第10話 モブは新たな扉を開いてしまう

 頭の中で、当時プレイしたハシク村のマップを思い浮かべながら勇者の家を探すこと数時間。


「わ、わかんねぇ……」


 当時2Dだった村のマップと、現実になった村では余りに勝手が違いすぎて俺は迷っていた。

 というのもゲームの時とは違い、あからさまに村の建物が多くなっていた上に似たような建物ばかりで見分けが付かなかったからだ。


「そりゃそうか。あの当時のRPGって大きな街でも民家が十件もなかったし人も数えるほどしか居なかったけど、あれはゲームの中だからあれだけしか表示されてないだけで実際はもっと多いのが当たり前だもんな」


 俺はスミク村以外の村や町を見るのは初めてだったし、そもそもゲームでのスミク村は魔物に滅ぼされた姿でしか出てこない。

 一応プレイヤーが到着したときはまだ滅ぶ直前ではあったが、無事な頃の村は見ていないので2Dマップを現実と置き換えるという作業はしていなかった。


 だから俺はスミク村に対しては違和感を覚えなかったが、ハシク村はそういう訳にはいかない。

 なんせゲームのスタート地点である上に、初期のレベル上げの拠点なのだから。


 しかもハシク村はこのあたりの交易の拠点となっているくらいの村なので、村といってもスミク村の数倍の規模と人口がある。

 なぜ街じゃないのかと突っ込みたくなってしまう規模だった。

 たぶんゲームでの設定がそうなっているからだろう。


 そんな規模の場所でたった一人を、ほぼノーヒントで探すのは困難極まる。

 まさか俺もこれほどハシク村が大きな村だとは思っていなかった。


「といっても誰かに『勇者の家はどこですか?』なんて聞いてもわからないだろうしなぁ」


 勇者がハシク村の長老に降りた神の神託により指名され覚醒するのは三年後。

 なので今はまだただの村の子供でしかない。


「確かゲームスタート時点だと勇者は十七歳だったはずだから今は十四歳か」


 だったら十四歳の子供を探せばいいのではなかろうか。


「でも、ここまでうろうろしてる間にも同年代くらいの子供は結構見かけたから難しそうだ」


 一応ドラファンの説明書にはドット絵じゃない勇者のイラストが載っていたはずだが、プレイしたのは十数年も前の話でほとんど覚えていない。

 男としては長髪のイケメンで、スラッとした見た目だったことを微かに覚えているくらいだ。


「前世の世界ならまだしも、この世界だと普通にイケメン多いからわからん」


 記憶を取り戻して初めて気がついたことの一つが、この世界の顔面偏差値が異常に高いことである。

 もちろん俺のようなモブ顔も居るが、平均すると前世より数段上だと断言出来る。


「あと三年待つしかないのか」


 俺は少し朱に染まりかけた空を見上げて溜息をつく。


「あっ、いたいた。アーディさんだよね?」

「ん?」


 そんな哀愁に満ちた俺の背中に、聞き慣れない声が掛かった。


 なんだろうと振りかえると、少し額に汗を浮かべた俺とそう年の変わらなさそうな少年が笑顔を浮かべて立っていた。

 どうやら俺の名前を呼んだのは彼らしい。


 彼の顔は僅かに赤く上気していて、最近出会った中でも一番といっていいほど整った顔からは妙な色気すら感じる。

 その手の趣味はないはずの俺ですら一瞬ドキッとしてしまった。


 ないよな?


 内心変な焦りを感じながら俺は尋ねる。


「そうだけど、君は?」

「僕はミラ。ポグルスって人に頼まれて君を探してたんだ」


 話によると、どうやら先に宿に帰っていると思っていた俺が夕方になっても帰ってこないことを心配したポグルスが、彼に俺を探すように頼んだらしい。


「ここって結構大きくて道も入り組んでるから、初めて来た人は結構迷子になるんだ」


 彼は今日俺が泊まる宿屋の近くに住んでいて、よく宿屋の女将さんから頼まれごとをするらしい。


「いや、迷子ってわけじゃ――」


 俺が否定しようとすると。

 突然ミラが俺の手を握った。


「ポグルスさんも心配してたから早く帰ろう」

「そりゃまずいな」


 迷惑をかけたせいで次から他の村に出かけることの出来る護衛任務をまかされなくなるのは困る。


「走るよ。今日は新月だから暗くなるとあぶないからね」


 特訓を重ねて剣ダコが出来ている俺と比べて、剣も握ったこと無さそうな柔らかい手に引かれ、俺は宿への道をミラと共に駆ける。


 これくらい大きな村であっても夜になると外の灯りはほとんど無くなってしまう。

 特に新月の日は場所によっては一メートル先も見えなくなってしまうほどだ。


「到着」

「ありがとうミラ」

「どういたしまして。これも僕のしごとだからね。ポグルスさん! 見つけてきたよ」


 そう言いながら宿の中に入っていくミラの背中を見送りながら俺は自分の手を見る。

 ついさっきまでミラに握られていたその手は僅かに汗ばんでいて。


「その手の趣味はないはず……」


 俺は自分の心に湧き上がってきた感覚に戸惑いながらミラを追って宿へ入るのだった。


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