第43話 モブは決闘を申し込まれる

 今まさに手に取ろうとしていた依頼者を横からかっさらわれた俺は、背後に立つ腕の主を振り返る。

 まず最初に見えたのは厚い胸板だった。


 そのまま視線を上に移動させると、そこには俺を見下ろす髭面の男の顔。

 深い傷を幾つも刻む獰猛な顔に、俺は一瞬ひるんでしまう。


 身長は二メートル近くあるだろうか。

 筋骨隆々のその体からは歴戦の猛者の雰囲気を嫌ほど感じる。


「何か文句でもあるのか?」


 俺がその顔を見上げていると、男が嘲笑混じりの野太い声でそう口にした。

 これは完全に俺を挑発している。


 だが俺はこの男に挑発されるようなことは何もしていないはずだ。


「その依頼。俺が先に取ろうとしてたんだけど」


 とりあえず何故この男が俺を挑発しているのかはわからないが、ヤツが手にしている依頼は譲れない。

 ここは俺が先にあの依頼を見つけたのだということを主張して返して貰わないと。


「それがどうした。これは俺様が先に取った依頼書だぞ」


 しかし男からの返事は期待を裏切るものだった。

 俺を挑発するために依頼書を横取りしたのが確実である以上、予想どおりの返事ではある。


「お前、まさか冒険者ギルドのルールも知らないのか?」


 男は俺の頭を手にした依頼書で何度も軽く。


「依頼は先に依頼書を手にした者に優先権が与えられるのが当たり前だろうが」


 確かにこいつの言うとおりだ。

 俺は悔しさに唇を噛む。


「だがまぁ、もしお前がこの依頼をどうしても譲って欲しいってんなら譲ってやらんこともない」

「本当か?」

「ああ。ただし条件がある」


 なるほど。

 コイツが俺の依頼を奪って挑発してきたのはそれが目的だったか。


 金か?

 だとしたら今はそれほど持っているわけじゃないからハーシェクに借りるしかないが。


 俺のそんな予想はすぐに外れた。


「俺様と決闘しろ」

「は?」


 こいつ、今とんでもないことを言わなかったか?


「聞こえなかったのか? 俺様と決闘して奪い取ってみせろと言ったんだ」

「いや、聞こえたけど」


 ギルドのルールには決闘禁止というものは無かったはずだ。

 だからそれは問題にはならない。


 だけどたかだか依頼を……しかも俺が受けようとしたのは簡単なダンジョン調査の依頼で、★一個の冒険者向けのものを賭けてまで行うようなものでは無い。


 いったいコイツの目的はなんなんだ。


 俺は提案の意図が掴めないまま尋ねた。


「どうしてアンタと決闘しなきゃいけないんだよ」

「そりゃお前――」


 男は顎の無精髭を撫で、口元に残忍な表情を浮かべて。


「昨日買った新しい武器の切れ味を試したくなったからさ」


 俺には理解出来ない理由を口にしたのだった。


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