第13話 欲望の園で、エブリンはその貴族に微笑みかける
反乱軍の一件から数日後。
エブリンは復讐相手である貴族のひとりを見つけ、その接触を図った。
名をレドナー、爵位は侯爵。
皇帝の政策において、彼は重要な立ち位置に存在している。
彼が魔術師育成施設の建設やその大体のプロジェクトの責任者及び出資者であるからだ。
つまりは、レドナー侯爵は皇帝の思想の後押しをした人物なのである。
「レドナー侯爵の裏の顔の情報もすでに入手している。……へぇ~、"裏カジノ"ねぇ?」
エブリンは手に入れた情報をもとにレドナーが経営している裏カジノの場所を地図で確認した。
表向きは巨大な商会で、カジノはその地下にある。
そこには多くの金持ちが訪れるとのことで、レドナーはそこである決まった日にパーティーを開くらしいのだ。
明日がその日であり、エブリンは早速準備にかかった。
作戦として客や暗殺者として忍び込むのではない。
というのも、レドナー侯爵は無類の女好きであり、女を捉まえては建物内に設けられた自室へと連れ込むようなのだ。
それを利用する。
「……ちょっと恥ずかしいけど、スケベオヤジを惑わすなら上等よね」
自身の美貌にもプロポーションにも自信のあるエブリンは、ある衣装を用意した。
裏カジノにおいて、女性従業員が身に着ける衣装、バニーガールである。
そして次の日の夜。
エブリンはアルマンドから教わった高度な魔術で店側の記憶を操作し、自らが従業員としてカジノで働きながらレドナー侯爵が現れるのを待つ。
本来宮廷魔術師がこんな裏カジノで働いていること自体論外であり、もしも顔を知っている人物が現れればタダでは済まない。
だが、やはりここは金持ちたちの中でも、特に薄汚い連中にとっての至高天。
顔見知りのひとりでもいるかもしれないと思ったが杞憂であったようだ。
密かに胸を撫で下ろすエブリンは、階段の方から対象がゲラゲラと笑いながら降りてくるのを視認した。
派手な衣装にでっぷりとついた脂肪の塊、右と左に美女を侍らせながら、客の中にいる有力者たちと挨拶をかわしていく。
しかも出会う美女全員にはスキンシップを多めに下卑た笑みを浮かべながら、まるで品定めでもするかのような目つきをしていた。
客やバニーガール区別なく、恐らく持ち帰ろうとする女を選んでいるのだろう。
エブリンは行動に移る。
無論、自分から会いに行くということはしない。
その方法はビリヤード。
エブリンは客への見世物として、妙技を見せていく。
逆ひねりで手球にバックスピンをかけて、その上で的球に当てて穴の中に入れ見たり、ショットでコインを跳ねさせ、その先のコップに入れたりなど、客をわかせて注目を集めていった。
人だかりができているのを当然レドナー侯爵が見逃すはずもない。
彼が近寄ってくるのを感知し、エブリンは大技を駆使し、さらに場を盛り上げた。
密集の中で歓声が上がると同時に、レドナー侯爵がかき分けながらエブリンの姿を間近で目の当たりにする。
金色の長い髪に透き通るような肌。
少女とは思えぬほどに蠱惑的な身体つき。
海のように深淵を宿した碧(あお)い瞳。
バニーガールの衣装も相俟ってその姿は異次元的な存在感を放っていた。
一目見てレドナー侯爵が心を奪われたというのは最早言うまでもない。
両隣に侍らせていた美女そっちのけで、歓声を受けるエブリンまで歩み寄る。
「いやぁ~君、見事だったよ。私としたことが君のような優秀な子がいるとは。ハハハ、うっかりしていた」
「侯爵様、お会いできて光栄です」
キューを置きながら、慈悲深い天使のような微笑み。
この笑みを浮かべるときは大体猫かぶりをしているのだ。
大抵の男はこれにつられてドギマギしたり、余計に魅了され他のことを考えづらくさせることが出来る。
かつてのアベルもまたそのひとりだった。
「ん~、ここではなんだ。別の場所で話さないかね?」
