第44話 モブは決闘前に確認をする

 王都の冒険者ギルドの裏には鍛錬場と言われるテニスコート二つ分位の広場が用意されていた。

 周囲は壁に囲まれ外からは見えない上に、結界によって中で魔法を使っても外にはまったく影響がないらしい。


 しかも鍛錬場の脇には養護室が完備されていて、ある程度の怪我ならすぐに回復してくれるという。


 さすがに腕を切り落とされたり即死級のものは無理らしいが、それでも実戦に近い鍛錬をするにはこれ以上無い設備だとギルド職員は断言していた。


「まぁ、そんなことより俺にとってラッキーだったのはこっちだな」


 俺は鍛錬場の中に入った途端に感じた体の変化にニヤニヤしてしまった。


「気持ち悪い笑い方だな。恐怖で気でも狂っちまったか?」


 俺に決闘を申し込んだディワゴと名乗った男が、俺の背丈くらいある巨大な斧を肩に担いで馬鹿にするように言った。

 だが俺はそんなことよりも自分の手を握ったり開いたりして感覚の違いを確認するのに夢中だった。


「これなら本気を出せそうだ」


 この鍛錬場にはもう一つ、実戦向けの訓練に必要な要素があった。

 それが『結界無効化』である。


 もちろん王都にはスミク村にもあったように魔物を防ぐための結界が張られている。

 その結界は普通の人にとってはなんら問題があるものではないが、ゲームの規格外の力を持ってしまった俺には何故かその結界が効いてしまうのである。

 ずっとゲームの強制力のせいだと思っていたが、もしかしたら俺をこの世界のシステムが『魔物』とでも判断しているのかもしれない。


「何を言っている。最初から本気で掛かってこなければお前はすぐに肉塊になるだけだぞ」


 呆れた様子のディワゴを無視して俺は鍛錬上の中央へ歩みを進める。


「それは楽しみだね」

「強がりを言うな!」

「強がりなんかじゃないさ。さすがに結界の中だったら苦戦したかもしれないけど」


 王都に入って最初に感じたのはその結界の強さだった。

 さすが王国の首都というだけあってスミク村よりも強力な結界が張られていたらしい。


 まるで重力が数倍の部屋にでも入ったかのような圧力を体に感じて一瞬言葉が詰まったほどだ。

 だが、それでもミラやリベラと共にパーティを組んでレベル上げをしたおかげもあってスミク村程度の結界であれば本来の力の数分の一くらいは出せるようになっていた。


「結界の中だろうが外だろうが変わらんだろうが。ふざけているのか?」


 俺の目の前までゆっくりと歩いてくるディワゴには俺の言葉の意味はわからない。

 なぜならこの結界の影響を受けているのは俺だけなのだから。


「あ、一つ確認しておきたいことがあるんだけどいいかな?」

「なんだ? ルールはさっき説明したはずだが?」

「相手が降参するか審判役の人が止めるかするまでってのは解ってる」

「それとお前が死んだらそこで終わりってのも忘れるなよ」


 ディワゴは凶暴な笑みを浮かべて付け加える。


「それはどうでも良いんだけど」

「なんだと!」


 歯をむき出しにして怒りを露わにするディワゴを無視して、俺は彼が手にしている立派な斧を指さした。


「もし武器が壊れても弁償とかしなくていいんだよね?」

「心配するな。この斧はな……聞いて驚け……伝説級の鍛冶師が鍛えたミスリル製の斧なんだぞ」


 ミスリルアックスか。

 たしかゲーム後半で手に入る強力な武器ではあったが、ゲームではそもそもイベント以外で武器が壊れるようなことはない。

 なので丈夫かどうかなんてさっぱりわからない。


「じゃあ弁償する義務はないんだね?」

「当たり前だ」


 言質は取った。


 俺はいつの間にかやって来ていた審判役のギルド職員に目配せして、その宣言が認められたことを一応確認する。


「聞きたいことはそれだけか?」

「今のところ他にはないかな」


 俺はそう答えつつ――


「後の予定が詰まってるんだ。さっさと掛かってこいよ!」


 左前の構えを取って決闘の開始を宣言したのだった。

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