第2話 モブはゲームの世界に転生したことを知る
俺がなぜ村人に隠れてひっそりと
その理由は二年前に俺の身に起こったとんでもない出来事のせいだった。
今のリベラと同じ十二歳の誕生日。
突然俺の頭の中に『前世の記憶』が蘇ったのである。
その記憶の中で俺は一つのゲームをプレイしていた。
ゲームの名前は『ドラスティックファンタジー』といって、大手ゲームメーカーの超大作――の後追いで発売された二匹目のドジョウを狙う有象無象のゲームの内の一つであった。
しかし当時大量に雨後の竹の子のように発売されたその手のゲームの中でドラスティックファンタジーこと通称『ドラファン』は、とある理由で一躍有名作品となった。
『全てが絶望』
『どこにも救いは無い』
『開発者、病みすぎだろ』
その理由はプレイした人たちの口からそんな言葉ばかり出てくるほどの『トラウマ級の鬱ゲー』だったからである。
もちろん俺もトラウマを植え付けられたプレイヤーの一人だ。
登場人物全てが不幸になるか抱えきれないほどの苦しみを背負うという展開のオンパレード。
エンディングを迎えても世界を救った勇者とその仲間達が幸せになる事も無いという徹底っぷりに批判が殺到。
そして売り上げも振るうことも無く制作会社も倒産してしまう。
「まさかそんなゲームに転生しちゃうなんてな。ついてない……それに」
前世で異世界転生ものの漫画やアニメをよく見ていた俺は、素直に自分の境遇を受け入れることが出来た。
ゲームの世界に転生するなんてありきたりだったからだ。
「どうせなら勇者とか有名キャラに転生させてくれりゃいいのに、なんで俺、名前も付けられてないモブキャラなんだよ!」
ゲームの中にはスミク村のアーディなんてキャラクターは一切出てこない。
それどころかスミク村で名前が出たのは幼馴染のリベラだけである。
ゲームの中でリベラは聖女として勇者パーティに参加する重要な役割を持っていた。
ゲームでは彼女が十六歳になった日、聖女としての力が目覚め、その力を恐れた魔王軍幹部がスミク村を襲う。
一方的な惨殺劇の最中、隣村から駆けつけた勇者によってリベラは間一髪で命を救われる。
スミク村唯一の生き残りとなった彼女は無残な屍となった村人達を前にして勇者と共に魔王軍を倒すことを誓うのだった。
そんなゲームイベントで魔王軍に殺される有象無象のモブ。
それが俺だ。
「今さら勇者に転生出来なかったことを愚痴っても仕方ない」
それよりもここがドラファンの世界だとすると、六年後には魔王軍が襲ってくるってことの方が問題だ。
なにせリベラ以外村人全てが殺されてしまうだけでなく、その中に確実に俺が含まれている。
ゲームの世界に生まれ変わって享年十八歳。
余命六年の転生者。
「そんなの嫌だ!! それにリベラだって生き残れるだけで幸せになれないんだぞ」
ドラファンの『トラウマ級の鬱ゲー』の二つ名は伊達じゃない。
リベラにとって村を滅ぼされたトラウマだけでも相当なものだ。
だがドラファン開発陣はそんな彼女に更なる十字架を背負わせる展開を用意していた。
リベラの聖なる力は、襲撃者である魔王軍幹部の呪いによって、使う度に命を削るほどの激痛を伴うものとなっていた。
しかしそのことが明かされるのはゲーム後半になってからである。
それまでプレイヤーは彼女が魔法を使うときに僅かに苦悶の声を上げるのが不思議でならなかった。
当時は今のように誰もがネットですぐに情報をやりとり出来たわけじゃない。
なのでまさかそんな地雷が埋められてるとは知らず踏み抜き心に深い傷を残したプレイヤーが続出したのは想像に難くない。
「俺が死ぬことより、リベラが苦しむことの方がきついぜ」
歳が近い子供が少なかったことと、二歳差とはいえ誕生日が同じだったことでリベラは俺のことを兄のように慕ってくれていた。
そして兄弟の居ない俺もリベラを本当の妹のようにかわいがっていた。
だからこそ彼女に辛い運命を背負わせたくはない。
だけど俺は勇者でも無い無名のモブだ。
村どころか彼女を守る力すら持っていない。
記憶が蘇ったときにわかったのは、転生したといっても俺にはチート能力なんてものは与えられていないということだ。
いっそ彼女を連れて魔王軍が攻めてくる前に逃げるという選択肢もある。
だがそれでは両親や村のみんなを見捨てることになるだろう。
ゲームが現実となった今、俺にはそれを選ぶことも出来ない。
ならどうすればいい?
俺は誕生日を祝う両親や村のみんな、そしてリベラに無理矢理作った笑顔をばらまきながら考えた。
夜も次の日もずっと考えた。
「もしかしたらアレがつかえるかもしれない」
そして三日後。
俺は一つの結論に達した。
『村を助けるためには俺が誰よりも強くなって魔王軍を撃退すればいい』
もちろん何の勝算もなくそんな馬鹿げたことを思いついたわけじゃない。
この世界がドラファンと同じなら、『禁断の裏技』と呼ばれた技が使えるんじゃないだろうか。
そう考えたからだ。
俺はこの世界で生まれ育った十二年の間に、ここではゲームと同じように『レベルアップ』が存在することを知っていた。
といってもゲームのように明確に今のレベルやステータスがわかるわけじゃない。
ご多分に漏れず「ステータスオープン!」とひっそりポーズを付けてまで口にしてみたが何の成果も得られなかった。
だが狩りの手伝いや畑仕事をやっていると、突然自分の中の何かが変わる瞬間があり、直後からそれまでより少し自分の技術が確実に上がったのを実感するということが良くあった。
更には村の大人達もその現象のことを『レベルアップ』と呼んでいたのだから間違いなくこの世界にもレベルは存在しているはずだ。
「俺はモブだから、もしかしたらレベルキャップはかなり低いかも知れないけど……」
レベルキャップというのはゲームのキャラクターの成長上限のことである。
ほぼ全てのゲームでレベルキャップが設定されているのは様々な要因があるのだが、一番わかりやすい理由は『ゲームバランスを著しく崩してしまうから』に他ならない。
なので上限にたどり着くとそれ以上はどれだけ経験値を溜めてもアイテムを集めても上がらないようになっているわけである。
たしかドラファンでは勇者を含め仲間になる全員がレベルキャップ99だったはずだ。
なのでもしかするとただのモブである俺でもレベル99までは上げることが出来るかもしれない。
「もしレベルキャップが低すぎて強くなれなかったら、そのときは勇者を探し出して俺が鍛えるしかないけど」
その勇者も、たしか勇者として目覚めるまでは普通の村人だったという設定があったはずだ。
その上、勇者として目覚めるのはゲームスタート直後。
つまりこの村が襲われる直前である。
「あれこれ考えるのは試してみてからだ。とにかく今は自分を鍛えることだけに集中しよう!」
そしてその日から俺は密かにレベルアップの為の修行を始めたのだった。
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