第5話 魔女と魔法使い②
「便利な能力?」
夏目が首を傾げる。
「大雅は目を合わせた相手が嘘を言っているか感覚的にわかるんだよ梓。不思議だけど便利な能力だろう?」
「え……」
夏目の方を向けば、彼女は俺から目を逸らした。
「おい夏目。なんで目を逸らす」
「だって、目を見て高坂君と話したら嘘がバレてしまうんですよね?」
「嘘を吐かなきゃいいだろ。なんで嘘つく前提なんだよ?」
「意識してなくても嘘を吐いてしまうかもしれません」
「じゃあ夏目と俺は一生目を合わせられないな」
「それは……嫌です」
夏目を口を尖らせながら俺の方を向いた。
「もし私が嘘を吐いても黙っていてくださいね」
「大丈夫。よほどのことがない限り俺は何も言わないよ。こんな酷い力は本来ない方がいいんだからな」
「なにをいう大雅。素晴らしく便利な能力じゃないか」
この力は相手と目を合わせている間は常時発動する。俺の意志とは無関係に、相手が嘘を吐いたらわかってしまう。
いつからかは覚えていないが、気づいた時には俺はこの力を持っていた。本当に気づいたらだ。なんの予兆も無く、ある日突然身についていた。
ただまあ、嘘を吐いているかどうかだけでその内容まではわからないんだけどな。嫌な力でも、それは救いか。
なぜそんな能力が身についたかはまったくわからない。ほんと、無くせるものならさっさと無くしてほしいんだよなぁ。
「どこがですか……」
嘘を知る。言わば隠した心を本人の意思とは無関係に勝手に暴くこと。そんなの道理に反している。だからこんな力本当は無い方がいい。相手が隠したことを、俺だけが知っている。なんてずるい力だ。
だから俺は例え嘘を知っても知らないふりをする。それが勝手に知ってしまった者のせめてもの償いだ。
「感情論で考えるからそうなるんだよ大雅。感情を抜きにすれば、相手の隠したい何かを、相手に気づかれることなく知れるんだ。これほど素晴らしい能力は中々ないぞ?」
「天音さん……」
やっぱずれてんだよなこの人。
人として持つべき当たり前の倫理観が欠如している。
「あ……」
俺が天音さんに失望の目を向けていると、目の前でぐぅ、と可愛らしい音が鳴り響く。
音の主を見れば、夏目は頬を赤らめて自分のお腹を押さえていた。
「す、すみません……」
「魔法を使いすぎたんだね梓。せっかくだ、お茶菓子も用意しよう。話はそれからでもいいかな大雅?」
無言で頷くと、天音さんは席を立ってお菓子を取りにいった。
魔法を使うとお腹が空くのか。
「さて、と。ではどこから話をしようか」
大量に広げられたお菓子の数々。
天音さんはその一つを手に取り、袋を開けながら切り出した。
「まずは私と梓が何者か、そのあたりから始めようか」
それでは、講義の時間だ。と天音さんは口にお菓子を放り込んでから話を始めた。
「まじゅ、わたしにょことだが」
「食べるか話すかどっちかにしてください」
小学生じゃないんだからさ。
ちなみに、天音さんの陰に隠れて夏目は既に何個もお菓子をほうばっていた。お腹空いてたんだね。
「まず、私のことだが」
お菓子をゴクリと飲み込んで、天音さんは仕切りなおして語り始めた。
この世界には、人の世を良くするために遣わされた魔女という存在がいる。天音さんもその一人。
焦り、不安、ストレス、絶望、人の世には常にあまたの負の感情が飛び交っている。魔女の使命はそれの回収および浄化。人から負の感情を取り払い、みんなが幸せに暮らせる世界を作ること。
魔女は各地に点在しており、普段はこうして人の世界に紛れ込み、密かに負の感情の回収を行っている。
ある魔女は夜の占い師に紛れて、ある魔女はのんびり店を構えながら、魔女の使命さえ果たしていれば手段は一任されているらしい。
