第6話 魔女と魔法使い③
「魔女と契約した魔法使いは、その願いの成就と同時に魔法に関するすべての記憶を失う。それもまた世界の理だ」
「そうなんですか?」
「そこで最初の話に戻るのさ。魔法の存在は基本的に一般人に知られてはいけない。もし魔法の存在が知れ渡れば世界は混乱してしまうからね。そして、魔女との契約を終えた魔法使いは、必ず魔法の力を失う。魔法の力とは、魔女との契約中に限り譲渡される特別な力だからね」
「契約を終えた魔法使いは魔法の力を使えない一般人になるから、魔法の存在自体を覚えていたら困るってことですか?」
天音さんは首を縦に振った。
「そういうことだよ大雅。魔法の存在を知っているのは、原則魔女と契約中の魔法使いだけでなくてはならないのさ。偶然魔法を見てしまっても、記憶を消してしまえばその原則は守られる」
「ですが、どうして高坂君の記憶は消えなかったんでしょうか?」
驚きつつも黙々とお菓子を食べていた夏目が口を開く。
そんな夏目の目の前には相当のお菓子の空き袋が置かれていた。かなりお腹空いてたんだね。
「まあ根本的な話をすれば、記憶消去の魔法自体、魔法使いにとっては緊急手段みたいなものだ。普通の魔法使いは一般人の前で魔法とわかるような派手なことはしないからね。リスクが大き過ぎる」
「す、すみません……」
「リスク?」
「魔法使いは魔法の存在を一般人に知られてはいけない。その話には続きがある」
天音さんがチラリと夏目を一瞥した。
「もし一般人に知られた場合、その原因となった魔法使いの契約は魔女の権限により破棄される」
「記憶が消せるのにですか?」
「しかし君のような例外が現れた。記憶操作も万能ではないことが証明されたね」
何も言い返せなかった。
「リスクの話なんだよ大雅。魔法は万能だが全能ではない。ふとしたときに今のようなイレギュラーが起こるかもしれない。だから私は契約のとき、人前で魔法と思われそうなものは使ってはいけないと口を酸っぱくして言っていた、はずだったんだけどね」
「すみません……」
おいおいそんな冷たい感じに言うなよ天音さん。ほら、夏目泣きそうになってんじゃん。涙目になってんじゃん。起きてしまったことは仕方ないって最初に言ってたじゃん天音さん!
「俺を助けるために夏目は仕方なく人前で魔法を使ったんだ。夏目を悪く言わないでください」
「高坂君……」
夏目だってわざとバレるようなことをしたわけじゃない。俺を助けるため、仕方なしに使ったんだ。
それに夏目がリスクを冒して魔法を使ってくれなければ俺は今頃あの世で神様と来世について面談中だ。
命の恩人である夏目が悪く言われるのは嫌だった。
「べつに責めているつもりはなかったんだがね。少し言葉が強かったかな」
だいぶ強く聞こえたよ。あんたの基準はどうなってんだよ? まあ今はいい。
「話を戻しますけど、もし記憶消去が効かない人に魔法が知られた場合はどうなるんですか?」
「言った通り契約は破棄される。叶えたい願いも叶わなければ、魔法に関する記憶も一切を失う」
「でもそんなの自己申告しないとわからないですよね」
「いや、わかる」
天音さんは強く言い切る。
「魔女を舐めてはいけないよ大雅。私の目は誤魔化せない」
何の根拠もない発言。それでも、それが事実だと思わされる。そんな威圧感を感じた。
「その場合、記憶が残った人はどうなるんですか?」
「数にもよるが基本はそのまま放置する。たとえ魔法を見た記憶が残っていたとして、それを信じる人間がこの世界にどれだけいるだろうね。君ならわかるだろ大雅?」
なぜ俺を強調したのか、それは俺が魔法の存在を信じていなかったからだろう。
天音さんの言う通り、魔法の存在を知らなかった俺はその一切を信じていなかった。
他の人だってきっとそうだ。魔法なんて空想の産物で、まさか自分が生きている現実世界にあるなんて思っていない。仮に魔法はあると声高々に叫んだところで、それを信じる人はいないだろう。
だから、この決まりは魔女のリスク管理だといのも頷ける。
今の考えは魔法を信じている人間が少数派だから起こりえるもの。この制約を無しにどんどん魔法を人前で広げていけば、魔法が当たり前に存在するとみんなが気づいてしまう。
魔女は魔法の存在を隠したい。だから魔法使いにこの制約を課す。
「ただ、そうは言いつつも例外はある。さっきも言ったが、魔法は万能であって全能ではない」
「例外?」
「そう、例えば、魔女と契約した自分以外の魔法使いには記憶消去が効かないんだ」
「俺は魔法使いじゃないですよ?」
「それは知っているさ。元魔法使いにも効かないかもしれないが、大雅の場合はこの店で魔法に触れすぎてしまった可能性があるね」
「なるほど……どういうこと?」
納得しかけて、よく考えたら意味わからないことを言っていることに気づいた。
