第20話 モブは本来の力を取り戻す
誰だ。
俺は残る力を振り絞って声の方へ視線を向け、そして絶句した。
「ほほう、今度は貴様が我の相手をしようというのか?」
「そうだ!」
広場の反対側。
凜々しく光り輝く剣を構えたその人物の名は――
「……ミラ……どうして……」
俺が先ほどまで探していた男装の少女、ミラであった。
どうやら彼女は酒場には居なかったらしく、その体にも身につけていた装備にも傷ついた様子はなかった。
だが俺が驚いたのはミラが助けにやって来たことでも、無事だったことにでもない。
「ん? なんだその剣は?」
「聖剣……ファドラン……どうしてキミがそれを……」
そう。
ミラが両手で正眼に構え持つ光り輝く剣が問題だった。
あの剣はドラスティックファンタジーで勇者のみが装備できる最強の武器で、このスミク村に封印されていたものだ。
ゲームの終盤、勇者パーティ一行は聖剣ファドランの存在を知ることになる。
そしてあの秘密の通路を抜けてスミク村跡地に向かい、そこで瓦礫に埋まった隠し部屋を発見して封印を解くという流れだったはずなのに。
(なぜこんな初期イベントで――いや、それよりも)
「ミラ……キミが勇者だったんだな」
「ああ、僕は勇者の神託を受けてこの村に来たんだ。だから安心して休んでて!」
「これが休んでいられる……かっ!」
「アーディ、それ以上喋ったら死んでしまうよ!」
一言紡ぐ度に地面に血の海が広がる。
霞む視界の中、しかし聖剣ファドランの光だけははっきり網膜に焼き付いて離れない。
「勇者だと? まさか勇者と聖女、二人も同時に始末出来るとはな」
グフフと口の奥の炎を揺らめかせグレーターデーモンが嗤う。
ヤツの口から放たれる爆裂球の威力のほどは、酒場を一撃で瓦礫と化したことでわかるだろう。
「聖剣を手に入れた勇者である僕に敵うとでも思っているの?」
「ククク。声が震えておるぞ」
「だ、だまれっ!」
いくら聖剣を手にしたといってもミラのレベルはゲーム序盤程度だろう。
俺のように実際に強い魔物と戦った経験もまだ積んでない彼女に、グレーターデーモンが容易に倒せるとは思えない。
「うわああああああああああああああっ!」
思った通りだ。
ミラは聖剣を大きく頭上に振りかぶると、無策にも真っ正面からグレーターデーモンに斬りかかっていく。
「ふんっ」
「がはっ」
もちろんそんな大ぶりの攻撃がグレーターデーモンに当たるはずはない。
ヤツはミラの攻撃を最小限の動きで避けると、その顔面に拳をたたき込んだ。
バキィッ。
激しい勢いで地面を転がったミラは、そのまま近くの小屋の壁も突き破ってしまう。
それほど強い力で殴ったようには見えなかった。
たぶんグレーターデーモンからすると蠅を払った程度の力だったのだろう。
「一発で気を失うとは。勇者とはこれほど脆い者か……なぜこんな弱き者を魔王様は恐れるのか」
のっしのっしと瓦礫を踏みながら小屋へ向かうグレーターデーモンを目で追う。
その視界もゆっくりと狭まり、俺は死を覚悟した。
「アーディ! 良かった、まだ間に合うわ」
もうほとんど音を拾わなくなっていた俺の鼓膜を聞き慣れた天使の声が揺らした。
「リベラ?」
「うん、リベラだよ」
どうやら酒場での救助活動を終えたあと、急いで俺の元に駆けつけてくれたらしい。
まさに間一髪と言った所か。
「ありがとう。なんとか動けるくらいまでは回復出来たみたいだ」
「良かった……でも私の力じゃこれ以上は無理みたい」
傷は完全に塞がり、砕けた骨も治っている。
だが現実となったこの世界の回復魔法では、抜けた血や体力までもが戻るわけではないらしい。
「いや、十分だ。それよりもミラを助けないと」
俺はまだふらつく足にむち打って立ち上がると、ミラが吹き飛ばされた小屋の方に目を向けた。
そしてそこにグレーターデーモンが俺の体ほどある腕を大きく振りかぶっている姿を認め。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
あの怪力で叩き潰されれば命があるはずは無い。
俺は絶望の表情でそれを見るしか出来なかった。
守れなかった……。
俺は勇者を……ミラを守れなかった……。
何のためにこれまで頑張ってきたのか。
ミラが勇者だと知っていたらもっと早く手が打てたはずなんだ。
俺がちゃんと勇者の家を見つけることが出来ていたら全てが変わっていたはずなんだ。
後悔の念が押し寄せる。
だがもうミラは……。
「ん?」
そのときだった。
突然体に途轍もない力があふれ出てくるのを感じ、俺はもう一度グレーターデーモンの方を凝視した。
「グハハハハッ! これで村の外に待機していた我の部下たちもやってくる。お前たちには村人一人一人がなぶり殺しにされるところをじっくりと見せつけてから最後に殺してやる」
倒れたまま僅かに顔を上げて悔しそうな表情を浮かべるミラ。
その横に振り下ろされたグレーターデーモンの拳の下で何かが押しつぶされているのが見える。
「まさか、あいつ村の結界を」
俺は体に満ちあふれてくる力の正体に思い当たり、思わず口元に笑みが浮ぶのを止められなかった。
「アーディ?」
俺の表情の変化に戸惑ったリベラが心配そうな声を出す。
グレーターデーモンの言葉に絶望し、頭がおかしくなったとでも思ったのかも知れない。
俺は彼女に「大丈夫だ」と告げると両手のひらを握ったり閉じたりして体の感覚を確かめる。
「よし。ちょっとだるいだけでいつも通りいけそうだ」
「いくってどこへ?」
「そりゃもちろん」
俺は心配そうに声を掛けるリベラに振りかえると。
「ミラを助けにさ」
それだけ言い残し全力で地面を蹴るとグレーターデーモンへ向かって一直線に飛んだ。
「ミラの綺麗な顔を殴りやがって! 許さねぇっ!!」
「なっ! 貴様どうし――」
俺の雄叫びに驚き振り返ったグレーターデーモンの顔面に、俺の拳が突き刺さる。
さっきまでの俺の攻撃であれば傷一つ付けられなかったであろう。
だが、本来の力を取り戻した今の俺の前ではヤツの頑強な肌も骨すらも何の妨げにもならない。
ぱちゅん。
無駄にでかいヤツの顔がまるでトマトを爆竹で破壊したかのように一瞬で弾き飛び、頭をなくした巨体がぐらりと揺れる。
それを見て俺はその巨体に押しつぶされる前に唖然とした表情で俺を見上げるミラを小脇に抱えると、小屋から飛び出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます