第8話 魔法使いのお仕事②
足早に校舎裏へ向かえば、上野はまだそこにいた。雑草生い茂る草むらに頭を突っ込んで何かを探している。ちょっと無防備が過ぎるんじゃないか上野?
上野は当たり前だが女子。つまり制服はスカート。頭を突っ込んで上半身が前がかりになれば、自然とスカートは上に引っ張られるわけで。目のやり場に困る。もう少し上に引っ張られるともういよいよやばい。
「高坂君……いやらしい目をしています」
夏目が冷めた視線を俺に送ってくる。
「これは不可抗力だと思う。俺も健全な高校生だし」
「そうですか……」
目がなぜか上野に吸い寄せられちゃうんだよ。ほんとになぜかね。
とはいえ夏目に冷めた目を向けられ続けるのも嫌なのでわざと上野から視線を外した。
でもこれじゃ歩きづらいよなぁ。
なんて思いつつ、夏目が上野に話しかけるまで、俺は自身の身の潔白を夏目に証明するべく横目で前に進み続けた。これの方が不審者っぽいよな。
「上野さん。何をしているんですか?」
「……え? 夏目ちゃん!?」
草むらから顔を上げた上野は驚きの声を上げた。
「と……高坂?」
そして夏目の横にいる俺を見つけて首を傾げた。
もう前向いていいよね? ってことで俺は視線を上野に向ける。
「なんか珍しい組み合わせだね? デート?」
頭にいくつかの草をつけた上野は不思議そうに俺と夏目を見ている。
「校舎裏デートってなんだよ。プランが雑過ぎるだろ」
「えぇ……でも私、彼氏となら校舎裏デートでも満足しちゃうよ?」
「急に惚気るなよ。どう反応すればいいかわからなくなる」
「そこはアツアツだねぇ。って言っとけばいいのよ」
「なるほど。アツアツだねぇ」
「でしょ~。アツアツなんだよ!」
「そりゃよかったな」
上野が幸せそうで何よりだ。
だけど、ここに俺たちがいるということは上野はただ幸せなだけではない。
「ところで上野さん。ここで何をしていたんですか? どうやらおひとりのようですし」
夏目が早速切り込んだ。
仕事の時間。夏目がそう言った時点で何かあるのはわかっているんだ。
まあ上野の場合は見るからにって感じだけど。
「いやぁ……大したことじゃないんだけどね……ていうか話は戻るけど夏目ちゃんと高坂はなんで仲良く二人でこんなところにいるの!?」
上野は若干強引に俺と夏目の話に持っていく。
「たまたまですよ。少し高坂君とお話していたら校舎から困ってそうな上野さんを見かけたんです」
「そういうことだ。なんか一人で草むらに頭を突っ込んだり、地面を凝視してる変人がいたから夏目と一緒に来た」
とりあえず夏目に話を合わせた。
馬鹿正直に実は魔法使いの仕事で困っている上野さんの問題を解決しに来ました! なんて言えるわけがない。そんな事したら一発で契約破棄確定だろ。
「変人言うな! 好きでやってるわけじゃないやい!」
「じゃあなにしてんだよ? 普通の奴は放課後の校舎裏で一人寂しく遊んだりしないだろ?」
今度は俺が切り込む。
「なんか高坂の言葉はチクっとするんだけど!? 棘があるんだけど!?」
「気のせいだろ。あんま深く考えるなって」
「そう? じゃあそうする。べつに大したことじゃないよ。ちょっと落とし物を探していただけ」
上野はぎこちない笑みを浮かべて言った。
大したことない、ね。こんな力に頼るまでもなく、既に表情が物語ってるけどな。
「本当に大したことないのか?」
「え……?」
普段なら気づかないふりをする。だけど今日は違う。
負の感情。どういうわけか夏目は悩みを持った人を見つけることができる。その夏目が仕事の時間だと言ったのだ。大したことなければそんな話にはならない。
そして上野は嘘を言っている。負の感情を回収するためには、その人が抱える問題を解決しなければならないとのこと。
だとすれば、ここで引くわけにはいかない。上野の抱える問題に介入する必要がある。そうしなければ解決はできないのだから。
「大したことないものなのに、草むらに頭を突っ込んでまで探すのか?」
「それは……」
「上野さん。私は頼られても迷惑じゃないですよ。自分の問題に私たちを巻き込みたくないと思ってるんですよね?」
「な、夏目ちゃんすごい……なんでわかったの!?」
「女の勘です」
夏目は穏やかに笑いかける。女の勘が鋭すぎるよ夏目。
夏目には嘘どころか考えていること全部見抜かれそうで怖いわ。特殊な力はないはずなのに、目を合わせれば嘘を見抜ける俺の上位互換な気がしてきた。素のスペックが段違いだろこれ。
そんな夏目曰く、俺は顔に出やすいらしい。つまり夏目からしたら雑魚の部類に入るんだろうな俺は。
「人手は多いに越したことはないですし、私たちで良ければ手伝いますよ?」
「うーん……そうだね。夏目ちゃんがそういうなら手伝ってもらおうかな。高坂もやってくれるの?」
「ここで俺だけやらないのは薄情すぎるだろ。お前の中で俺はどんな人間なんだよ?」
上野の中では、じゃあ俺は帰るから。みたいな人間に見えたの?
