第7話 モブは『強制負けイベント』に負けない決意をする

 あの日以来、俺はコックルでレベル上げをした帰りにわざと森の奥へ入って魔物と戦うという修行を始めた。


「戦闘だとこんなに強いのに、日常生活だとそれほど力が出ないのが謎すぎる」


 俺は周囲に転がる、本来なら初期村近くのモブ村人が千人で掛かっても一体すら倒せない魔物の残骸を見ながら首を傾げる。


 今の俺はマスカーベアという中盤のボスクラスの魔物ですら無傷で倒すことが出来るまでに成長した。

 それほど強くなっていたことに今まで気がつかなかった理由は簡単だ。


 そうなのだ。


 こと戦闘においては魔物相手でもテイラーのような強い人間相手でも高レベルな力が発揮される。

 なのに日常生活ではそこまであからさまな変化を感じられていなかったのである。


 たしかに最近は重い荷物も軽々と運べるようになったし、力仕事も大人顔負けで出来るようになった。

 ジャンプ力だって村では一番あるほうだと自負している。


 だけどそれはこの世界では特に凄いと言うわけでは無い。


 王都に行けば二メートルくらいは軽々とジャンプ出来る者もいるらしいし、何百キロもの大岩を持ち上げる怪力自慢も存在すると聞いている。

 それにこの世界には魔法が存在するのだ。

 村人の中でも、回復魔法が使えるリベラをはじめ、簡単な魔法が使える者は少なくない。


「といっても俺はここまで強くなっても魔法一つ使えないんだけどな……とほほ……」


 件のテイラーも、実は本気を出せば体強化を中心としていくつかの魔法が使える。

 それもあって俺が模擬戦に『偶然』勝ってしまったということを誰もが信じてくれたわけだが。


「本気のテイラーとも一度戦ってみたいけど。たぶんそれでも俺が勝っちゃうんだろうな」


 元の世界と違ってこの世界の物理法則はゲームというファンタジー世界に沿って作られている。

 魔法が使えることも、魔物が存在することも、レベルアップによって体が鍛えられたり技術が上がることも、理屈ではなく『そうなっているからそうなのだ』としか言えない。


 だから自分がここまで強くなっている事に気がつかなかったのである。


「今の俺ならもしかして魔王でも倒せちゃうんじゃなかろうか……いや、油断は禁物だ」


 そしてそこまで強くなったというのに何故俺がまだレベル上げと修行を続けているのか。

 理由は簡単だ。


 それは俺が挑もうとしているのが『強制負けイベント』だからである。


 ゲームでは物語の進行上、たとえ主人公達が相手を倒したとしても何故か負けたものとしてイベントが進むことがある。

 それを『強制負けイベント』という。


 そしてドラスティックファンタジーには『強制負けイベント』が大量に存在していて。

 そのどれもこれもがプレイヤーの心を抉るものばかりだったことも『トラウマ級の鬱ゲー』と言う二つ名が付けられた理由の一つだった。


「勇者がどれだけ強くなっても、仲良くなったキャラが目の前で雑魚敵に殺されるのすら救えないとか。そんなイベントを良くもまぁあんなに作れたもんだよ」


 勇者となったプレイヤーは、行く先々で色々な人と交流して物語は進んで行く。

 それはRPGの基本だ。


 だがドラファンにおいてはその大半が死亡フラグになってしまうのである。


 物語の展開で仲良くなればなるほど、そのキャラの死亡率フラグが積み上がっていく。

 そのこと自体は目新しいものでは無い。

 だが、その展開が一度や二度ではなく十数回繰り返されるのだ。


 さらにそれは勇者の仲間達にも――


「絶対そんなことはさせない。このゲームを壊してでも鬱フラグは全部ぶち壊すって決めたんだから」


 そうだ。

 ゲームにおいて勇者となったプレイヤーは『強制負けイベント』を回避出来ない。


 だが俺ならどうだ?


 なんせ俺は勇者でも何でも無い、本来ならこのゲームの中で簡単に序盤で死んでしまう名も無きモブ村人なのだ。

 そんなイレギュラーな俺であれば『強制負けイベント』のフラグをぶち壊すことも出来るんじゃないか。


「もしフラグがぶち壊せなければ死ぬだけだ……それなら最後まで抗って見せるまでよ」


 俺は拳をぐっと握りしめて、改めてそう決意する。


 この世界のゲームとしての強制力はどこまで働くのかはわからない。

 現に俺の力は戦闘では発揮出来ても一般生活ではそこまで異常な力は発揮出来ていない。


 マスカーベアを一撃で葬り去る力を持っていながら、村では石を素手で割ることすら出来ないし、何メートルの距離を一瞬で詰めるほどの速度を出せるわけでもない。 


 それこそ強制力だ。


「でも光明は見えた……」


 俺にはゲームの壁を越えることが出来る。

 そのことに俺は気がついてしまった。


「俺はどれだけレベルを上げても未だに上限にたどり着いてない。もう百回以上はレベルアップしてることを感じたのにだ。多分俺にはレベルキャップが存在しない……それこそがこの世界の強制力が絶対じゃないってことの証だろ」


 つまりゲームの設定にないものならこの世界の摂理を超えることが出来る。

 その証拠こそが俺自身だと気がついたからであった。



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