第24話 モブは二の腕の柔らかさに夢中になる
呆然とする俺に向かってリベラは自分が信託を受けた時のことを嬉しそうに話し出す。
「昨日ねめちゃくちゃ疲れて家に帰ってすぐ寝ちゃったんだけど」
眠っていると女神がリベラの夢の中に姿を現し、彼女が聖女であることと魔王を倒すために勇者とともに旅立つようにと告げたらしい。
「目が覚めた時には夢かなって思ったの。でもね、これ見て」
リベラは嬉しそうに俺に向かって袖をめくりあげ、筋肉が一切ついていないかのようにプルプルとした二の腕を晒す。
そこにはミラの手に浮かび上がった勇者の印に似たあざが浮かび上がっていたのである。
「これが聖女の印なんだって。さっきミラにも見てもらったんだけど間違いないらしいよ」
「痛みとかはないのか?」
時々じゃれ合いついでに揉んだことがあるが、リベラの二の腕はマシュマロより柔らかで、きめ細やかな肌はついうっとりとしてしまうほどだ。
だがその天使のほっぺのような二の腕が、今は赤黒い痣のような聖女の印によってひどい傷跡のようになっていた。
「女神様から頂いた印だよ? 痛いわけないじゃん」
リベラはペシペシと聖女の印を右手で叩いて平気なことを示す。
ミラの印と同じく、痣のように見えるだけで別に何も支障はないらしい。
「それなら良いんだが」
もし痛みが少しでもあるのなら、彼女自身の回復魔法を使って印を消すように言うつもりだった。
でもその必要は無いみたいだ。
「僕のこの手も別に痛くは無いから心配しなくて良いよ」
リベラの後を付いてきたミラが、勇者の印を俺に向けてそう言った。
「気になるなら、さ……触ってみるかい?」
「え?」
ミラは俺から目線を反らしながら右手の平を突き出してくる。
「そうすれば見た目と違って印が浮んでる以外は肌も何も傷ついていないってわかると思うから」
「それじゃあ遠慮なく」
見るからに痛々しいその印に俺はそっと人差し指で触れてみる。
ふにっ。
「んっ」
思った以上に柔らかい手のひらの感触。
それはあの日ハシク村で繋いだミラの手の感触と何ら変わらなかった。
「痛いのか?」
「いや……全然痛くないよ。ただちょっとくすぐったくてさ」
そっぽを向いたままミラはそう言って手のひらを引っ込める。
恐る恐る触れすぎただろうか。
「と、とにかくコレで解ったろ?」
「ああ、このあいだ手を繋いだときと同じ感触がした」
「っ! そ、そうだったね。あのとき僕は君と……」
ミラは俺に背を向けて自分の右手を左手で包むようにすると、その両手で胸元を押さえる。
もしかして本当は痛かったのだろうか。
心配になって話しかけようとした俺とミラの間に。
「ちょっとまって!」
リベラが小さな体を割り込ませて来たのである。
「ミラと手を繋いだってどういうことか説明してよ!」
「どうって……俺がハシク村で迷子になってるときに彼女に助けて貰ったときに手を繋いで帰っただけだが」
少し怒り気味にそう問い掛けてくるリベラに、俺は少し呆れながらそう応えた。
たぶん俺がミラと仲良くすることで自分がないがしろにされるのが嫌なのだろう。
「そ、そうなんだ。でも手を繋ぐ必要はあったのかな?」
「夜になりかけてて足下があぶなかったからな。ハシク村は大体の道路が石畳になっててさ、コケたら結構痛そうなんだよ」
俺が迷い込んでいた辺りは昼間馬車が往来するような場所で、その辺りは利便性を良くするために石畳で舗装されていたのである。
たしかに雨なんて降った日には舗装してないと大変なことになるだろうことは明白だ。
「それなら仕方ない……わね」
微妙に不満そうな顔のリベラ。
だがあのときの俺はミラのことを男だと思っていて、手を繋ぐことに何ら他意はなかったのだ。
確かに男にしては華奢な体と綺麗な顔立ち、そして柔らかな手のひらの暖かさに僅かに感情を揺さぶられたことは確かだが、そんなことまでリベラに言う必要は無いだろう。
篇に勘ぐられて機嫌を損ねても面倒だ。
「じゃあ私のも触ってくれる?」
「はい?」
「ミラのアレだけ触って、私のは触ってくれないの?」
俺は一瞬リベラが何を言っているのか解らなかった。
いや、むしろ暫く彼女が口にした言葉を曲解してしまい、少し狼狽えてしまったというほうが正しいだろう。
「はい、触って良いよ」
そんな俺の目の前でリベラは腕を水平に横に伸ばすと、先ほど見せてくれた聖者の印を俺に見せつけるように袖をめくった。
「いいのか?」
「いっつも触ってたじゃん」
いつもと言われても、リベラの二の腕を最後にふにふにしたのはずいぶん昔のことだ。
その頃に比べ俺も彼女も随分と成長してしまっているわけで。
「それじゃあお言葉に甘えて」
とはいえ昔触った二の腕の感触をもう一度味わえる誘惑には打ち勝てない。
俺は右手の人差し指と親指を『C』の字のように構えると、ゆっくりとリベラの二の腕に近づけていく。
「痛かったら言うんだぞ」
「だ、大丈夫よ……たぶん……あっ」
俺の指が彼女の二の腕に浮んだ聖女の印に触れた。
指先から伝わってくる感覚は、目で見えるものと違い柔らかで滑らかな昔触ったときと変わらない感触だった。
「ど、どう? 別になんともないでしょ」
ふにふに。
「触られたって痛くもなんともないんだからね!」
ふにふに。
「何か言いなさいよ」
ふにふに。
「……」
「アーディ! 正気に戻りたまえっ!」
バシンッ!
リベラの二の腕の魔力に囚われ、もみもみ妖怪となっていた俺をミラの平手が正気にもどしてくれた。
「痛てえっ」
「あっ……ごめん。そんなに強く叩くつもりじゃなかったんだ」
自分が思っていたより強い力で俺の頬を叩いてしまったことに気がついたのか、ミラが一歩下がって頭を下げる。
別に彼女は悪くない。
むしろ正気に戻してくれてありがとうとすら言いたいレベルだ。
「はぁはぁはぁ……助かったわ勇者様」
一方、もみもみ妖怪と化した俺に二の腕を揉まれていたリベラは、何故か息を切らしてミラに向かって小さくお辞儀をした。
「まったく、限度って物があるでしょう?」
そしてむき出しにしていた二の腕を袖で隠すと、今度は俺に向かって説教を始める。
今回の件は俺が一方的に悪い。
悪いのだが、夢中になってしまうほど柔らかな二の腕を揉めと言う方も悪いのではなかろうか。
それから暫くして、俺はミラと何故かリベラまで連れて家に戻った。
どうやら彼女はまだ俺に話したいことがあるらしく、既に朝食は済ませたと言って先に俺の部屋に入っていく。
「話したいことって何だろうな」
「もしかして僕と同じことを女神様に言われたのかも」
「何を言われたんだ?」
いったい女神はミラとリベラに何を伝えたのだろう。
たしかゲームでは二人にはその使命と次に行く先のヒントを伝えただけだったはずだが。
「それは――っと、これ以上ご両親を待たせちゃ悪いし、朝ご飯の後に話すよ」
「そうだな。あとでじっくり聞かせて貰おうか」
ミラの言うとおり親たちをいつまでも待たせておく訳にはいかない。
そうして俺はリベラが入っていった俺の部屋の扉の前からミラと共に台所へ朝ご飯を済ませに向かうのだった。
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