「この店には当然魔法が溢れている。ちょっとした来店程度でどうにかなるとは思わない。けれど、大雅のようにアルバイトとして長い間居続けたりすると、魔法に対して耐性ができるのかもしれないね」
天音さんは腕を組んで満足そうに頷いている。
だが、本質的な問題が解決していないことは、まだ不安そうな夏目を見ればわかる。
大量に食べているお菓子も、思えば少しでも気を紛らわせようとしていたのかもしれない。
「で、俺の記憶が消えないことで夏目の契約は破棄されるんですか?」
一番大事なのはここだ。
夏目は叶えたい願いがあって魔女と契約した。
それがたまたま俺の記憶が消えなかっただけで潰えてしまうのはおかしいと思う。
夏目は間違ったことはしていない。一人の男の命を助けた。唯一のイレギュラーは俺の記憶が消えなかったことだけだ。
天音さんの回答次第では、思いとどまってもらうように説得しよう。
こんなので夏目の契約が破棄されるのはダメだ。
「そこに関しては心配しなくていい。ことがことだ。今回のことで梓にペナルティを課すつもりはないよ。むしろよくやったと褒めてもいいくらいだ梓」
今度こそ、夏目は安心したように肩を撫でおろした。俺も内心一息吐く。
「で、俺はそのまま放置ですか? 黙ってろというなら黙ってますよ」
「いや、よくよく考えてみれば、大雅に知られたのは好都合かもしれないね」
天音さんは不気味な笑みを浮かべて俺を見る。
「好都合?」
なんか嫌な予感がする。
「せっかくなんだ、梓の仕事を手伝ったらどうだ大雅?」
「ん?」
聞こえなてなかったわけじゃないけど、もう一度聞き返してしまう。今なんて言った?
「だから梓の仕事を手伝ったらどうだ大雅? 二人でやれば負の感情の回収も協力しながら行えるだろう? 私からすればそれは大歓迎だ。君はどちらかと言えば私の関係者側の人間だからね。人手が増えるのは私としても好都合さ」
「いやいや、魔女はそれでいいのか⁉︎ 俺は一般人だぞ!?」
「私がいいと言っているんだから問題ない。裁量は魔女である私が全て決めるんだから。魔法使いしか魔女の仕事を手伝ってはいけないなんて決まりはない」
「いや……でも夏目はそれでいいのか?」
「だそうだ梓。ヘタレの大雅は自分で決められないらしい。このヘタレに君の意見を聞かせてくれないか?」
だれがヘタレか。抗議の視線を送ってみるも無視された。
「その、高坂君さえよければ手伝ってくれませんか? 私は……高坂君が手伝ってくれたらうれしいです」
ほんのりと顔を赤らめ、俯きながらの上目遣い。かはっ……可愛い。
でも俺と夏目ってそんな仲良かったっけ?
「だそうだ。それに、もしかしたら君の求めているものも見つかるかもしれないぞ大雅」
天音さんは俺の心を見透かしたような嫌らしい視線を向ける。
「自分の中で何か大事なものが欠け落ちていると、君はずっと今の日常で満たされていないんだろう大雅?」
「――!?」
心臓が跳ねる。
「日々君を見ていればわかるさそれくらい。私は魔女だぞ? 何かが足りないんだろう。飢えているんだろう。非日常の中に飛び込めば見つかるかもしれないぞ。少なくとも、ただの日常に居るだけよりは可能性は高いんじゃないか?」
「…………」
俺は心の奥で舌打ちをした。
この魔女め。俺の本心にズバッと切り込んできやがったな。
心の中、何かが欠けている感覚。大事なものが無くなってしまった感覚。
いつからだろう。たぶん嘘を暴く能力を手に入れたくらいからだ。俺の心はずっと何かを探し続けている。なにかはわからない。だけど探し続けている。
友達と談笑する。遊びに行く。学校のイベントに全力で取り組む。楽しく駆け抜けていく日常。だけど、この満たされない何かが埋まることはない。
どれだけ過ごしていても、日常の中では決して答えが見つからなかった。
ずっとだ。ずっと探している。何かが足りないことがわかっているのに見つからない。もどかしい。
魔法。あからさまな非日常。そこに飛び込めば見つかるのか?
わからない。だけど日常の中では見つからなかった。それならもうそこを探すしかない。
「……天音さんの言う通りですよ。俺の中の満たされない何か。俺はずっとその答えを求めている」
「それはやるってことでいいのかな大雅?」
「利害は一致しています。俺は俺の目的のため、夏目は夏目の目的のため。それでいいなら手伝います」
「とても合理的な回答だよ大雅。私好みだ」
天音さんは満足そうにほくそ笑んだ。
「では、これからよろしくお願いしますね。高坂君」
夏目が丁寧に頭を下げた。
「ああ。お前の願いが叶うまで、微力ながら協力するよ」
「ようこそ、非日常の世界へ。歓迎するよ大雅」
俺は俺の目的のために、夏目は夏目の目的のために。
俺たちは魔法という非日常の世界を共有する協力関係を結んだ。
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