第27話 モブは聖剣がアレでああなることを期待する

 朝食のあと俺たちは昨日の襲撃の片付けを手伝うことになっていた。

 少し長話をしていたせいで母親から「先に行ってるわね」と扉越しに声を掛けられたおかげでそれを思い出した俺たちは、部屋を出ようと立ち上がる。


「あっ、そうだ。ミラ」

「なんだい?」


 真っ先に外へ向かおうとしたミラに向かって、俺は机の横に立てかけていた聖剣を投げ渡す。


「そいつを一応返しておくよ」

「いいのかい?」


 ミラは手にした聖剣と俺の顔を交互に見ながら困惑の表情を浮かべる。

 それはそうだろう。

 昨日俺は聖剣の本当の姿を彼女に見せつけ、破壊するとまで言ったのにそれを返すというのだ。


「女神のこともあるからな。その剣はお前が持っていた方がいい」


 さっきの話を聞かなければもう壊していいと思っていた。

 だけど聖剣ファドランというドラファンでも最重要アイテムが破壊して、それを女神を誤魔化すのはさすがに難しい。


「でもコレって使っちゃいけないんだろ?」

「昨日はちょっと強く言いすぎたが、普通に使う分には強力で便利な武器だからな」

「普通にって……これって人の魂とか食べちゃうんじゃないのかい?」


 様々な魂を喰らって自らの力にする聖剣ファドランだが、魂を喰らう対象はファドランで切りつけられた者だけなのだ。

 しかも喰らうためには死ぬ間際の魂、もしくは死んだ直後でまだ魂が天に帰っていない状態でないといけない。

 なので包丁代わりに使っていて間違って指を切ったりしても魂を喰われることはない。


「そういうわけでな。魔物を倒すだけなら何の問題もない最強の武器なのは間違い無い」

「そ、そうなんだ」


 それでもミラは恐る恐るといった風に腰に鞘に収まった聖剣ファドランを差す。


「どっちにしろ修行には武器が必要になるし、そもそも勇者様がグレーターデーモンを倒した聖剣を持ってないとサマにならないだろ」


 それにクソ聖剣をアレの体液まみれにしてやれば少しは溜飲も下がる。

 今夜がいろんな意味で楽しみになってきた。


「アーディ。気持ち悪い顔してないでとっとと行くよー」


 つい愉悦表情が顔に出て居たのだろう。

 リベラにそのことを指摘されて俺は慌てて表情を取り繕う。


「わかったよ。アーディがこの聖剣を壊すときまでは僕が使わせて貰うよ」


 ミラが腰の聖剣ファドランの柄を軽く叩く。


「それじゃあ行こうか」

「急がないとみんなが待ってるだろうしね」

「うん。早く行こー」


 そうして俺たちは三人揃って家を出ると村の広場へ向かう。


 広場には既に商隊と村中の人々が集まっていた。


 昨日破壊された酒場を片付ける人たち。

 酒場の再建を話し合う村の大工。

 壊れた馬車の荷台から陶器の入った箱を下ろし、中から無事だったものを選別して並べているポグルスたちの姿もあった。


「遅れてすみません」


 ミラが馬車の近くで村長や陶工たちと話をしている男に頭を下げる。

 その小太りの男がハーシェク。

 今回の商隊を匹いる商人で、ハシク村を大きくした立役者の一人なのだという。


「ああ、ミラくんか」


 ハーシェクは疲れた表情に無理矢理笑みを浮かべ「昨日は助かったよ」とミラに応える。


「どうです? 陶器類の方は」

「どうもこうも、八割方使い物にならなくなってしまったよ」

「八割……」


 昨日グレーターデーモンに俺が馬車に投げつけられたせいだ。

 不可抗力とはいえ少し罪悪感を覚える。


「これでは国から頼まれた数は揃えられそうにないな」

「そうですか……今からもう一度作る訳にもいかないですしね」


 無事な陶器を仕分けしているポグルスたちの方を見ながらミラも溜息をつく。


「同じ数を同じ質で揃えるならとてもじゃないが納期には間に合わねぇよ」

「せめてあと十日あれば」

「納得いかん品質のものは納められんでな」


 陶工たちも口々に悔しそうだ。

 だが既に破壊されてしまったものを元に戻すことは不可能である。


「一応王都の修復師の所に集めた欠片を持っていって修復出来るかどうか試して貰いますよ」


 修復師か。


 そういえばドラファンのクエストで、とある品物を見つけ出すというものがあった。

 しかし長いお使いの果てにやっと見つけたときはバラバラに破壊された状態で。

 それを王都の修復師に直して貰うという展開だったはずだ。


「でも修復って結構時間が掛かるんじゃないですか?」


 ゲーム内でも三日後に取りに行ったはずだ。

 もちろん宿屋に三日連続泊まればいいだけなのでプレイ時間的には一分もかからなかったが。


「よく知ってるね。君はたしか……」

「アーディです」

「そうそうアーディくんだ。昨日せっかく重い荷物を積んで貰ったのに、こんなことになってしまって」


 ハーシェクのせいでもないのに申し訳なさそうにそう言われ、俺の中の罪悪感が一段と跳ね上がってしまう。

 俺があのとききちんと最初から力を出せていればこんなことにはならなかったはずだ。


「結界魔道具も修復して貰わねばならんな」


 村や町には魔物が侵入しないように結界が張られている。

 張る結界の規模や強度によってその数は変わるが、スミク村の結界は三つの結界魔道具によって張られていた。


 その程度ではグレーターデーモンのような強力な魔物には聞かないが、本来であればこのあたりに居るような魔物では侵入不可能なレベルのものだったのだが、その一つがグレーターデーモンによって破壊されてしまったのだ。


「残った二つの結界魔道具を調整して八割方の結界は修復出来たのは良かったが」


 なんとかあの後、残る二つの結界魔道具を使い結界を復活させたおかげで俺たちは眠りにつくことが出来た。

 しかし村全てを結界で覆えたわけではない。


「畑の一部が暫く使えんのが困りものじゃて」


 長老は村の奥にある畑の方を見ながら溜息をつく。


 結界は村人の家々をまもることを優先して調整したため、どうしても畑が犠牲になってしまったのだった。

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