「単純に俺も手伝うぜ! でいいじゃん。もっと素直になってよ」
「よっしゃ俺も手伝うぜ!」
「え……高坂そんなキャラじゃないでしょ……」
「じゃあ何が正解なんだよ!?」
上野は俺の反応にケラケラ笑っていた。
ということで俺たちは上野の失せもの探しを手伝うことになった。
「いやさ、彼氏君にもらったストラップをどうやら落としちゃったみたいでさ。たぶん昼休みにみんなとここで遊んでた時に落としたと思うんだよね」
アクティブだなこいつ。という意見はさておき、上野は彼氏にもらったものを失くしたのか。
「実は初めてもらったプレゼントでさ。ぶっちゃけ今かなり焦ってたりする」
上野は困ったように肩を落とした。
「初めてもらったプレゼント。それは、とても大事ですよね」
夏目は共感を示すように上野に微笑みかけた。
そういえば夏目の髪飾りもプレゼントされたものだったよな。大切なもの。夏目もそう言っていた。だから上野の気持ちがわかるんだろう。
「じゃあ今日はそれが見つかるまでみんな仲良く居残りだな」
「そうですね。みんなで協力して探しましょう」
「夏目ちゃん……高坂……ありがとね!」
「困った時はお互い様ですから」
探すと言っても何を探せばいいかわからない。そんなわけで上野から探しているものの写真を見せてもらった。
愛くるしい顔をした猫のストラップ。それほど大きくない。親指くらいのサイズか?
これをこの雑草やらがひしめく校舎裏で探すのは骨が折れるな。
「落としたのは校舎裏でいいんだな?」
「それは間違いないかな。昼休み前までは間違いなくついてたし、昼休み後に通った場所はもう先に確認してるから」
「じゃあしらみつぶしに行くか」
「だね。私はあっちを探してみるから、高坂たちはこの辺をよろしく!」
上野は颯爽と走って行った。
「で、魔法で探すか? 魔法ならこれくらい造作もないだろ?」
「そうかもしれませんね。でも、魔法は最終手段ですよ」
夏目は穏やかに言って地面とにらめっこを始めた。
「使わないのか? 失せもの探しの魔法も使えるんだろ?」
「いつどこに人の目があるかわかりませんから。緊急事態以外ではうかつに使いたくありません。それに、全部魔法で解決なんて冷たいじゃないですか」
地面に目を向けたまま夏目は言う。
効率って面を考えたら魔法で探すのは手っ取り早いと思ったんだけどな。
失せもの探しの魔法がどんなものかは俺にも想像できないけど、知らない誰かが見て魔法だとわかるような視覚的変化はないように思える。
それに魔法で解決は冷たい、か。早く解決できるなら俺はそっちの方がいいと思うけど。
「早く解決した方がいいんじゃないのか? 負の感情をいっぱいなんとかしないといけないんだよな?」
「それはそうですけど、私は過程も大事にしたいんです」
「過程を?」
「そうです。魔法はある意味ではズルですから。誰かの問題に寄り添うのであれば、まずは私だけの力で行けるところまでやりたいんです。気持ちの問題ですよ」
魔法という特殊な力で解決できるとしても、それは本当の意味ではずるい解決だと言いたいのか。
既に何回か夏目と魔法使いの仕事をやってるけど、毎回夏目は最初から魔法を使わない。
ずっとなんでかと思ってたけど、そういう理屈だったか。
「なるほど。まあ俺は夏目の考えに従うよ。じゃあ俺も己の目を信じて探すとするか」
俺も地面に目を向けて上野の失くしたストラップを探す。
俺と夏目は利害関係の一致で協力関係を結んでいる。俺と夏目の考え方が違ったからといってとやかく言える筋合いはない。
それに魔女と契約して仕事を代行しているのは夏目だ。俺は協力といいつつ、やっているのは夏目の手伝い。だったら本来の主である夏目が決めたことには従う。相談や助言はしても、強制することはできない。
「にしても、この緑の中から小さなストラップを探すのは大変だな」
「しばらく探して見つからなかったら魔法を使います。見つけられなければ本末転倒ですから」
「まあ夏目に従うけど、じゃあ最初から魔法を使えばいいだろって思っちゃうんだよな俺は。そっちの方が合理的だろ?」
半分笑いながら問いかける。
