第12話 モブはずぶ濡れになる
翌日、俺は宿まで誘いに来てくれたミラと一緒に村の中を巡った。
昨日、夕日の中で初めて会ったときは、美しいと思えるほどのイケメンさにちょっとドギマギしてしまったが、村を一緒に歩いてお互いのことを話す内にそんな気持ちは薄れていった。
かわりに昔から友人であったかのようにミラと俺は男友達として仲良くなっていった。
特に彼も俺と同じように狩人として既に働いていると聞いて、それからは獲物の狩り方や解体の時のあれこれ。
他にもスミク村周辺では見かけない川に住む動物や魔物の話は興味深く、村の案内そっちのけで路地の横で話を続けてしまったほどである。
「あー、楽しかった」
「そうだね。僕も楽しかった」
「それにしてもハシク村のややこしさには参ったよ」
元々は川沿いの小さな村でしかなかったハシクは、川を遡上する船が発明されてからこのあたりの村々と大都市を繋ぐ交易拠点として一気に発展したという。
ハシクが未だに『村』なのも、村の建物が無秩序に建てられて分かり難くなっているのもその発展があまりに急だったせいらしい。
「村長の家とか冒険者ギルドとか、もう一度ひとりで行けと言われてもたどり着ける気がしないぜ」
「あはは。確かに分かり難いかもね。でも商業ギルドは港の真ん前だからさすがにわかるだろ?」
「あそこだけはな。でも村長の家なんて『ここがそうだ』と言われなきゃわからないくらい普通の家だったし、冒険者ギルドは辺鄙なところにあるし」
「冒険者ギルドはあまり民家が多いところに建てると騒音問題とか出て来るからしかたないんだよ」
冒険者自体が荒くれ者で、冒険から帰ってくると夜遅くまで酒を飲んで騒ぐ輩が多いということもある。
だがそれよりも冒険者ギルドの鍛冶施設が問題なのだとミラは言う。
「魔物退治とか素材集めとかでもけっこう武器とか防具とか道具とかが傷ついたり壊れたりするからね」
「それをお抱えの鍛冶師とかが夜の内に修理するのか」
「一応その仕事場には防音結界は張ってあるけど、それでも人の出入りとか結構多いからね。街中だと普通に騒音なんだよ」
ゲームでもクエストを受けたり報酬を貰ったり出来る冒険者ギルドは商業エリアか町外れとか辺鄙な場所にあるなと思ってたけど。
「そんな理由があったんだな」
「でもおかげで僕も結構稼がせて貰ってるからね。あの人達お金払いが良いんだ」
「稼ぐって……いったい何をして……」
荒くれどもを相手にミラはいったい――
「昨日みたいな人捜しの仕事とか情報集めの手伝いとか、あと冒険に必要な物資の買い出しとか色々だよ」
「そ、そうだよな。うん。わかってた」
俺は自分の中の邪な心を誤魔化すようにそう行ってミラから目を反らしてなんとなく空を見上げた。
心なしか少し前より雲が増え、暗くなってきている。
「あとは北の森にある花畑を案内しようと思ったんだけど」
ぽたり。
ミラの残念そうな声と同時に、上を向いた俺の頬に水滴が落ちた。
「雨だから無理か」
ぽたぽたぽたと落ちてきた雫がザーザーとした雨に変わるまで、ほとんど掛からなかった。
まるでゲリラ豪雨だ。
「やばっ」
「アーディ、宿に戻るよ」
「お、おう」
俺とミラは頭を両手で雨粒から庇うようにして走り出す。
途中、同じように急な雨に襲われて慌てて雨宿りの場所を探している人たちとすれ違う。
そして宿までたどり着いたころ、既に俺とミラはずぶ濡れになっていた。
「べちゃべちゃだ」
「ごめんよ。まさか雨が降り出すなんて思わなくて傘も持ってなかったから」
「仕方ないさ、それより――」
水もしたたるいい男。
どこか妖艶な色気まで感じるミラの濡れ姿から目をそらしつつ俺は言葉を続ける。
「早く帰って着替えた方が良いんじゃないか?」
「そうだね。もう少し雨が弱くなったらいったん家に帰るよ」
宿の屋根を撲つ雨の音はかなり激しい。
窓の外に目を向けるが、バケツをひっくり返したような雨でほとんど外が見えないくらいだ。
「最近こんな変な天気が多くて困ってるんだ」
「今まではなかったのか?」
「うん。僕が小さな頃も、にわか雨が降ることはあったけどね。ここまで急に土砂降りになることはなかったかな」
それも魔王と何か関係があるのだろうか。
ゲームで何かこういうことに関係したイベントがあった気がする。
俺がゲームの内容を思い出そうとしていると。
「あんたたち、ずぶ濡れじゃないか!」
「おばさん。床を塗らしてしまってごめんなさい」
宿の億から宿の女将がドスドスと出て来て、俺たちの姿を見て驚いていた。
「すみません。急にゲリラ……大雨が降ってきて」
「そんなことはわかってるさ。それよりもそのままじゃ風邪ひいてしまうかもしれないね」
「何か拭く物でも貸して貰えますか? お金は後で払いますから」
一応財布は持って出かけていたのでお金はすぐに払える。
だがポケットの中もずぶ濡れで、そのまま渡すのは気が引けたのだ。
「いいよそんなもの。それよりもちょうどさっき風呂を沸かしたから入っておいで」
「いいんですか?」
「アンタはお客様なんだから良いに決まってるだろ」
この世界は魔法が存在する。
そのおかげで風呂が宿にあるというのはそれほど珍しくない。
なんせ水魔法と火魔法さえあれば簡単にお湯が出来るのだから。
「あとミラもついでだから一緒に入っていきな」
「ぼ、僕も?」
「当たり前だろ。いつも風呂が空いてるとき使ってるじゃないか」
「それはそうだけど」
何故かムネの前で手を組んでもじもじと俺の方をチラチラ見て風呂を渋るミラ。
「早く行きな。アンタに風邪ひかせたら、テッドに会わす顔がないじゃないか」
その背中を女将が行きよい良く叩く。
テッドというのはミラのお婆さんの名前だと後で聞いた。
「わ、わかったよ。入るよ」
「ほら、アンタもだよ」
「それじゃあ入らせて貰うよ」
そして俺とミラは女将に急かされながら宿の奥にある風呂場へ急いで向かった。
床に水に濡れた足跡が付くが、この世界は中世ヨーロッパ風の世界観なので基本土足だ。
なので宿の一階の床は汚れることを前提として作られている。
とはいえ全身ずぶ濡れの俺たちが通った後はかなり水浸しになってしまっている。
脱衣所の前で後ろを振り返るとけっこう大変なことになっていた。
「風呂入ったあとで掃除を手伝わせて貰おう」
「そ、そうだね」
俺は若干の後ろめたさを感じながら脱衣所の扉を開けたのだった。
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