第16話 vs.魔王

 荒野に烈火と斬閃が混じり合う。

 魔王の鋭い一撃が炎を掻き消そうとするも、エブリンの究極にまで極め上げた炎が、魔王の能力を圧倒していた。


「跪きなさい」


 エブリンの炎の術式に魔力が装填(リロード)される。

 百戦錬磨の魔王でさえも舌を巻くほどに早い練度だった。


 乾いた大地に地獄に相応しい熱が加わり、突如ひび割れたかと思えば、火山の大噴火に匹敵するほどの炎が天に向かって放出される。

 

「ぬぉおッ! 小娘がぁああッ!!」


 魔王は炎の勢いで宙に浮き上がった身体を器用に反転させ、地上で余裕の笑みを以て魔王を見上げるエブリンへと向ける。

 大剣に魔力が集中し、エブリンに負けぬほどの電気を帯び始めた。

 

「流石は魔王ね。魔力の質も量も桁違い。だーけーどーもー」


 エブリンは人差し指で瞬時に宙に十字を描いた。

 その十字になぞらい、魔力が収束し巨大な十字の炎を顕現させる。

 

「炎か雷か……。だが、この俺は負けんッ!」


「こっちの台詞ですわ魔王さん」 

 

 魔王の雷は大地そのものを抉るかのような轟音を上げながらエブリンへと放たれる。

 エブリンの炎は空に十字の烙印を押し付けるかのように、レーザーのような軌道で魔王へと放たれた。


 互いの魔力量とその質は常人を超越した領域にある。

 ふたりの魔術がぶつかり合えば、広範囲にわたって空間を揺るがす衝撃とその余波が来ることは明白だ。

 そしてそれは現実のものとなり、半径数kmにもわたる大爆発を引き起こした。


 魔王は爆風の中であっても、その威厳は変わりなくマントをはためかせながら地上に舞い降り、エブリンはめくり上がりそうなスカートを抑えながらも涼しい顔で佇んでいた。


 ここまでエブリンが一歩リードした状態であり、彼女の高い戦闘能力に魔王の血が滾ってくる。

 エブリンへの憎しみはまだ多かれど、その中にほんの一握りの尊敬の念が混じっていた。


 エブリンもまた若干似たような感傷に浸っていた。

 自分と同じ境遇、という点で多少のシンパシーはあったが、魔王の強さに触れたエブリンは彼の中に秘める猛毒のような憎悪と鋼のような覚悟を感じ取ったのだ。 

 

 大地は炎に焼かれ、ところどころに炎が揺らめいている。

 発せられる高熱の気で、空もどす黒い地獄の模様を浮かべていた。


 これが復讐という力の結果であるというのなら、まさしく世界は今ベリベリとその鍍金が剥がれかけていることだろう。

 国のトップやその下々の者たちが口にする平和や幸福の裏で、憎悪と怨嗟が咆哮(さけび)を上げて大きく燃え上がっているのだ。


 かつての読んだことがある御伽噺の、神に封じられた巨人たちの話。

 彼らの怒りの咆哮は、まるで臭い物に蓋をするように遮られた。

 敗北者の声は、理想の世界にはそぐわない。

 幸福という概念の中では、彼らの呪詛は邪魔でしかない。

 

 もしも今こうして向かい合っているこのふたりの存在が、理想にそぐわない呪詛の体現であるというのなら、きっと多くの者たちが排除しようと企むだろう。

 来たる日に向けて細々と暗躍するエブリンと、来たる日に向けて延々と戦場を駆け抜く魔王。

 

 カマエル大帝国を脅かすであろうふたつの猛毒の存在は浄化し消し去らなければならない。

 だが、残念なことに帝国も皇帝もこのふたりのことをそれほど重く見てはいない。

 エブリンにいたっては帝国に所属していることもあって、完全に皇帝の懐中に入れてしまっている。

 

 このふたりが組めば、帝国だけでなく世界そのものに強大な打撃を加えられるだろう。


「……貴様、本当に宮廷魔術師か? この炎の威力……最早天使クラスに匹敵……いや、それ以上のパワーを秘めている」


「フフフ、恐縮の至り。この燎原のエブリン、異名の通り炎を操る術に関しては皇帝にも負けないと自負しておりますので」


「……随分と大きくでたな。自意識過剰か?」


「まぁ失礼ね。ホントにホントですよ! 私ったら、滅茶苦茶強いんですから。……今こうしてアナタと戦って生きてることがその証拠でしょう?」


「ふん、図に乗りやがって。その自信満々のしたり顔を苦痛に歪めたくなったぞ」


 魔王は再び大剣を構える。

 エブリンは魔王を降伏させるという名目のもと戦っているが、魔王は違う。

 魔王はエブリンを確実に殺そうと、殺意を宿す眼光を兜の隙間から覗かせていた。


 両者が睨み合う中、アルマンドはふたりの実力の高さに舌なめずりをする。

 強くなった過程は違えど、元を辿ればふたりは皇帝の野望の中から生まれた憎悪の子だ。

 世界の不条理という胎盤から生まれ出でた復讐は、アルマンドにとって心地の良い音色を響かせる楽器であり、愛する仔羊も同然である。


「なるほどなるほど。ふたりの実力はほぼ互角。いや、総合的にはエブリンが一枚上手か。……でもアイツかなりの自惚れ屋だからなぁ。そこをつかれると弱いんだ。だが、自惚れてるアイツははっきり言って誰よりも美しくもある。傲慢な復讐者ってのもたまには悪くない」


