第37話 モブはすっかり保護者気分になる

 外からの声に俺たちが飛び出すと、すでに前方の馬車の前で護衛に付いていた二人の狩人が魔物と戦闘を開始していた。


「あれはゴブリンか?」


 二人の前には、先日グレーターデーモンが引き連れてきていたゴブリンに似た魔物が六体ほど群れをなしている。

 もしかして気がつかずに取り逃がした部隊の生き残りか何かだろうか


 しかしあのとき戦った個体に比べると体躯はかなり小さく見えるし、体の色もあのとき戦った緑ではなく茶色い。

 俺が疑問に思っていると。


「あれはデミゴブリンだよ」


 俺の横で聖剣を腰から抜き放ちながらミラが魔物の名前を口にする。

 そういえばドラファンの序盤に出てくる雑魚の中にデミゴブリンという名前の魔物はいた。


 たしかグラフィックはゴブリンの色違いで、まさに今護衛たちが対峙しているデミゴブリンの体色がそれであった。

 しかしおかしい。

 王都近郊の平原でエンカウントする魔物で、スミク村やハシク村の近郊では出ない魔物だったはず。


「デミゴブリンってこのあたりにはいない魔物だろ」

「うん。僕も冒険者ギルドの本でしか見たことないから本当にあれがデミゴブリンかどうかは自信が無いんだけど」


 ミラはそこまで口にすると「とにかく僕も戦ってくるよ」と駆け出していく。


「ああ、行ってこい」


 俺はその背中を見送りながら周囲の気配を探った。

 もしかすると前方以外に魔物が潜んでいる可能性を考えたからだ。


 だがどうやらその心配は杞憂のようで、街道沿いの森からは何の気配も感じない。

 動物の気配もない所を見ると、魔物に怯えてこの近くからすでに逃げているのだろう。


「ねぇねぇ、私も行っていい?」

「別にミラだけで十分だろ」

「えー。私もセイクリッドアローとか使いたいのにぃ」

「もう十分に泉の近くで打ちまくっただろうが。それにもう出番はないみたいだぞ」


 俺は顎でミラが向かった場所を示す。


「あ、あんなに簡単に魔物を……」

「はぁはぁっ。助かりました勇者様」


 つい今さっき駆け出していったばかりだが、既に戦闘は終わっていた。

 周囲を探っていて見ていなかったが、どうせ全て一撃で葬ったに違いない。


 何せ今のミラのレベルは既に40。

 ゲーム序盤どころか中盤のボスですら倒せるほどの力を持っているのである。


 しかもその手に握られているのは、本来ならゲーム最終盤でしか手に入らないはずの聖剣ファドラン。

 それ以外の装備は初期装備だといっても、今のミラにとって序盤の雑魚敵であるデミゴブリンなど相手になるわけがない。

 というかオーバーキルすぎて敵が可哀相になってくる。


「むぅ。私にも一匹残しておいてくれたらいいのにぃ」


 そんなことを言ってむくれるリベラとは対照的に、彼女の横でミラの戦いを見ていたのだろうハーシェクの表情はまるで子供のようにキラキラ輝いていた。


「……素晴らしい……」

「ハーシェクさん?」

「あれが勇者様の力……伝説にうたわれる神から授かった、魔王と戦う光の輝きなのですね」


 憧れのアイドルを目の前にしたような。

 それとも信じる神に会った人のような。

 その瞳に浮ぶ陶酔の輝きに俺は僅かに動揺してしまう。


「ああ、神よ! 私に勇者様との出会いを与えてくれたことを感謝いたします!」


 やばい。

 さっきまで和気藹々と話していたおっさんが、完全に狂信者みたいになってしまった。


 たぶんこれも俺がミラのレベルを上げすぎたせいだ。

 そうでなければデミゴブリンという雑魚であろうとも、ストーリーの超序盤であるこの段階でワンターンキルなんて普通は出来ないのだから。


「すぐに終わっちゃったね」


 そんなことを考えていると、護衛ともう一台の馬車の御者からお礼をされていたミラが戻ってきた。

 その言葉からは、あまりにあっけなさ過ぎて少しつまらないという感情が見て取れる。


「おつかれさん」

「全然疲れてないってば……ハーシェクさん?」


 俺に返事をしたミラだったが、俺たちの横で彼女を陶酔しきった瞳で見つめたまま固まっているハーシェクを見て、心配げな声を出す。

 それもそうだろう。

 俺から見ても今のハーシェクは完全にイっちゃっている目をしている。

 これはまるで何かの魔法にでも掛かったかのような――


「はっ!? まさかっ」


 俺はあることに思い至り、まだ戦えなかったことにふくれっつらをしていたリベラの肩に手をかけると。


「今すぐハーシェクさんに魔法を掛けてくれ!」


 と、慌てて頼み込んだのだった。


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