第3話 モブは針千本飲まされそうになる

『禁断の裏技』を使うためには、まずスミク村の裏にある山の中腹までたどり着けるだけの体力と、レベルアップのために魔物を倒せるだけの攻撃力が必要だった。


 俺としてはすぐにでも村を出て『禁断の裏技』を使いたかったが、目的地にたどり着けなければそもそも裏技を使うこともできない。


 子供だからと言ってもこの世界の山村では十二歳ともなれば仕事をしなければならない。

 なので出来るだけ力と体力が付く仕事を率先して受けることにした。


 おかげで村人からの俺の評判はすこぶるよくなったのが嬉しい誤算である。


 だがいくら信頼を得ようとも、村人は誰も魔王軍が現れてこの村を襲うという話を信じてくれる人は居なかった。

 もしかするとそれはゲームの世界の強制力というものが働いていたのかも知れない。


 そして俺自身にはどうやらその強制力が効いていないことも同時に理解した。

 つまり俺はこの世界においてかなりイレギュラーな存在らしい。


「だったら俺ならゲームのシナリオをぶち壊すことも出来る可能性は十分にあるってことだ」


 結局、俺は最初に考えた俺自身が魔王軍を撃退するというプランを進めるしかないと結論づけた。

 魔王軍が攻めてくる日が決まっている以上、迷っている時間すら惜しい、


 話を信じて貰うことは出来なかったが、村人の心証が良くなったことで大きな利点もあった。

 なぜなら少し位おかしな行動をしていても怪しまれることがないからだ。


 俺が村の人たちからぼろ布を集めるときも、誰一人疑問にも思われなかった。

 まさかそれが汚れてもいい外出着を作るためだとは思いもしなかっただろう。



 そうして修業を始めて二年。

 俺は十四歳になった。


 半年ほど前からすでに、目的地までの道を覚えるためと森の歩き方を学ぶために村の狩人の手伝いを始めていた。

 おかげで村の近くの森であれば一人で狩りもできるくらいまで上達し、最近は手伝いではなくいっぱしの狩人として堂々と村の外に出ることもできるようになっていた。


「最近ちっとも遊んでくれないよね」


 十二歳になっても俺にべったりなリベラは、俺が村の外によく出るようになったせいでかまってもらえず時々そう言って拗ねるようになった。

 ついその拗ね顔がかわいくてかまってやりたくなってしまう。


「ごめんな。帰ってきたら遊んでやるからさ」

「むーっ! 昨日もそういって遊んでくれなかったじゃない!」

「昨日はちょっと遠くの狩場を見に行っててさ。始めていくところだから時間がかかっちゃったんだよ」


 そうなのだ。

 俺は昨日初めて『禁断の裏技』を試すために『狩場』へ行ったのだ。


「今日は早く帰ってくるの?」

「あ、ああ。たぶん大丈夫だと思う」

「約束だよ?」


 そう言って小さな手の小指を俺に差し出すリベラ。

 俺はその小指に自分の小指を絡めると。


「指切りげんまん。嘘ついたら針千本のーます。指切った」


 リベラのかわいらしい声に合わせてそう口にした。


 最初こそ異世界なのに前世と同じ単位や言葉、ことわざや指切りげんまんみたいなものがあることが不思議だった。

 だけどもともとこの世界は日本のゲーム会社が作ったものだったことに気が付いてすべてが腑に落ちた。


「それじゃあ針を千本用意して待ってるね」

「怖いこと言うなよ」


 そうして俺は狩りの道具を持って一人で村を出た。


 山を登ること一時間ほどだろうか。

 突然森の中に高さ五メートル以上はありそうな巨石がぽつんと現れた。


「いつ見ても不自然すぎるだろ、これ」


 明らかに周囲から浮いているそれは、月明かりに照らされて無駄に神秘的に見える。

 ここが狩り場へ繋がる隠し扉だとは、ドラファンを後半まで遊んだプレイヤー以外知り得ないだろう。


 俺は無言で岩に近づくと、その表面を手で探る。

 すると表面の一部にパソコンのテンキーのような模様が浮かび上がってきたではないか。


「ゲームあるあるな謎のテクノロジーをリアルで見ると違和感が半端ないな」


 俺はブツブツと独り言を口にしながら、そのテンキーで数字を打ち込んでいく。


「1192作ろう鎌倉幕府っと」


 パスワードは『11922960』という、知っていれば覚えるのも簡単なものだった。

 ドラファンが発売された当時は、まさか鎌倉幕府設立の年号が修正されるとは誰も思っていなかったに違いない。


 ッターン!

 そんな勢いで蹴ってキーを押すと『ゴゴゴゴゴ』――なんて音もせず、突然岩壁にぽっかりと穴が開く。


 いくら8bit機世代のRPGだとしても、もう少し演出にこって欲しいものだ。

 そんなことを思いながら俺はその穴の中に飛び込む。


「でもまぁおかげでいちいち長い通路を歩くとかしなくても一瞬で山の反対側まで行けるのは楽でいいよな」


 目の前に広がる森は先ほどまで俺がいた山の反対側であった。

 元々この秘密の通路はゲーム後半に開放されるもので、スミク村と後半の舞台を簡単に往き来出来るようにと作られたものだ。


 と言うのもゲームではお約束の魔王を倒す為の神器を手に入れるという展開があるのだが、その神器の一つが滅んだスミク村に封印されていることがわかり、それを取りに行くためにこの通路を開放することになるわけだ。


「その通路がまさかスミク側からも開放出来るなんて裏技と言うよりバグだよな……っと、到着到着」


 森の中を足下に気を付けながら進むと突然視界が開けた。

 そこは森の中のオアシスとも言えるような場所で、十メートルほどの丸い形をした泉が神秘的な姿を月明かりに浮かび上がらせている。


 こここそが俺の目的地。


 ゲームバランスを崩壊させるほど簡単にレベリングが出来る魔物を無限に湧かせることが出来る『禁断の裏技』が使えるパワースポットなのであった。


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