「それは違うんですよ」
「結局使うなら一緒だろ」
「最初から魔法ありきなのと、最初は自分で頑張るのは全然違いますよ」
怒るわけでもなく穏やかに、だけど芯の通った夏目の言葉。
絶対に曲げない意志。彼女のプライド。それを感じた。
「悪い。ちょっと理屈っぽかったな。夏目の言いたいこともわかるんだよ。気持ちの問題ってやつだろ?」
「そういうことです。魔法で手早く解決もできるかもしれませんが、私は相手のために頑張る気持ちを忘れたくない。だから最初は自分の力でやるんです」
「……いい考え方だな」
俺はどっちかと言うと最初はつい理屈で考えちゃうんだよな。
人の感情という側面で考えれば、夏目の考え方は立派だと思う。
「そう言っていただけると嬉しいですね」
要は最初からチートは使わないってことだ。まずは自分の力で頑張る。でもその頑張りにきっとラインが引かれているんだろう。
夏目が言う通り、最終的には解決できなければ何も意味はない。だから夏目は自分の中で折り合いをつけているんだと思う。ある一定のところまで頑張ったら魔法に頼って解決に導く。夏目の中ではその線がハッキリと引かれているってことか。
俺なら最初から全力で魔法に頼りそうなだけに、夏目の思想に尊敬の念すら抱ける。
なんというか、俺自身の目的もあるけど、それを抜きにしても協力したくなる。そんな感じ。
ともあれ俺は俺にできることをするだけか。俺は魔法を使えないしな。
「じゃあ俺たちもぼちぼち始めるか」
「はい。頑張りましょう」
夏目とも分担して校舎裏で目的の物を探す。
雑草の逞しさたるや、ただ覗くだけでは地面まで見えないくらい元気でいらっしゃる。
人が通る場所はまだなんとかなるけど、人の通り道じゃない場所は雑草はより逞しさを増している。
上野が頭を突っ込むのもわかる。そうしなければ何も見えないのだから。
そんなこんなで探すことしばらく。俺の方は成果は上がらなかった。
「どう? 見つかった?」
一度全員で集まって確認。誰も見つけられていなかった。
「うーん……やっぱ見つかんないかぁ」
「まあこんだけ元気いっぱいの草の中で、親指サイズのストラップを探すんだから簡単には見つからないよな」
「だよねぇ……もう諦めよっか! 彼氏君には正直に言って謝るよ!」
上野は寂し気に肩を落とした後、何もなかったように笑顔を作った。
「このまま探しててもさ、いつ見つかるかわかんないし。諦めも肝心! 二人ともありがとね! これ以上迷惑はかけられないよ!」
「それでいいのか?」
「え?」
上野の顔を見つめる。
「ちゃんと俺の目を見て言ってみろよ。本当にそれでいいのか?」
「だって仕方ないよ。このまま探してもきっと見つからないよ。大事なものだったけどさ、でもほら、こう言っちゃあれだけどそんなに高くないし、わりと店に売ってるものだからさ。また買うよ」
「上野……」
上野は嘘を吐いている。それはわかった。言っていることのどれが本当で、どれが嘘なのかはわからない。だけど、全部が本当ではないことは確かだ。もしかしたら全部嘘かもしれない。
彼女は本心を隠して諦めようとしている。理想と現実に折り合いをつけようとしている。
「……なんでそんなバレバレの嘘吐くんだよ?」
「高坂?」
嘘がわかる。その力の存在を俺は隠す。それでもここは看破すべきだと、俺の中の何かが言っていた。
本当はこんなキャラじゃないんだけどな。夏目の思想に影響を受けたか。
「大事なものなら簡単に諦めるな。お前が本気で探すなら、とことん付き合ってやるよ」
ま、それが魔法使いの仕事にも繋がるみたいだからな。
諦められるよりは頑張る方が俺たちにとっても都合がいいんだよ。
「高坂……でも相当大変だよ?」
俺も上野の考えには一部共感できる。この環境、闇雲に探していても見つかる確率は低いだろう。
だとしても、それは俺たち一般人にとっての話だ。ここにはその枠組みを外れた女の子が一人だけいる。
魔法使いという、人智を超えた存在が。
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