第15話 モブは目覚める

「はぁ……はぁ……」

「お疲れさん」


 全速力で走り続けたおかげで、夜に村を抜け出していることに気がつかれなかったのは良かったが、その代わり一睡も出来ずにそのまま品出しの準備に駆り出されることになった。

 そのせいでレベル上げと基礎体力を付けるためのトレーニングのおかげで最近ではめったんに息切れなんて起さなかった俺も、全ての品物を広場に並べ終わる頃には荷物の横に座り込んでしまうほど疲れ切っていた。


「アーディがそんなになっているのは久々に見たな。大丈夫かい?」


 ポグルスと一緒に品物のチェックをしていたフェルラが心配そうに声を掛けてくる。


「大丈夫ですよ。ちょっと昨日眠れなくて、眠気でふらついてるだけですから」

「そうか。最終チェックが終わったら、商隊が来るまで仕事は無いから寝るといい」

「そうさせてもらいます」


 俺はゆっくり立ち上がると、フラフラと家へ向かう。


 前世の世界と違い、連絡手段の限られているこの世界では馬車や人がいつたどり着くかは正確にはわからない。

 王都や大きめの街に行けば魔法を使った通信魔道具があるらしいが、もちろんこんなドが付く田舎にあるわけがない。


 なのでもしかすると俺がベッドにダイブした直後に商隊がやってくるかも知れないが、そのときはそのときだ。


「また夜通し無茶な修行してたんでしょ」


 家の近くまで来たところで、隣の家から出て来たリベラと顔を合わしてしまった。

 ずっとレベルアップの同行を断り続けているからか、言葉にトゲがあるように感じる。


「わかってるなら聞くなよ」


 眠気で少し苛立っていた俺は、つい強い言葉で言い返してしまう。

 一瞬『言い過ぎたか』と思ったが、当のリベラは何も気にしてない顔で少し背伸びをしながら俺の額に手のひらを当ててきた。


 最近少し寒くなってきたせいか、彼女の手のひらもひんやり冷たい。


「私が回復魔法を掛けてあげようか?」

「眠気には聞かないだろ、それ」


 俺はそう言って彼女の手を引き離そうとする。

 実際『回復魔法』で治せるのは怪我や病気だけで、眠気は消せない。


「ふふーん。それはどうかしら」


 しかしリベラは何だか自慢げな笑顔を見せて


「アーディが修行して強くなってるみたいに私だって成長してるんだからね」


 と、一向に成長の兆しを見せない胸を張る。


 たしかゲームのキャラクターイラストでもリベラの体は今と変わらない体型だったはず。

 つまりもうこれ以上は――


「眠りの精霊よ。我の願いに応え、彼の者の呪縛を解き放て! ウェイク!!」


 寝ぼけた頭でリベラが聞いたら数日は口をきいてくれなくなることが確実なことを考えていた俺だったが、次の瞬間には眠気が飛び頭の靄がかき消えていた。


「まさか、ヒール以外の魔法が使えるようになってたのか?」

「うん」

「いつの間に……」


 たしかにゲームでは聖女である彼女は様々な回復魔法が使えていた。

 目覚まし魔法や解毒魔法などが使えるようになっていてもおかしくはない。

 しかし。


「ゲームで仲間になったときは一番弱いヒール魔法しか覚えてなかったはずだよな」


 ドラファンで初めて彼女が仲間になるのは、勇者が魔王軍に襲われた後にこの村にやってきて唯一の生き残りであるリベラを見つけたときである。

 魔王軍の残党を倒した勇者の怪我を、聖女の力に目覚めた彼女が癒やすというイベントの後に仲間になるという展開だったはずだ。


「ゲーム?」

「あ、いや……なんでもない。おかげで目が覚めたぜ」

「それなら良かった。でも魔法で無理矢理眠気を飛ばしただけだから、今夜はきちんと寝なきゃダメだよ」


 俺の顔に向けて指を突きつけ、リベラは少し怒った顔でそう言った。


「そうなのか? この魔法があればずっと起きていられるって思ったんだが」

「二日くらいなら大丈夫だったけど、その次の日くらいにいきなり意識が飛んじゃうんだよね」


 頭を抑えながらリベラは嫌なことを思い出したといった風に眉根を下げる。

 もしかしてこいつ、自分の体で試したんだろうか。

 試したんだろうな。


「わかったよ。今日はどこにも行かずに早く寝るさ」


 俺はリベラにそう応えると「とりあえず眠気は飛んだけど、一応ベッドに入ってくるわ」と言い残して自分の家に向かった。

 家に入るとそのまま俺は自分の部屋に戻る。


 十五歳になった日に、俺のために物置だった部屋を片付けて両親が用意してくれた部屋だ。


 この世界では十五歳になると成人あつかいされるようになる。

 それまでは子供扱いで、田舎の村では自分の部屋なんて用意されないのが普通なのだ。


「ふぅ……」


 俺は掛け布団の上にそのまま横になって天井を見つめる。

 鮮明になった頭の中に浮ぶのは先ほどの出来事だ。


「ウエイクか……たしか聖女リベラがあの魔法を覚えるのって中盤くらいだったはずだよな」


 回復魔法や解毒魔法と違い、目覚まし系の魔法は大抵のRPGでは重用されない。

 なので覚えるにしてもそれほど早い段階では覚えないのが普通だ。


「ドラファンだとレベル13だったかそれくらいで覚えたけど、ほとんど使った記憶がないな」


 眠らされても攻撃を一度でも喰らえば大抵目覚めてしまう。

 なのでいちいちターンを消費してまで魔法で目覚めさせる必要を感じなかったからだ。


「でも、だとするとリベラはもうレベル13くらいになってるってことか?」


 もし俺がリベラをレベル上げに連れて行っていればそうなっていてもおかしくないだろう。

 だけど修行がバレたあの日から俺は一度も彼女を同伴させたことはない。


「いったいどういうことなんだ」


 そうして一時間ほど一人悶々としていたが答は出るはずもなく。


「アーディ、仕事だぞ!」


 結局俺は一睡も出来ないまま呼び出されることになった。


「今行きます!」


 俺はベッドを飛び降り家を出る。

 そのまま村の広場へ向かうと、ちょうど商隊の馬車が三台並んで駐まって馬車から商人や護衛が出てくるのが目に入り――


「ミラ!?」


 その中に今このとき、この村に訪れるはずのない人物の顔を見つけて、俺は思わず声を上げてしまったのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る