第13話 モブは真実を知る

「ふいー、生き返るぅ」


 脱衣所に飛び込み服を脱ぎ風呂に入った俺は、かけ湯をしてから浴槽へ飛び込んだ。

 思っていた以上に体が冷えていたのだろう。

 染み入る熱で得も言われぬ気持ちよさが体の芯から湧き上がってきた。


「ちょっと熱めだけど、これくらいのがいいな」


 お湯の温度は大体42℃。

 人によっては熱くて入れないという人もいるだろうが、俺にはちょうど良かった。


「それにしても……」


 俺は洗い場の入り口の引き戸に目を向ける。


 ずぶ濡れの服を早く脱いで温まりたかったので気がつかなかったが、ミラが付いてきていないのだ。

 一体何をしているのだろうか。


「おーい、ミラぁー」


 俺は心配になって脱衣所に向かってミラを呼んでみた。

 だが返事がない。


「おかしいな」


 確かに脱衣所に入るまではミラは後ろを着いてきていたはずだ。


「早く入らないと風邪ひくぞー」


 心配になってもう一度声を掛けてみると。


「ご、ごめん。やっぱり僕、用事を思い出したから帰るよ」


 少し震えたような声でミラから返事があった。


 用事ってなんだろうか。


 急ぎでなければ風呂に入ってからでもいいだろうに。

 あんなずぶ濡れのまま出ていくつもりなのだとしたら本当に風邪を引いてしまうだろう。


「いくら急ぎの用事でも、せめて服だけでも変えていけばいいのに……って、ここにミラの着替えはないよな」


 まさか腰タオルだけで家に戻るわけにもいかないだろうし。


「そうだ!」


 俺は思いついたアイデアを実行すべく風呂から上がると、ミラに声を掛けようと脱衣所の引き戸を勢いよく開いた。


「ミラ! 俺の服を貸してやるよ!」

「えっ!?」

「えっ……」


 扉を開いたまま、俺はその場でしばし固まる。

 そして脱衣所で一度は脱いだと思われる下着をはき直している途中のミラも俺の方を見て固まっていた。

 

 実時間では数秒。

 だがお互いの体感時間はその何倍もあったに違いない。


「きゃあああああああああああああああああああああっ」

「うわあああああああああっ、ごめんなさああああいっ」


 どぼん!


 悲鳴を上げて手にしていた服で慌てて胸を隠すミラに俺は慌てて謝罪の言葉を継げ、引き戸を閉めるとそのまま湯船に飛び込んだ。


「なんだ……なんだ今のは……」


 ほんの数秒だが確かに俺は見た。

 見てしまった。


 服を着ているときはわからなかったが、身長は俺と大して変わらないというのに思った以上に華奢な体。

 常日頃から体を鍛えている俺と違ってあまり陽に当たってないように白く綺麗な肌。

 そして一瞬だが見えてしまった、俺とは全く違う膨らみを持った胸。


「漫画かよ……いや、ここはゲームの世界だったか」


 ぶくぶくぶく。


 お湯の中に顔の半分を沈めながら俺はほてった体を更に熱くする。


 たしかに時々謎の色気を感じてはいた。

 だけどそれはゲームとか漫画の世界に良くいるとんでもない美形キャラだからだと思っていたが、まさか女の子だったとは。


「男の格好してるし、言葉使いも男だし、同じ狩人の仕事してるとか言ってたのに」


 この世界ではソロの女狩人というのは極端に少ない。


 性差による体格差、筋力差もあるし、本能的な部分でも狩りに向いた男の体と違い魔物すら彷徨くこの世界では狩りはリスクが高すぎる。

 もちろん男よりも遙かに強い女戦士もいるが、ミラの場合はどう見てもそんな強そうには見えない。


「でも……」


 最後の最後。

 裸を見られたことに気がついたミラの目には涙が浮んでいたように思う。


「と、とにかくもう一度きちんと謝るべきだな」


 俺は立ち上がると湯船から片足を出そうとしてもう一つのことに気がついた。


「俺、真っ裸でミラの前に出ちまったじゃねーか!」


 つまり俺の裸も彼女にバッチリ見られたということだ。


「よし、これでお互い様だな――ってなわけあるか!」


 余りの出来事にテンパった俺は一人乗り突っ込みをしながらゆっくりと引き戸に近づく。

 急いで風呂に飛び込んだせいでタオルも持って来てなかった俺は、一応洗い場の風呂桶で股間を隠しながら扉の向こうに声を掛けようとした。


「み、ミラ……さん。ごめんな、俺知らなくてさ」

「……」


 返事がない。

 ただの屍のようだ。


「開けるよ?」

「……」


 やはり返事はない。

 俺は恐る恐る引き戸を開けてみる。


「居ないか。そりゃそうか」


 扉の向こうの脱衣所にミラの姿はなかった。

 どうやらあの後慌てて着替えてそのまま出て行ったようだ。


 俺は内心少しホッとしつつも、明日もう一度誠心誠意謝ろうと決めて風呂に戻り湯船に沈んだ。


 ぶくぶくぶく。


 自然と頭にさっき一瞬だけ見えた光景が頭に浮ぶ。


 ぶくぶくぶく。


 たしかミラは十四歳だっけ。

 リベラとは一つ違いでしかないが、小柄というか小さいリベラと違ってミラはもう俺と同じくらいの背丈をしている。

 そしてたぶん服を着ている間はサラシみたいなものを巻いていたため気がつかなかったが胸部装甲もリベラより……。


「いかん、いかんぞ」


 俺は邪念を振り払うように湯船に更に深く顔を沈め――


 そのまま思いっきりのぼせた上に、全裸で脱衣所まで這ったあと意識を失ったせいで大風邪を引くことになってしまった。

 そして俺はスミク村に帰る日までベッドの上でうなされる日々を送ることになり、ミラもその日以降宿に顔をださなかった。


 おかげで結局最後まで俺はミラに謝ることも出来ず、女将さんにミラへの手紙だけを託してスミク村への帰路につくしかなかったのである。



 だが俺は気付かなかった。


 通常ではあり得ないレベルに達し、この世界にとってイレギュラーとなっていた俺の行動。

 それが既にこの世界の『物語シナリオ』を大きく書き換えてしまっていたことに。



 ――irregular


 ――error


 ――overflow


 ――rewrite the table


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