第23話 モブは俺たちの戦いはこれからだと思い知る
グレーターデーモンの襲撃で被害を受けた建物は、幸いにも酒場と結界石の置いてあった小屋だけだった。
ゲームだと全ての建物が破壊され、勇者と救援隊が到着したときにはグレーターデーモンの部下たちによる村人狩りが行われているような状況で、最終的にリベラ以外の村人は全滅してしまう。
だが今回の襲撃では村人は誰一人死ぬこともなく済んだのが救いだろう。
その代わりに荷馬車に詰め込まれた陶器が全滅してしまったことで新たな問題が出来てしまったが……。
「おはようございます」
朝食の準備をしていると、
「あらミラくん。おはようね」
「おはよう。よく眠れなかったようだね」
両親がミラに挨拶を返すと、彼女の顔をして心配そうにそう言った。
昨日、俺の部屋のベッドを貸してやったというのに、ミラは目の下に隈を作って眠そうにしているせいだ。
床で眠る羽目になった俺の犠牲を無駄にしないで欲しいものだ。
「あんなことがあったんだから仕方ないわよ」
「まさか魔物が襲ってくるなんてな。結界を張るようになってからはそんなことは一度もなかったのに」
グレーターデーモンに破壊された酒場の二階にある客間にミラを含めた商隊の人たちは本来なら泊まるはずだった。
しかたなく商隊の人たちは広場で野宿しても良いと言ったのだが、それではさすがに申し訳ないと村中の家々に彼らを泊めることにしたのである。
「あはは……そうですね。僕もあんな強い魔物と戦ったのは初めてだったので」
何かを誤魔化すような笑い方でミラは両親に返事をしてからちらりと俺の方を一瞬見ては目を反らす。
なんだろう。
一瞬ミラの顔に照れたような表情が見えた気がする。
「もうすぐメシが出来るから、今のうちに井戸で顔洗ってこいよ」
「僕は手伝わなくていいのかい?」
「
俺はわざとからかうような口調でそう言うと外へ出る扉を親指で指した。
「その呼び方は止めて欲しいんだけどな……じゃあちょっと顔を洗ってくるよ」
ミラは俺を少しだけ睨んでから「やれやれ」と表情を変えて扉から出て行った。
この村には水道はない。
かわりにあるのは村の共同井戸だ。
村人は朝目覚めるとまず水桶を持って共同井戸に向かう。
そして井戸水で顔や手を洗って、から水桶に水を汲んで家に帰るというのが子供の頃からのルーティンになっている。
「いやぁ、まさか勇者様を家に泊める日が来るなんてな」
「そうね。先に言ってくれてればもっといい材料を集めて美味しいご飯を食べて貰えたのに残念だわ」
既に村人全員がミラが神様から神託を受けた勇者様だということを知っている。
というのも、そのことを商隊のリーダーだったハーシェクという商人が魔物を倒したのは勇者であるミラだと大騒ぎしたからだ。
どうやらスミク村に行くというハーシェクにミラは自分が勇者で、スミク村に向かえと言うお告げを授かったと言ったらしい。
ちなみにこの国には『勇者伝説』というものがあって、魔王が目覚めるとき同時に勇者が目覚め魔王を封印するということを数百年おきに繰り返している――という設定がある。
その手の漫画を読んだりゲームをクリアすると『封印せずにきちんと止めをさしとけよ』と毎回思うが、それでは物語にならないから仕方がない。
「勇者の印……か」
昨日寝る前にミラから見せて貰ったのだが、彼女の手のひらには勇者の印と言われる痣のようなものが出来ていた。
前回会ったときにはなかったそれは、ミラの綺麗な手を穢しているようにも見えて俺としては微妙な気持ちでそれを見ていた。
「ゲームじゃそんな設定なかったのにな」
あの頃のゲームだと勇者というのは自己申告か結果勇者になったというものがほとんどだった。
だから自分が勇者だと証明する必要も無かったのだろう。
「アーディ、もうご飯の用意出来るからミラくんを呼んできて」
「あいよ。顔洗いに行っただけなのに遅いなアイツ」
家を出て行って既に十分くらいは経っている。
井戸はすぐ近くなので、ざっと顔を洗うだけなら数分もかからないはずなのに。
俺はしかたなく家を出ると井戸へ向かった。
井戸は俺の家から五十メートルほど離れた場所にあって、その間に二軒ほど家があるせいですぐには見えない。
俺は二件目の家を通り抜け、その角を曲がろうとしたときだった。
「なるほどね。君が――」
「うん。だから私も――」
井戸の方からミラとリベラの話し声が聞こえてきた。
どうやらミラが帰ってこないのはリベラと会っていたからだったようだ。
「おーい、ミラ! リベラ!」
俺は角を曲がるとすぐに二人に向かって声を掛ける。
ちょうど時間的に村人たちが井戸を使う時間とずれていたせいか井戸の周りには二人以外の姿は見えない。
「あっ、アーディ。聞いてよ!」
呼びかけに反応してリベラが両手を挙げて俺の方へやってくる。
昨日は彼女の回復魔法のおかげで俺だけじゃなく何人もの村人たちが命を救われた。
その代わりに夕方ごろにはかなり消耗しきっていた彼女だったが、一晩眠ってすっかりいつものリベラにもどっていた。
「なんだよ」
「私ね、私ね」
「痛い痛い、落ち着けって」
何やら大はしゃぎで俺の体をバシバシと両手で叩くリベラの両手を掴んで離す。
朝っぱらからこのテンションはさすがにおかしい。
やはり昨日の後遺症みたいなものがあるんじゃなかろうか。
そんな心配をした直後、彼女の口から告げられたことに――
「私ね、女神様から『聖女認定』貰っちゃった!」
まだドラファンというゲームは始まったばかりだと言うことを思い出させられたのだった。
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