第6話 モブは強敵相手に無双する
「いいくにつくろうかまくらばく――」
隠し通路を開く暗証番号を入力している時だった。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
『グルァァァァッ!!』
背後から幾つもの獣の咆哮が轟いたのである。
「えっ!」
俺は慌てて後ろを振り返る。
腰にぶら下げたレイピアもどきを抜くどころか、突然の出来事にその存在すらわすれていた。
『グゴアアアア!』
ビュンッと風を切るような音が耳に届く。
と同時に視界に巨大な影と、その影が振り下ろした俺の体ほどもある腕が目に入った。
(死……)
気付いたときにはその腕の先で月明かりを受けて鈍く輝く鋭い爪が、もう俺の体を切り裂く一瞬前で。
俺は死を覚悟した。
そして次の瞬間。
ガンッ!
頭上から振り下ろされた鋭い爪から、咄嗟に頭を庇おうとした腕を直撃する音が響く。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
それも一度だけでは無く二度、三度。
足下が地面に沈み込むほどの衝撃が何度も繰り返され続けた。
「……あれ?」
ドガァァツ!
時々別の個体からも横合いから豪快な腕の一撃が俺の体をなぎ払うように振るわれる。
だがその全てが体を少し揺らす程度にしか俺には感じられなかった。
俺は思いっきり閉じていた目をゆっくりと開ける
「ま……マスカーベア!?」
目の前で必死に咆哮を上げながら攻撃を繰り返している身長五メートルは優に超える巨大な魔物マスカーベア。
それが二体そろって俺の体に攻撃を繰り返していたのだ。
殺戮熊と名付けられたその魔物は、ゲームでもかなりの強敵だったと記憶している。
なんせレベル60位まで上げた勇者パーティですら、油断すると『致命的な一撃』という攻撃で回復役を一撃死させられて撤退するか逃げるかの二択を迫られるほどの魔物だったので忘れられるわけが無かった。
ゲームではこのあたりに来るときの勇者のレベルは50前後である。
それをこの森でレベル上げして70位まで上げるのが定番だった。
『禁断の裏技』が発見された後はカンストの99まで二時間もかからず上げることが出来た。
だがそれが雑誌に載る前までは、いかにマスカーベアに倒されずに他の魔物と戦い続けられるかがこのあたりでのレベリングの肝であった。
さいわいマスカーベアの『すばやさ』がかなり低く設定されていたおかげで高確率で『にげる』が成功するため、無駄に戦おうとさえしなければなんとかなったのだが。
『グガワッ!?』
俺はそんなゲーム内でも調整ミスとさえ言われた凶悪な魔物の振り下ろされた爪を掴んでみた。
思ったより簡単に掴めたことに拍子抜けしてしまう。
『ググググガガガガガガァァァ』
俺の行動に、何をされたのか理解出来ずに僅かに固まっていたマスカーベアがうなり声を上げて俺の手から爪を引き剥がそうと暴れ出す。
だがどれだけ暴れても俺の手は爪を掴んだまま離れない。
「もしかして俺、とっくにレベルがカンストしてたのか?」
レベル60前後では一撃死の危険性もあるマスカーベア。
だが『禁断の裏技』によってカンストした勇者であれば、魔法も使わず攻撃しか出来ないマスカーベアは雑魚以下に成り下がっていた。
そのあたりのゲームバランスもガバガバなのがドラファンクオリティである。
『ガウガアアアア』
そんなことを考えていると、もう一体のマスカーベアが異変を察して逃げ出していく。
一緒に襲ってきたからツガイか兄弟なのかとも思ってたが薄情なものである。
「しかしまさか初の実戦がザコ狩りじゃなくてマスカーベアになるなんて予想外すぎだ」
しかもゲーム内で散々痛めつけられたその攻撃が今の俺には全く効いていないのだ。
それが『禁断の裏技』によるレベル上げの成果であることは間違い無いだろう。
ということは最初心配していたモブ村人だからレベルキャップが低い、もしくはレベルが上がっても強くなれないかも知れないという心配は杞憂に終わったということになる。
しかも既にマスカーベアの攻撃すら蚊ほどにも効かないレベルまで俺は到達しているらしい。
これだけ強くなっているのならばもう魔王軍から村を守ることは可能かもしれない。
『グガガガガガガガガガァ』
人が考え事をしているというのに、マスカーベアはその間もずっと暴れ回って、捕まれていない方の腕で俺を叩いたり足で蹴ったりしてくる。
さすがにうざったくなった。
「お前、ちょっとうるさいよ」
俺は軽い調子で爪を握った腕を振り上げた。
『ヒギュアアアアアアア』
まるでそこらに落ちている小石を投げたような感じで空中に放り投げたマスカーベアが落ちてくるのを見上げながら俺は僅かに腰を落とし拳を握りしめる。
そしてちょうど手の届く範囲まで落ちてきた瞬間を狙って正拳突きを放った。
バシュッ!
一瞬だった。
俺の放った正拳突きはマスカーベアの体に打ち込まれ、その体を破裂させる蚊のように一瞬で拳が当たった部分を中心に四散してしまったのである。
「うげぇっ」
頭の上でかっこつけて攻撃してしまったせいで、飛び散った肉片と血が俺にドバドバと降り注ぐ。
この世界はゲームの世界だが現実だ。
コックルもそうだが、倒したからと言って経験値とドロップアイテムだけ残して消えるわけでは無いことをすっかり忘れていた。
「ぺっぺっぺ。口に入っちゃったよ。お腹壊さないだろうな」
俺は口と鼻から入ってきたマスカーベアのあれやこれやを吐き出しながらうんざりとしながら。
「このまま村に帰ったらさすがに誤魔化せないか……しかたない。コックル汁を浴びたくは無いけど他に手段もないし」
俺は先委程までの高揚した気分から一転。
とぼとぼとした足取りで体と服に付いたマスカーベアの残骸を洗い流すべく、コックルのエキスが溶け込んだあの泉へ引き返すのだった。
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