第41話 モブは王都で単独行動を始める
「うわぁ、でっかいー」
「あれが王都か。思ってたより馬鹿でかいな」
「ハシク村でも広いと思ってたけど、比べものにならないね」
ハシク村で魅了耐性の装備を調えた後、俺たちはハーシェクの船に乗って川を一気に下った。
予定より少し遅れていたこともあり途中の町や村では補給のみの停泊に止めたおかげで、国と約束した期限の日の数日前に俺たち一行は王都へたどり着くことが出来た。
「あの壁ってどれくらいの高さなんだろう」
「二十……いや三十メートルはありそうだな」
王都の回りを囲んでいる高い城壁の迫力はすさまじい。
巨大なサイクロプスが群れをなして襲ってきてもビクともしなさそうだ。
さらにその上で結界魔法が張られていると考えると、魔王軍が総出で掛かってでも落ちそうになく思える。
だが俺は知っている。
ドラファンの中盤、この王都は魔王軍によって滅ぼされることを。
そしてその原因が目の前でリベラと楽しそうに話している勇者だったということも。
「ドラファン制作陣はどれだけの業を勇者に背負わせる気なんだか……」
俺は誰にも聞こえないように溜息をつくと、王都へ入場するために並んでいる列に目を向けた。
「これ、中に入るまでにどれだけかかるんですか?」
「今日は少ない方だから、普通なら夕方には入れると思うよ」
ハーシェクの答えに俺は驚く。
目の前に並んでいる人たちがざっと千人近く。
俺たちの後ろにも既に百人近く並んでいるが、これで少ない方だというのだ。
「でも今日はもうすぐ入れるはずさ」
「それってどういう……」
俺がハーシェクに言葉の意味を尋ねようとすると、彼は列の前を指さしてこう口にした。
「ほら、お迎えが来たよ」
彼の指さす方に目を向けると、兵士らしき立派な鎧を身に纏った数人の騎馬兵がこちらに向かってくるのが目に入る。
そして列に並ぶ人たちが奇異の目で見送るその一団が立ち止まったのは俺たちの馬車の横だった。
「貴方がハーシェク殿で間違いありませんな?」
一団の中で一人、他と違う立派な装飾の付いた鎧を身につけたひげ面の男が俺の横に座るハーシェクにそう尋ねる。
話を聞くと、どうやら彼らはハーシェクの
「ではそちらのお方が……」
「はい。その通りです」
確認も兼ねて兵士にミラとリベラを紹介した後、俺たちはそのまま兵士の案内に導かれ行列から少し離れた場所に向かう。
その先に見えるのは先ほど並んでいた先にあった大門と比べるとかなり小さな門で。
どうやら兵士たちが巡回などの時に出入りするために作られたものらしい。
「少し狭いですが、こちらから入って貰います」
近衛隊を率いてきたひげ面の男の名はケヴィンというらしい。
王国近衛隊の中隊長で、勇者と聖女を出迎える任務を与えられたことを名誉だと思っているとか。
馬車一台半ほどの広さの門に入ると、数メートルほど壁の中を通り抜けるように石のトンネルが続いていた。
途中左右に兵士の詰め所が並び、途中もう一つの扉を抜けるとやっと王都の町並みが出口から覗き見えるようになった。
そのままトンネルを出た場所で商隊は一度その足を止め荷物の確認を行う。
「ふえぇ」
その間、俺たちは馬車から降りて目の前に広がる王都を眺めていた。
スミク村どころかハシク村にあったものよりどれもこれも大きくて立派な町並みに思わずリベラが簡単の声を上げる。
「人がこんなに一杯いるのなんて初めて見た」
俺も前世の記憶が無ければ驚いていたかもしれない。
馬車が止まっている場所には軍の管轄なので兵士らしき人たちしかいないが、その場所を囲う低い柵の向こう側では沢山の人たちが行き来していた。
聞いた所によるとそこは大通りへ向かう主要道路の一つで、夜でも人の行き来が絶えないらしい。
特にこの近くには兵士たちがよく使う酒場もあり、兵たちのおかげで治安も良いため夜はかなり賑やかになるそうで。
どうやらこの国の兵士はきちんと規律を守るタイプのようだ。
「俺たちがお前たちを守ってやってるんだから金なんて払わねぇぞ! とか言う世界じゃなくて良かったよ」
「ははは、アーディくんはそんなことを心配していたのかい?」
俺の言葉が耳に入ったのか、ハーシェクは笑いながら俺の背をパンパンと叩く。
「この国の兵隊さんは大丈夫。特に王都の兵は全員がしっかり規律を守るように訓練されているからね」
「王都以外は?」
「……地方に行くと少し乱れてる所もあるけど、それでもこの国で横暴を働いたらすぐに懲罰が科せられることになってるから安心して良いよ」
確かにスミク村でもテイラーは村人の中心になるくらい信頼されていたし、ハシク村でも兵士が横暴を働いているなんて話は聞かなかった。
むしろ時々酒に酔って暴れる冒険者を抑えたりしてくれる頼れる存在だとミラも言っていた記憶がある。
「ハーシェク殿、検査が終わりましたのでこのまま王城へご同行願います」
「直接ですか?」
「はい。積み荷と勇者様方以外は王城の前門までとなりますが」
勇者様方か。
その中に俺はきっと入っていないだろう。
「ミラ――勇者様と聖女様だけということですね。わかりました」
「ハーシェク殿には十分な謝礼を用意してあると聞いておりますのでご安心を」
「別に謝礼が目当てではないのですがね……とにかく解りました。それでは先導をお願いします」
ハーシェクは自分が報酬目当てで勇者を連れてきたと思われているのかと僅かに眉を寄せつつ応えてから、商隊の皆にケヴィンに付いていくようにと言い渡した。
「君は行かなくて良いのかい?」
「俺みたいなただの村人が王様に謁見なんて出来ませんよ」
俺はわざと戯けた調子で言葉を続ける。
「それに堅苦しい場は苦手なんです。だから王様に会うより王都観光のほうがいいんです」
「たしかに。私も長い間商人をしてて貴族や国の偉いさんとも沢山合って話をしてきたけど、いまでも会談を終えた後は気疲れでぐったりしてしまうからね。ましてや国王様では」
ハーシェクと俺は旅の間に妙に気が合って、いつの間にか『勇者のオマケ』という立場から『仲間』にランクアップしていた。
たぶん前世の知識のおかげで商人である彼の難しい言葉がある程度理解出来たからかもしれない。
「それじゃあ俺は一旦ここで」
「宿の場所は解ってるのかい?」
「ハヒルトンでしたよね」
「ああ。王都では有名な宿だから、迷ったらその辺りの人か巡回してる兵士にでも道を聞くといい」
俺はその言葉に頷くと荷物を手に取る。
そして馬車の中にいるミラたちに声を掛けた。
「二人とも、謁見終わったら後でどんな話をしたのか教えてくれよ」
「うー。アーディも行こうよー」
「そうだよ。僕がアーディも仲間だって話してみるからさ」
二人は俺が同行しないと聞いてからずっとそんなことを言い続けていた。
だが。
「俺は俺でやることがあるんだよ」
そう。
俺はこれから王都でやることがある。
「謁見が終わってからじゃ駄目なのかい?」
「ああ、駄目なことなんだ。だから後は二人に任せるよ。じゃあな!」
まだ何か言いたげな二人に俺はそれだけ言い残して背を向けると馬車を飛び降りる。
そして御者席で御者に指示を出しているハーシェクに軽く手を振ってから、俺は人混みの中に身を躍らせたのだった。
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