第4話 モブは『禁断の裏技』を発動する
「昨日も思ったけど2Dのしょぼいグラフィックと実物と全然別物だな」
目の前で静謐で波一つ無い水面を、神秘的に輝かせている泉を眺めながら思う。
この場所はゲームで言えば後半に訪れる場所である。
ということは周囲に住む魔物もかなり高レベルになっているため、もし戦いになれば村人に毛が生えた程度の俺などひとたまりもない。
なので秘密の通路からこの泉まではかなり慎重に歩いてきた。
だが、ここまで来たらその心配はいらない。
なぜならこの泉はゲームでよくある回復スポット。
つまり『聖なる泉』だからである。
「ゲームをしてた頃はこの泉を拠点にしてレベル上げしてたんだよな」
といっても当時の俺は『禁断の裏技』のことは知らなかった。
だから周囲の森で高レベルの魔物を倒して、体力や魔力が減ったらこの泉に戻るということを繰り返していたのだ。
もちろんその時に俺がこれから経験値稼ぎをさせて貰う予定の魔物も存在していたのだが、それを使ってレベリングをすることはなかった。
なぜならその手の経験値を大量に得られる魔物は出現確率がかなり低く抑えられているのが当たり前で、さらに見つけたとしてもすぐに逃げられてしまうからである。
実際当時の俺はこの泉を拠点にして何時間も狩りをしていたというのに、その魔物と遭遇した回数は数回程度。
しかも逃げ出す前に倒せたのは一回だけという有様だった。
しかし――
「あの『禁断の裏技』さえ使えば確実に倒せるんだもんな」
その裏技が発見……というより発表されたのは、当時一番売れていたゲーム雑誌であるパミマガの裏技コーナーだった。
雑誌で一、二を争う人気コーナーで、あまりに裏技が人気になってしまったせいで当時のゲームにはほとんど制作側がわざと裏技を仕込むというのが当たり前になっていた。
それどころか裏技を知らないとクリア不可能なゲームまで大量に出て来て、当時の子供達は雑誌のそのコーナーに『答え』が載るまで買ったゲームをクリア出来ないという事態まで頻繁に起こるようになっていたほどだ。
結果、読者からだけじゃなく制作会社側からも『答合わせ』として裏技をそんなコーナーに掲載させるという本末転倒な状況になってしまった。
「そう考えるとドラファンってゲームバランスは崩壊してたけど裏技無しでクリアできただけマシだったのかもな」
俺はそんなことを呟きながら泉をぐるりとまわる。
そこが『禁断の裏技』を使うための場所――いや、既にその裏技が発動している場所だった。
「さて、ゲームと同じようにちゃんと裏技が使えてればいいけど……」
俺は昨日、この場所に狩りのときに使う『罠』を設置しておいたのだ。
といっても罠といっても普通の籠をその場所にひっくり返して置いて、回りから中が見えないように布を被せただけの代物である。
実はこの場所。
例の経験値をたんまり持っている素早いだけの魔物がポップ――つまり出現するポイントなのだ。
つまり出現する場所に籠を置くことでその場から逃げられないようにするというのがこの『禁断の裏技』のやり方である。
そう聞くと余りに簡単すぎて、何が『禁断』なのかわからないだろう。
だが、この裏技が『禁断』な理由はその先にある。
「この布をめくったら後戻りは出来ないぞ」
この世界でも『禁断の裏技』が使えるのであれば目の前の罠の中には例の魔物が確実に入っているはずだ。
テカテカに光る体を持ち、容易に捕まえることも出来ないヤツを確実に仕留めることが出来る。
俺はこの日のために用意したレイピアのような細い剣を腰から抜き去ると、片手を布に手を掛けた。
いる……。
いま布を触って確信した。
微妙に手に伝わってくる振動は間違い無くヤツだ。
「すぅーはぁーすぅーはぁー」
俺は大きく深呼吸を繰り返し心を落ち着ける。
そして思い切って布を引っぺがすと――
「うぎゃあああああ」
がさごそがさごそがさごそがさごそ。
突然布が取り払われ月明かりを浴びたことに驚いた魔物達が一斉に動き出し、不快な音を立て始めた。
そう。
籠の中には大量のヤツが……。
『テカテカに光る体を持ち、容易に捕まえることも出来ない』紛うこと無い手のひらより大きなゴッキーが蠢いていたのであった。
「うげぇ!? 気持ち悪っ」
当時の解像度の低いドット絵ですら気持ち悪かったというのに。
それが今、現実に目の前に居るのである。
しかも籠の中には既に十匹以上居て、それが例の嫌な音を立てて暴れ回っているのである。
力はかなり弱くゲームでも設定されていたので、籠の上に載せてある石だけでも動きを封じ込められているのが幸いだ。
「……そりゃ『禁断の裏技』って言われるよな……本当にドラファンの制作陣は頭おかしい」
なんせ当時の裏技コーナーでも、ゲーム画面にモザイクが掛けられていた上に『実際にこの裏技を使って何があっても弊社は責任を負いかねます』とか注釈が書かれていたくらいである。
アニメーションまでするキャラグラフィックの無駄な力の入れ方もだが、こいつ専用に当時のゲーム機の限界を超えたとも言われる音の再現。
本当にどうしてそんな所に全力を出したんだと伝説となったのも当たり前だろう。
「よし! やるぞ!」
この聖なる泉の回りにこんなものを配置した制作陣の正気を疑いながら俺はレイピアもどきを構える。
経験値を得てレベルアップするためには捕まえるだけではだめなのだ。
目の前で蠢くこいつらを倒して初めて経験値になる。
正直、こいつらの体に溜め込まれた経験値が俺に流れ込んでくると考えると怖気が走るが、他に選べる道は無い。
狙うは籠の編み目の隙間。
そこをレイピアもどきで突けば確実にこいつらを倒すことが出来る。
だが、その隙間以外に当たれば籠は倒れ、大量のGに俺は襲われるだろう。
だから目を閉じて攻撃する訳にもいかない。
「うわああああっ!!」
俺は心底目を離したい気持ちを必死に叫び声に変え、レイピアもどきを籠に突き刺した。
手に伝わってくる感覚。
耳に伝わってくる断末魔に似た軋む音。
暴れ回る足や羽根が籠の中を打つ振動。
まさに地獄である。
「うわああああっ!! ぎゃあああああっ!!!」
その全てを打ち消すように叫び続け、俺はただ無心にレイピアもどきを籠の中のやつらが完全に動かなくなるまで突き続けたのだった。
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