 戦闘の余波によって揺れる銀色の髪を手で優しく撫でながら、アルマンドは眼光鋭く微笑んだ。

 皇帝が生み出した魔王、魔女が生み出した天使。

 両者の復讐の念が、地獄のような熱風としてアルマンドの身体と心に流れ込んでくる。


 アルマンドが見守る中、エブリンと魔王に動きがあった。

 魔王は爆発的な魔力放出により、一気に間合いを詰め、エブリンの懐へと入る。

 横薙ぎに振られる大剣の軌道を読み取り、エブリンは宙高く飛ぶや両手に顕現させた炎で、5mほどにもなる炎の鞭を2本。

 それを巧みな鞭捌きで操り、空中からの不規則な軌道の攻撃を仕掛ける。


「ぬぅうッ!!」


「アッハッハッハッハッ! 焼かれながら鞭打たれる気分はどうですか? さぁ降参しなさいな。悪いようにはしませんよホント」

 

 上から目線で相手を痛めつけることに快感を覚えるエブリン。

 エブリンはこれまでの復讐を経て、対峙する相手が苦しむ顔をするのを見るのが好きになっていた。

 支配されていた者が、支配する快楽を覚えるのは歴史上特段珍しいことではない。

 エブリンの攻撃はさらに勢いを増すが、そうなるほどにエブリンの動作に無駄が生じてくる。


(奴め、どうやら体術に関してはそれほどでもないようだな。ならばこの位置から叩き込める)


「これで……終わりよッ!!」


 エブリンの大上段からの振り下ろし。

 ふたつの鞭が三日月のようにしなり、地面へと叩き落とされる。

 それを魔王は大剣で防いだ、その直後だった。


「────き、消えたッ!? 嘘ッ!?」


 地面に叩きつけた衝撃とともに、鞭を構成していた炎が爆発し霧散する。

 大剣に当たった感触は確かにあったのだが、なんと魔王は大剣のみを置いて忽然と消えてしまった。

 この謎の光景に先ほどまでの余裕は困惑へと変貌する。


「中々にいい攻撃だったぞ。……だが甘い」


「なっ!?」


 エブリンは背後に顔を向けると、魔王が同じくらい高く飛び上り、素早く掴みかかってきた。

 反応できないまま空中で身体を掴まれたエブリンは、魔王の怪力に操られるままに身を委ねるような形になる。


「貴様の力には敬意を評する。殺しはしない。だが、しばらく眠ってもらおう。俺が帝国をぶっ潰すまでなッ!!」


 エブリンの身体が魔王の肩の上で仰向けになるようにして寝かせられ、顎と足を力強く掴まれる。

 

「え……ッ! ちょ、コラなにすん────」


 慌てたエブリンが声を張り抵抗しようとした直後、魔王が地面に着地したと同時に彼女の身体を海老反りのように大きく反らせた。


「がッ!? ……────はぁ、が……ッ!!」


 魔王のパワーと鎧の硬さ、そして地面着地直後のインパクトも相俟って、エブリンの身体に尋常でないダメージが入る。


 ────バツンッ!!


 衝撃によりエブリンの元々はち切れそうだった胸元を持つ服は、バツンという音を立てボタンが弾け飛び、下着に包まれた乳房と、綺麗に引き締まった腹部のくびれを露わにした。

 

 一気に上半身が解放されたエブリンはあまりのダメージにその美顔を苦痛に崩壊させ、舌を突き出すようにして白目を向きかけている。

 大きく反り返った身体には脱力が見られ、豊満な実りは下着がずれてしまいそうな勢いで大きく揺れた。

 

「うっは~、オレ知ってる。あれ"アルゼンチン・バックブリーカー"だ。あの高さからやるとか容赦ねぇなぁ魔王は……。だが、それでアイツを止められたかな?」


 アルマンドが遠くでほくそ笑んでいる中、ガクガクと痙攣するエブリンをその場に放り投げる魔王。

 まるで壊れた人形かのように横たわるエブリンの脇を通り抜け、魔王は大剣を手に取った。

 

 ────なぜ自分はあの女を殺さなかったのだろう?


