第46話 モブは決闘の理由を知る

 決闘の後、俺は約束通り依頼書を貰ってその場を去ろうとした。


 そのまま修練所の出入り口に向かったのだが。

 扉の前に一人、初老の女性が立っていたのである。


 彼女はイネッスと名乗り、この王都ギルドのギルドマスターだと口にした。

 そして今回ディワゴが俺に対して何故喧嘩を売るようなことをしたのかを説明させて欲しいと告げ、そのままギルドで一番立派な応接室へ連れてこられたわけである。


 体が半分沈み込みそうなくらいふかふかのソファーに座り、お茶と茶菓子――のようなものを出されて暫くしたころイネッスに連れられてディワゴがやって来た。


 正直あのとき殴った感触から、暫くは目を覚ますこともないだろうと思っていた俺は、彼の予想外のタフさに驚いたものの、次に発せられたイネッスの言葉にその驚きは上書きされてしまう。


「ごめんなさいアーディくん。この男が貴方に決闘を挑んだのは全て私の指示のせいだったのです」


 ギルドマスターの指示でディワゴが俺に決闘を申し込んだ?

 いったいどういうことだろう。


 そんなことを考えているうちにイネッスは俺の対面まで移動すると「説明させてもらうわね」とソファーに腰を下ろしながら話を始めた。


「実はね。今、この王都には国中の高位貴族様たちが集まっているの」

「高位貴族というと領主様とかですか?」

「そうよ。具体的には領主以上の立場の人たちがほぼ全員ね」


 そのことについては知っていた。

 なぜならドラファンでも勇者が現れた後に王城で王が貴族を集め、勇者の降臨と魔王の復活について対策を話し合うという話があったからだ。


「ただそのことは国の中でもごく一部の人たちしか知らされていないの」

「何故ですか?」

「一つはそれが公になればこの国に何かが起こったと民の中で不安が広がる可能性があるということと、もう一つは安全の為よ」


 ゲームでは語られなかったが、たしかに国の要人が一斉に王都へ集まっているのだ。

 敵対国家や犯罪を犯そうとしてる者たちにとってはことを起す絶好の機会だと考える者もいるだろう。


「それで私の所にも上の方から怪しい動きをする者がいたら対処するようにと話があってね」


 イネッスはそう口にして扉の前で直立不動のままのディワゴに視線を向ける。


「このギルドに所属する冒険者をよく知ってる彼に『怪しい動きをする者がいれば報告するように』と頼んであったの」

「俺、そんなに怪しく見えたんですかね……」


 俺は無害なモブ村人な外見なのに、なぜ怪しく思われたのだろう。

 確かに王都ギルドに来たのは初めてだし、ディワゴからすると見かけない怪しい冒険者と思えたのかもしれないが。


「今まで俺が見たこともねぇほどの大量の耐性装備を身につけてたからな。しかもこんな街中でだ。怪しいと思わない方がどうかしてるぜ」


 斜め後ろからディワゴが俺の疑問に対する答を教えてくれた。

 たしかに言われて見れば今の俺は両手だけでなく両足首や首、イヤリングも含めて大量の耐性装備を身につけたままだった。


 王都に入って着替えも何もせず馬車から直にギルドへやって来たので、いちいち外すという考えに至らなかったのである。


「だからっていきなり決闘を申し込むのはどうかと思うよ」

「はぁ……彼は実力は確かで勘も働くのですが、いかんせん頭を使うと言うことが苦手でしてね。それでもここまで考え無しとは思いませんでしたが」

「考え無しって、酷ぇこと言うぜ。俺様だってちゃんと考えてだな――」

「考えた結果があれでは考え無しと言われても仕方ないでしょう? それに貴重なミスリルの斧まで持ち出した上にあんなにしてしまって」


 持ち出したって、あの斧はディワゴのものじゃなくてギルドの備品か何かだったのか。

 だとすると壊したのはまずい。


「いや、だってよ。こいつ見た目からは解らねぇだろうが、かなり強ええってビリビリ伝わって来たからよ。普通の訓練用のヤツじゃ役者不足だと思ったんだよ」

「とにかくあの斧の修理代の一部は貴方の報酬から引かせて貰います」

「そりゃないぜ……」


 そんな二人の会話を眺めつつ俺は別のことを考えていた。


 俺は確かに決闘に勝った。

 だが別に俺が怪しいという疑惑を払拭したわけではない。


 なのにどうして彼女は俺にここまで色々話してくれているのだろうか。


 俺はそのことを尋ねるため二人の会話が終わるのを待つことにしたのだった。

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