏やかな時の流れが、帝国を包み込む。


 涼やかな風が外を流れているのとは裏腹に、裏カジノは熱狂と欲望の渦で燃え上がっていた。

 そしてさらにその奥では、怨恨と復讐の毒で、焼けただれんばかりの空気が場を支配している。


「あら、もうヘタったの? もっと頑張ってくださらない?」


「やめッ! やめてくれッ!! これ以上はもう、無理、だ……ぐぎぃいいッ!!」


「いいえダメよ。もっともっと苦しんでいただきますので」


 レドナー侯爵はベッドの上でもがき苦しんでいた。

 エブリンの魔術によって、比較的早いペースで筋肉組織と血管が破壊されていき、指先からジンワリと壊死を起こしている。

 

 身体が寒気で震えるたびに激痛に見舞われ、鼓動も緊張と恐怖で速くなった。

 あまりの症状に肉体と精神のバランスは崩れ、股間とベッドを濡らしていくレドナー侯爵の無様な姿を傍目に、エブリンは部屋の中を物色していく。


「あらあら、侯爵様って随分不用心なんですね。こ~んな重要な書類をここに置いておくなんて」


 自室に会った執務机らしき大きな机の上や中を漁っていると、エブリンが欲していた情報が記載された報告書のようなものを手に入れたのだ。


「魔術師育成施設の創設に関わったメンバーの名前もある……。皇帝は勿論あるとして、……あ、この人」


 エブリンは、驚きの人物の名を見つけた。


「第一天使、ラーズム老。天使たちのリーダー格、皇帝の相談役じゃない! なるほど、魔術師育成には天使の判断もあったのね。となると厄介極まりないわ。天使になんてそう簡単に近づけるわけないし、なによりラーズム老は警戒心が人一倍強い。下手に近づけば勘付かれる」


 エブリンは書類を見ながらボヤきながらも、一手その次の一手を考えていく。

 とりあえず今後としては、ラーズム老以外の創設メンバーをひとりずつ手にかけていくとして、今やるべきこと、そしてに集中することにした。


 エブリンは身を返して、ベッドの上でもがき苦しんでいるレドナー侯爵の方を見る。

 あまりの激痛に口から泡を吹き、目からは涙を、体中から大量の汗を飛び散らせていた。


「さぁて、そろそろフィナーレといきましょう。絶頂、お好きでしょう?」


 そう言ってエブリンはベッドへと近づき、おもむろにレドナー侯爵の身体に跨る。


「な、なにを!? ひぎぃいいいッ!!」


「あはッ! いい声! でも、もっといい声出せるでしょうホラ」


 エブリンに乗っかられたことによって、激痛がさらに輪をかけて体中を巡る。

 それに耐え切れず、レドナー侯爵の断末魔が響き渡った。


 だが、そこからエブリンは跨りながら、自身の身体を上下に揺らし始めた。

 揺らされ、体重を何度もかけられたりすることで、頭がおかしくなるほどにまで昇華した激痛が、レドナー侯爵の肉体と精神を襲う。


「まだまだ行きますよ? 夜は始まったばっかりなんですから、いっぱい痛がってくださいね?」


「あががっ! ぎはががかはっ!!?」


 とうとうレドナー侯爵の口や目、鼻から血が噴き始める。

 わけのわからない言葉で叫び始めるあたり、もう肉体と精神が限界に達しているようだ。


 しかしエブリンは不敵な笑みを浮かべながら、さらに体を激しく揺らす。

 ここで終わらせるなどもったいないと言わんばかりに、エブリンの息遣いも荒くなっていった。

 それはさながら、性の熱を求め狂う女の恐ろしさ。


 だが、エブリンが求めているのは猟奇的な興奮だ。

 憎しみの果てにある死を見ることで、エブリンは初めて満たされる。


 今まさにその瞬間を目の当たりにしようとしているのだ。

 これには平静でいられるはずもなく、エブリンのボルテージも跳ね上がっていく。


「アッハァッ!!」


「ぐぎゃあああああッ!!」


 レドナー侯爵の断末魔が再び響いたとき、部屋の中に灯っていた蝋燭がフッと消えた。

 蝋燭の火は消えるほんの一瞬だけ、勢いが強くなる。

 まるで自らの存在を残そうと最後の抵抗をするかのようにだ。


 レドナー侯爵の断末魔もまたそうかもしれない。

 彼の叫びは命の救難信号、消えたくないという生存本能。


 だが、それすらも復讐の息吹で掻き消されてしまった。

 苦渋の表情に満ちた顔で事切れたレドナー侯爵の身体に跨る女エブリン。


 その顔は満面の笑みで満ち溢れていた。

 復讐を成すことができたエブリンは、ゆっくりとベッドから降りると、クツクツと笑い声を零す。


「最高にいい夜ね。これなら次も上手くいきそう。……このまま夜の景色を見て感慨にふけりたいところだけど、いつまでもここにいるのは得策ではないわね」


 早速撤収の準備にかかる。

 魔術による隠ぺいと、事後処理は完璧。

 これでエブリンがここへ来たという痕跡は一切取り払われる。


 誰にも見つからぬよう、エブリンは寮の居室へ戻り、服を着替えた。


「バニー衣装は……ん~、勿体ないけどあとで処分するか。……さて、次の一手ね」


 エブリンはコーヒーを淹れてソファーに座り、足を組みながらくつろぐ。

 意外に難題かもしれないこの一手に、どうしようかとエブリンは頭を働かせた。


「……"魔王"。魔王の力は是非とも欲しい。直接会っても話にはならなさそうだけど……」


 エブリンはコーヒーをすすりながら魔王との会談をどうするかを考えていた。

 魔王と手を組めば、帝国の情報を渡しつつ、エブリンの出世の足掛かりになるように動けるルートが探せるに違いない。


 魔王は恐らく、帝国に恨みを持つ者もしくは国の情報を持っている。

 それらを上手く使えば、出世への道も開けてくると考えたからだ。


 たとえ魔王と戦闘になっても、屈服させる自信がある。

 エブリンは実に得意げだった。


「とりあえず、明日は非番だからゆっくり休むとして……魔王が次にどこに現れるか調べないと。こういうときにアルマンド便利なのよね」


 まるで快進撃の末の凱旋をしているかのようで、エブリンの心は実に晴れやかだった。

 心地良い夜の風が窓から入り込み、エブリンの頬を撫でると、ここまで張り詰めさせていた肉体と精神が癒えていくのを感じる。



 そして次の日、帝国に激震が走った。

 レドナー侯爵のが伝えられたのだ。


 表向きはそのように伝えられたが、皇帝や天使たちの耳に入ったのは世にもおぞましい死に方であり、皇帝は犯人捜しを命じ調べさせたが、結果として誰ひとりとして容疑者が上がることはなく、それが皇帝を苛立たせることに……。


 皇帝は知らず知らずのうちに、復讐の魔の手によってジワリジワリといたぶられているのだ。

 

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