 魔王の中にふと疑問が浮かぶ。

 あんな体術を駆使して気を失わせずとも、あのまま大剣を振るえば殺せたはず。

 だがその決断をしなかった自分自身の判断に、魔王は多少ながらも狼狽していた。


(まさか、俺は奴の話を鵜呑みに? 同じ復讐者として殺すのをためらい憐れんだと? ……馬鹿馬鹿しい、そんなわけあるか。自分も皇帝に復讐など、俺と協力しようなど嘘に決まってる。そうだ、コイツはただのイカレかその類だ)


 そう自分に言い聞かせるも、それはまるで冷静でない心の声であると理解できる。

 エブリンの強さにはなにか惹かれるものがあった。

 そう思い振り向いた直後、魔王はカッと目を見開き、身を右へ捩って宙を舞い着地。


 ────飛んできたのは破壊粒子による光線。

 

 さっきまで大ダメージで倒れていたはずのエブリンが三対六枚の純白なる翼を生やし、人差し指を魔王に向けるようにして、地面より少し上を浮いていた。

 息を荒くし、左手で身体を隠すようにして開いた服を掴み、魔王をその碧眼で見つめている。

 

「今の光線は……それに貴様、その翼はッ!」


「……まったく、まさか復讐でない戦闘でこの翼を使うことになるなんて。2回目よ2回目? 自分で言うのもなんだけど、自分が自惚れ屋だってこと、すぐに忘れての調子に乗るのが私の悪い癖ね。どうしよ、治せる気しないんだけど」


 エブリンは前髪をかき上げるように右手で撫でると、決意に固まった表情を魔王に見せる。

 そこで魔王は思わず戦慄した。

 

 

 エブリンは『魔王と手を組む』という名目で殺さないように配慮していただけでなく、性格からの慢心と愉悦で隙を生んでいた。

 今こうして対峙しているエブリンがフルパワーに近い状態だとすれば、果たして勝てるのかと、魔王の頭の中に考えがよぎる。


「安心して? 殺しはしないわ。ただ、あの一撃で滅茶苦茶身体が痛いし、ちょっとイラっときたから……ボッコボコにいたぶらせてもらうわよ。その後にでも仲間になってもらうから。アナタの協力は必要でね。この翼の存在を皇帝に知られずに出世していくには、裏工作は欠かせないわ」


 丁寧な口調から一変、砕けた物言いのエブリンからは魔王でも肌が泡立つほどの闘気を感じる。


(な、なんだコイツは……ッ!? この吐き気がするほどの重圧……化け物、か?)


 魔王は己を恥じる。

 宮廷魔術師と名乗る目の前の少女は、予想を遥かに凌駕する存在であったのだと。

 眠れる獅子を起こしてしまった。

 そして同時に確信する。


 ────エブリンの決意は本物だ。


(もしかして……この女なら、俺の復讐を……)


 そう思いながら大剣を構える。

 本気のエブリンと戦ってみたい。

 どれほどの力を秘めているのかをこの目で見てみたい。

 協力するに値するほどの実力を持っているのか知りたい。


 そんな欲望が戦士の性と化し、再度魔王の血を滾らせる。



「やれやれ、戦いに夢中になりやがってあのふたり。しっかしエブリンは相変わらずすげぇや。体術苦手なくせして、体術得意な奴よりタフなんだからな。……────さて、こっからはどうなるかな? 実際俺も本気、いや本気に近いエブリンの実力を見てみたい」


 アルマンドは腕を組んでじっと目を凝らす。

 そして目の当たりにする、エブリンの実力を────。






 決着が着くのにそう時間はかからなかった。

 結果はエブリンの圧勝で、魔王は完全に雑魚のように扱われ、エブリンの足元に倒れ伏している。

 荒野はエブリンの放った破壊粒子砲などで滅茶苦茶になっていた。

 エブリンの攻撃の激しさや規模が如何に規格外なものかを物語っている。


(これ、が……燎原のエブリンの……力。……さっきとは動きが段違いだ。これ、より……さらに、上がある、のか? ハハ、ハハハ)


「ふ~んなるほど。これが本気に近い私の実力か。今まで出すことなかったから、知るいい機会になったわ。……これは『復讐』という結末へ至るための力。そう、別に皇帝みたいに『地上最強』を名乗りたいわけでもないし、『無敵の存在』になりたいわけでもない。いくら私が強いからって、その点をはき違えないようにしないと、目的が大きくずれていく気がするわね。────この翼を使うのは、皇帝に辿り着くまで禁止しないとダメだわ。ただでさえ自分で止められないくらい調子に乗っちゃうのに、もっと調子に乗っちゃう」


 そう呟きながらエブリンはしゃがみ込み、魔王を見下ろす。


「さて、魔王。私に協力してくれますね? 嫌だってんならさらに痛めつけてあげますけど」


「……好きにしろ。異論はない。お前となら、もしかしたらって思い始めたところだ」


「それは重畳」


 エブリンは出会ったときのように魔王に微笑みかけた。

 

 アルマンドに続く2人目の協力者、魔王。

 エブリンは魔王を回復させ、情報を共有する。

 ここから彼女の出世の道が大きく開くこととなった。


(いやはや驚いた。今この段階のエブリンなら十分に皇帝とやり合える。なるほど、敗北だけじゃ足りないってんだな? 絶望で皇帝を貶めてやりたいんだな? もうどうしようもないくらいの屈辱を……。やれやれ、俺もこき使われそうだな)


 

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