第40話 モブは少しだけ勇者の過去を知る
「えっ……指輪アクセサリーって二個までしか装備できないんじゃないんですか?」
「何を言ってるんだ君は。指輪は一つの指に一個ずつはめることが出来るだろ」
そう言ってハーシェクは自分の指に合計十個の指輪をはめて見せた。
「……まじか……おいリベラ」
「ん? なはに」
すでに前菜を食べ始めていたリベラが、何かを咀嚼しながら返事をする。
「ハーシェクさんに『チャーム』をかけてみてくれないか? いいですよね、ハーシェクさん」
魔法を掛けてくれと頼んだあとに、ハーシェク本人に許可を取ってないことを思い出して慌てて付け加える。
「効果を見せるのにちょうどいいし、私からもお願いするよ」
「モグモグ……んぐっ。じゃあ軽くいくよ。チャーム!」
リベラは口の中のものを飲み込むと、片手の指をハーシェクに向けて魔法を放った。
といってもチャームの魔法は炎魔法みたいに視認出来ないので、実際に発動したのかどうかが解らないが。
ぱしゅっ。
しかし次の瞬間、俺が凝視していたハーシェクの指に嵌まった指輪たちが鈍く光り、微かな音を響かせた。
どうやらあれが魔法に対して
「おおっ。なんかかっこいい」
あの時代のゲームで、装備のグラフィックが出るわけでもない画面では、メッセージのみでそんな効果が見えるわけではない。
なので実際に耐性魔道具というものがどういった動作をするかというのは知らなかった。
「はははっ、こういうものを見るのは初めてでしたか」
ハーシェクはそう言って笑うと。
「今の感じだと半分でも大丈夫そうですね」
と、片手の指から指輪を全て外す。
そしてもう一度リベラに「チャームをかけてください」と言った。
自分から魔法を掛けてくださいとかいう人を見ると、頭の中に前世で流行っていた超低予算TVドラマを思い出すが。
しかし指輪の数が半分になっても効果があるならそれに越したことはない。
「じゃあいくね。チャーム!」
ばしゅっ。
先ほどより少しだけ指輪の輝きと音が強くなった気がする。
一つに掛かる負担が増えたからだろうか。
「大丈夫ですか?」
「ああ、なんともないよ」
ハーシェクはそう言って指輪を全部外すと、袋の中に全部戻してから口を開いた。
「それにしてもリベラちゃんのおかげで、どれくらいまで数を減らせば良いのかすぐに調べられて助かるよ」
「私の魔法、凄いでしょ」
鼻高々に胸を張るリベラだったが、結局魔道具で彼女は魔法をレジストされたわけで。
実戦では使えない可能性が高くなっただけなのではなかろうか。
そんなことを考えながら俺は、ふとミラがいなくなっていることに気がついた。
「あれ? ミラは?」
「ほんとだ。どこに行っちゃったんだろ」
キョロキョロと店の中を見るが彼女の姿はどこにも見当たらない。
まさか俺たちに何も言わず店を出て行く何てことは無いだろうに。
「ミラなら調理場に行きましたよ」
「へ?」
「あの子、よくこの店でも臨時の仕事をしてましたからね。たぶん店が忙しいのを見て手伝いに行ったんじゃないかな」
確かに今日は俺たちのせいもあるのかもしれないが昼間っから店内の客はかなり多い。
ちらほら開いているテーブルはあるものの、明らかに配膳やテーブルの片付けが間に合っていないのがわかる。
「優しくて働き者の子なんですよ……あの子は」
「知ってます」
「だから私はあの子が勇者様に選ばれたとき、神様はちゃんと見ているのだなと思ったと同時に、あの子に更なる重荷を背負わせるとは神も酷いことをすると思ったのですよ」
ハーシェクはジョッキのエールを一口飲むと、今まで見た中で一番辛そうな顔をして俺たちに尋ねる。
「あの子のことを君たちはどれくらい知ってますか?」
「私は何も知らないよ。だって村に来た時に始めて知り合ったんだもん」
「……そういえば俺もミラのことはほとんど知りません」
男装をしているが女の子だということと、ハシク村で色々な仕事をしていて顔も広いこと。
俺と同じように猟師としても活動していることくらいだろうか。
「そうですか。だったら私の口からはこれ以上は何も――」
ハーシェクはそういってジョッキにもう一度口を付けようとした。
「重荷だなんて思ってないよ」
だがその手はいつの間に戻ってきたのか、テーブルの横でいくつかの料理が載った皿を手にしたミラの言葉で止まる。
「だって捨て子だった僕を町のみんなはずっと優しく見守ってくれてたからね」
コトン。
テーブルの上に皿を置いて俺の横に座るミラの表情を俺は見る。
優しく微笑む彼女の表情は、その言葉が嘘では無いと物語っていた。
「詳しい話はまた後で二人にはするから。今は食事を楽しもうじゃないか。ハーシェクさんも、ね」
ミラは続けてそう言うと、自分の前に置かれたジョッキを手に取る。
中に入っているのはハーシェクと同じくエールである。
ちなみにリベラだけは成人前なので果実ジュースにしてもらっているが、俺のもエールだ。
前世では既におっさんだったから酒の味は知っている。
だがこの世界ではまだ一度も実は飲んだことが無かった。
「それじゃあ僕たちとハーシェクさんの前途を祝して!」
「祝して!」
「しゅくしてー!」
「祝して!!!」
わざと声高にミラがジョッキを掲げると、隣りのテーブルに座る仲間たちも一緒に声を上げた。
ついさっきまで漂いかけていた思い空気はどこへやら。
そんな俺たちを見て酒場の客たちも同じようにジョッキを掲げる。
彼らからしてみれば俺たちが何を祝しているのかさっぱりわからないだろうが、それでも皆楽しそうに合わせてくれたのだ。
そのことに驚いていた俺も慌てて自分のジョッキを手にするとミラを真似て掲げる。
そしてそれに合わせたようにミラがよく通る声で最後の一言を告げた。
「乾杯!」
「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」
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