第5話 モブは油断する

 某有名ゲームで言うところのメタル系モンスター。

 それがドラファンにおけるコックル――つまり巨大なGの名前である。


 色々な作品からパク……オマージュするなら別にメタルカラーにすればまだマシだったかも知れない。

 なのにドラファン開発陣はリアルなGのカラー再現を、無駄に気合いの入ったドット絵で作り上げた。


 その労力をゲームバランスやシナリオの充実に回してくれれば良かったのに。


 そんなことを考えながら俺は今日もコックルを【駆除】していた。


「ふぅ。最近はこいつらの残骸を処理するのも慣れてきたな」


 最初の頃は倒した後の処理をするときにあまりの気持ち悪さに何度も吐いていた。

 だけど今は完全にルーチンワークのように処理をすることが出来るようになっていた。


「それにしても泉さまさまだね」


 コックルの残骸を近くの木で作ったホウキのようなもので泉の中に適当に放り込む。


 一見すると環境破壊に見える行為だが、実はそうではない。


「おうおう。今日も綺麗に消滅していくなぁ」


 泉の中に放り込まれたコックルの残骸が一瞬で光に包まれ消えていく。

 この不思議な現象を最初に発見したのは何回目の時だったろうか。


 コックルたちを駆除した後、籠を外して泉で洗おうとした時、籠の端に倒したコックルの気持ち悪い足が引っかかっていたのである。

 俺はそれに気付かず籠を持ち上げたせいで、籠だけじゃ無くコックルの死体も泉の中に落ちてしまったのである。


「おかげで魔物がこの泉に近寄らない理由もわかったけど」


 どうやらこの泉はただの回復ポイントというわけではなく、魔物のような邪悪なものを浄化してしまう作用もあったらしい。

 俺はものは試しと他の死体も放り込んでみた。

 するとそれも同じように一瞬で光となって消えてしまったのである。


「でもまぁ、さすがにもうこの泉の水は飲む気にはならないけどさ」


 たぶんコックルの成分が泉に溶けた訳ではないとは思う。

 だけど心理的にその日を境に俺はこの泉の水を飲んで回復する気にはなれなくなった。


「結局今日もレベル上限に達しなかったな」


 俺は『後片付け』を終え、持って来た夜食を湖畔で食べながらレベルアップの余韻に浸る。

 レベルアップの感覚というのはコックルを倒した瞬間には訪れない。

 たぶんゲームと同じく経験値は戦闘終了後に入るからだと思う。


「だいたい駆除一回で数レベル上がってる感じはするんだけど」


 なんせゲームと違ってステータス画面が見られる訳ではない。

 しかもドラファンの場合、一つレベルが上がる度にファンファーレと共に上昇したステータスが表示されるというよくあるシステムではなく、レベルが3つ上がったら一回だけレベルアップ通知が出て、上がったステータスも全て合計された状態でまとめて出てくるのである。


 つまり俺は自分自身が今どれだけレベルが上がっているのかわからずにいた。


「ゲームだとカンストまで十五回くらい宿屋と往復すればいけたはずだけど、もう三十回目なんだよなぁ」


 もし俺のレベルキャップ――つまり上限レベルがゲームの勇者達と同じ99であれば既に到達していてもおかしくは無い。

 なのに未だに俺は未だに毎回レベルアップし続けている感覚がある。


「確実にレベルアップしてるのは間違い無いんだけどな。この前も村の選抜戦でテイラーさんにあっさり勝っちゃったし」


 テイラーというのはスミク村で一番強い狩人と言われている四十代半ばのおじさんだ。

 彼は若い頃に王都に出稼ぎに行き、兵士として王国に仕えていたという経歴を持つ。

 そして兵士を引退した後、村に戻り村の警備長となったのである。


 そしてその警備長を決めるために定期的に行われているのがスミク村の『選抜戦』だった。

 十二歳以上、五十歳以下の村の男は全員強制参加というそのイベントは村人の娯楽の一つになっていた。


 しかしまともな戦闘訓練をしたことがある者のいないスミク村では彼に敵う者などいない。

 今回もテイラーの一人勝ちで終わるはずだった。


 だがそのテイラーに俺は圧勝してしまったのである。


「偶然適当に振った木剣が当たっちゃったってことにしたけど、完全に動きも見えてたんだよな」


 腹に木剣を受けてうずくまるテイラーを前に、俺は慌ててラッキーヒットしてしまっただけだと言って回った。

 誰もが無敵のテイラーを俺のような子供が倒せるわけが無いと思ってくれたのだろう。


 再戦して結果俺は負けた。


 もちろんわざとだが。


「警備長なんかにさせられたら特訓してる暇もなくなるからな」


 警備長という仕事は村を守ることが任務である。

 だから基本的に村を離れることが出来なくなってしまうのだ。


「でもそろそろ普通の魔物相手に戦闘経験を積んでおいた方がいい時期なんだろうな」


 本当ならレベル上限まで上げてから村から一番近い魔物が出現する森へ実戦の修行に向かう予定だった。

 その場所は例の勇者がいるハシク村から遠くない場所にある。


 簡単に言えばゲームで一番最初にレベル上げをするために用意された雑魚敵しか出ないエリアのことである。


「近いうちにハシク村へ荷物を運ぶ仕事があるって言ってたから、それに付いていけば疑われずに行けそうだ」


 この世界では田舎だと特に道の整備もそれほど綺麗にされていない。

 なので荷馬車で荷物のやりとりをするとなるとそれほど遠くない村であっても一晩泊まることになる。


 なので俺はその宿を抜け出すつもりでいた。


「そうと決まればさっさと帰って準備しなきゃな」


 俺は綺麗に浄化された籠を泉から引き上げると、コックルがポップしてこないように置いてあった石をどけて籠を設置し直してから村へ帰る為に駆け出した。

 初めてこの泉に来たときはそれなりに時間が掛かっていたはずなのにレベルアップし続けた今はものの五分もあれば例の隠し通路にもたどり着くようになっている。


「やっと初めての実戦かぁ……」


 初めての魔物退治(コックル除く)に胸を躍らせ完全に油断していた。


 この森はゲーム終盤の森で、泉の周辺以外は強力な魔物が跋扈する高レベルエリア。

 モブ村人が決して油断していい場所では無いことをすっかり失念してしまっていたのである。


「楽しみ過ぎて今日は眠れないかも」


 ウキウキと隠し通路に向かう俺の背中を闇の中から複数の視線が狙っていたことに、そのときの俺は全く気がついていなかったのであった。

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