第21話 モブは後始末をする

「リベラ! ミラを治療してやってくれ」

「うん。アーディはどうするの?」

「俺はまだやることがある」


 呆然として心ここにあらずなミラをリベラに預けると、俺は村の一番高い建物である教会の屋根に飛び上がる。

 そして周囲を見渡すと村から見て東側の森の木々がざわめいているのが目に入った。


「グレーターデーモンの部下はあそこか」


 てっきり村の結界すぐ外に待機しているのかと思ったが、ヤツは予想以上に一人先行していたらしい。

 それだけ自分の力に自信があったということだろうが、おかげで部下たちはグレーターデーモンが既に倒されていることに気がついていないようだ。


「結界がなくなってる以上は放置するわけにも行かないし、始末しておかなきゃな」


 俺は教会の上から森の前へ跳ぶと、着地したところにあった太めの木を一本引っこ抜く。

 そして軽くぶんぶん振ってからその場で魔物たちが現れるのを待つことにした。


「おいでなすった」


 グレーターデーモンの部下の顔ぶれはゴブリンが十数体、そして四体のオークという顔ぶれだった。

 部隊長であるグレーターデーモンに比べてあまりに酷い格落ち感があるが、それは仕方がない。

 なんせこいつらはゲーム序盤のイベントで登場して、まだ低レベルの勇者によって倒されるために設定された魔物なのだから。


「ゲームだと勇者がたどり着いた時にはゴブリンとオーク一体残して魔王軍の部隊は既に帰っていたはずだけど」


 そしてそのイベント戦闘が終わった後にリベラだけが生き残っているのを見つけ、彼女の口からグレーターデーモンとその軍団が襲ってきたことを知ることになる。

 ちなみにグレーターデーモンはその後勇者パーティが揃った直後に中ボスとして登場し、敵討ちをするという展開が待っていた。


「まぁ、もう倒しちゃったから敵討ちイベントもなくなったけど」


 俺は森からワラワラ湧いてくるゴブリンを丸太で遙か彼方まで場外ホームランばりにぶっ飛ばしながら独り言を口にする。

 オークだけは素材となる牙が高値で売れるらしいのでその場で挽肉にしておくのも忘れない。



「さて、あれで最後か」


 森の様子から他に魔物が潜んでいる気配は無い。


 俺は丸太を肩口に持ち上げると、一目散に森の中へ逃げ込もうとしていたゴブリンの背中に向かって投げつけた。

 そしてその体が緑色の花火のように爆散するのを見てから村へ戻ることにした。


「一応確認だけしておくか」


 村へ戻るとミラとリベラが一緒に酒場から村人と商人たちを広場へ避難させる姿があった。


「あっ、アーディ。おかえり」

「やっと帰ってきたね」


 村に戻ってきた俺を見つけてリベラが嬉しそうに手を振り、その横でミラがなんとも言えない表情で俺を見ている。

 たぶん俺に聞きたいことが山のようにあるのだろう。

 俺にも勇者のこととか色々聞きたいことがあるのだが。


「ちょっとアイツの様子を見てからそっちに行くよ」


 俺は親指でグレーターデーモンを倒した小屋を指してそう応えると破壊された壁を潜った。


「生き返る気配は無さそうだな」


 小屋の中には先ほどと変わらずピクリとも動かないまま巨体が横たわっている。

 俺は足でその巨体をツンツンと突いてみる。


 魔物の中には頭を破壊された程度では復活する者もいる。

 なのでもしかしてグレーターデーモンも復活するのではと心配したのだが杞憂だったようだ。


「ゲームでも別にコイツは第二形態を隠してたりとかしなかったもんな。さてと、邪魔だからこれは横に置いてっと」


 俺は死亡確認が終わったグレーターデーモンの巨体を片手で小屋の端へ放ると、その体の下敷きになっていたものを拾い上げた。

 それは光を失い、ただの剣と化した聖剣ファドランである。


「さて、こいつをどうするか……」


 俺はミラが勇者として現れたことより、この聖剣ファドランを手にしていたことの方に驚き戸惑った。

 なぜならこの聖剣こそが最終版で始まる鬱展開の原因なのだ。


「折るか」


 俺は聖剣ファドランを両手で水平に持つと、そのまま膝で真っ二つに折ろうと振り上げる。


「ちょ、ちょっとまってよアーディ!」


 だがそんな俺の蛮行を止める声が小屋の中に響く。

 声の主はミラだ。


「もう怪我は良いのか?」

「うん。あの子が直してくれたからね――って、それよりもキミは何をする気なんだ!」

「何をって、このクソ聖剣をスクラップにしようとしただけだが?」

「クソ……いやいやいや。それは魔王を倒すことが出来る唯一の武器だって、女神様が神託で教えてくれたものなんだよ!」


 女神か。

 勇者に助言を与え、行く先々で魔王を倒すために必要な武具や道具の場所を『お告げ』してくれるドラファンの案内役だ。


 だが俺は……いや、ドラファンのプレイヤーは皆その女神のことが最終的に大嫌いになる。

 もちろん俺も殺してやりたいほど嫌いだ。


「ミラはこの聖剣のことをどこまで知っているんだ?」

「魔物を倒す為に作られた勇者にしか使えない最強の剣ってことと、魔王を倒すことが出来る唯一の武器だってことは知ってるよ」

「それも女神が言ってたからだろ」

「もちろん」


 俺は聖剣を一旦片手に持ち替えてだらりと下げる。

 そしてミラに向き直ると。


「この剣が聖剣なんていう綺麗な存在じゃないってことを教えてやるよ」


 俺は徐にその聖剣ファドランを脇に退けておいたグレーターデーモンの体に突き刺したのだった。


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