「別の場所、ですか? よろしいのですか? 今は仕事中で……」
「ハッハッハ! かまわんかまわん! 私が言うんだから絶対に大丈夫だよ。さぁ一緒に行こう」
そう言ってレドナー侯爵は強引にエブリンに密着するように腰に腕を回す。
このときを待っていたわけだが、ここまで積極的に触られると内心虫唾が走ってならない。
しかしそれを一切表情に出さず、彼に身をゆだねるようにしてついていく。
向かった場所はさっきの階段を昇って少し進んだフロアにある部屋。
特別なデザインが施された扉を開かれ、高級感溢れる空間へと入れられる。
レドナー侯爵は鍵を掛けるや、酒の入ったボトルとグラスをふたつ持って巨大なソファーに腰掛けた。
「さぁ君も楽にしてくれたまえ。飲むだろう?」
「ありがとうございます侯爵様。……ですが、私お酒は」
「んむ? そうかそれは残念だ。まぁいいだろう。さぁ私の隣に座りなさい」
言われるがままエブリンはレドナー侯爵の隣に座る。
彼は上機嫌でエブリンをそのまま抱き寄せ、酒を注ぐように言った。
エブリンは彼に合わせて、会話や酒注ぎをして、雰囲気をより艶美なものへと変えていく。
無論、酒の中にあらかじめ持ってきていた薬品を密かに混入させることも忘れない。
酔いが回り、欲情にしか頭が働かなくなっていく彼は勢いに任せて、エブリンを部屋にある巨大なベッドへと連れて行く。
そして彼女をそのまま押し倒し、覆いかぶさるようにして下卑た笑みを浮かべた。
「エブリン、だったね? 君は美しい……このまま従業員にしておくには実に惜しい。どうかね? 私の女にならないか?」
「まぁ侯爵様。……でも私は」
「なぁに、迷う必要なんてない。このまま私に身を任せておけばすべて……」
そう言いかけ、レドナー侯爵はエブリンの豊満な胸にしゃぶりつこうとする。
しかし、エブリンは彼の意識の飽和、完全なる無防備の瞬間を見逃さなかった。
天使のような微笑みは失せ、刀剣のように鋭利で冷ややかな表情に変わる。
レドナー侯爵の顔面を右の握力で掴み上げ、逆にベッドへと押し倒した。
「むがっ!? ふぐっ、なにを……ッ!? は、放せコラ!」
「……えぇ、いいですよ。ですがあと20秒ほど。薬が効きますので」
「な、なにぃ?」
エブリンの急な豹変にレドナー侯爵の理解が追い付かない。
そもそも酒を飲んだせいでまともな思考が出来ないでいる。
そうこうしている間に20秒経過、だんだんと力が入らなくなり、身体の至るところが痺れてくるような感覚に。
「はい、じゃあ放しますね。……さて、改めて自己紹介でもしましょうかね」
「な、なにを、言っているんだ……。お、お前は、何者だ? なぜ私がこのような……」
「なぜこんな仕打ちを。……わかりませんか? えぇ、わからないでしょう。金目と色目では真実など見えないでしょうし」
エブリンは頭に付けていたウサギの耳を取り外し、一瞬にして灰にする。
そしてベッドから立ち上がり、彼を見下ろしながら憎悪の言葉を向けた。
「私はエブリン。皇帝にお仕えする宮廷魔術師。階級は中位師」
「なッ!」
「もっとも、これもまた仮の姿。本当の私は、皇帝の政策によって創られた魔術師育成施設で、人生を破壊されたただひとりの少女。……そう、アナタが莫大な資金で後押ししたお陰でこんなザマになったってわけ」
レドナー侯爵の表情は驚愕と恐怖に歪んだ。
あの政策によって皇帝の信頼と莫大な資産を手に入れたこの男は、称賛されることはあっても復讐されるとは思わなかったのだろう。
彼の中にあるのは、この状況の理不尽さと、これまで築いてきたすべてが破壊されるのではないかという嵐の前触れ。
「アナタが人払いをしてくれたおかげで、時間はたっぷりあります。……忘れられない夜にしましょ?」
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