また、魔女にはお互いのテリトリーがある。天音さんはと言えばこの桜木市が管轄で、別の魔女の管轄内へは基本的に他の魔女は干渉しないらしい。相互不可侵の掟、なるものが魔女界隈にはあるとのこと。
「ここまではいいかな?」
「まあ、突拍子もないけどなんとなくは……」
「魔女とはね、言わばシステムなんだよ。人間がより幸せに暮らすためのね」
「その言い方だと、魔女は人じゃないみたいに聞こえますけど」
「さすが大雅。その通り。私は人であるが、厳密には人ではない。魔女は、魔女という別の存在と考えてくれていい」
「なんだそれ……」
「天音さんは人ではなかったんですね……」
「別に隠していたわけではないんだよ梓。ただ、人か人でないかなんて情報は私にとってどうでもいいことなのさ」
俺たちが生きている世界に人ならざる者がいる。
俺、そして夏目も衝撃を受けているが、当の天音さんだけは言葉の通りどうでもよさそうにお菓子を放る。
「私としては、それに驚く君たちが理解できない。こうして人の形をして君たちと会話している。それが人かそうでないかで何か変わるわけでもないだろう? 現に私が人でないとカミングアウトしなければ、君たちは私のことを魔法が使える不思議な人としか認識していないだろうしね」
天音さんの言っていることは理解できる。
今は魔法という不可思議な存在を受け入れ、天音さん直々に講義をしてもらっているからこそたどり着けた疑問だ。
俺は今までバイトをしていた時、天音さんが人では無いと疑ったことが一度でもあったか? いやなかった。
ぐうたらしていて、面倒くさがり屋。商品のことを何にも覚えていない変な人。そう、人だ。はたから見る分には天音さんはどこまで行っても変な人の域を超えない。
だけど、それでも私は人ではないと言われれば驚く。人間だと思っていたなら尚更。じゃあなんなんだって話だけど、天音さんの口ぶり的にこれ以上は望めない。彼女にとって、それはどうでもいいことなのだから。
天音さんは魔女。人ではない存在。それで無理やり納得するしかない。
「まあ私のことは人だと思ってくれて構わないよ。こうしてお腹が空けば食事をするし、人並みの感情だって持ち合わせている」
天音さんは香りを楽しむように紅茶を口に運んだ。
これだけ見ていると本当に普通の……ちょっと……だいぶ変な人だ。
「天音さんのことはわかりました。じゃあ夏目はどうなんですか? 夏目は普通の人なんですよね?」
魔女は魔法を使える。そして夏目も俺の目の前で魔法を使って見せた。今の情報だけを整理すると、夏目も魔女ということになる。
しかし、夏目は間違いなく人だ。だって天音さんの人外発言に驚いていたのだから。
同じ魔女であるならば、そこで驚くのはおかしい。と思う。
「もちろん、梓はれっきとした人間だよ大雅。そこで次の話だ」
天音さんは夏目の置かれた状況について説明を始めた。魔法使いという存在について。
魔女一人の管轄地域はそこまで広いわけでもない。しかし、相互不可侵の掟がある手前、自分が管轄する地域は一人で使命を行わないといけない。
広くないとは言え、一人でやるには厳しい。それ程までにこの世界には負の感情が溢れている。
そこで生まれたのが魔女の契約というシステム。
人間が魔女と契約することで、人間は魔女の権能である魔法を行使することができるようになる。そして、魔女の代わりに世に蔓延る負の感情を回収していく。
「まあ厳密には契約して行使できるのは魔法だけではないんだが、今は関係ないから飛ばそう」
ただ、それだけは契約者側にメリットがない。魔女と契約して不思議な力を使えるようになったと言っても、結局のところは魔女の仕事を肩代わりしているだけに過ぎない。
契約者側のメリット、それは魔女との契約が満了した際にはどんな無茶な願いだとしてもひとつだけ叶えてもらえるということ。
「願い。それは叶えられる範囲でならどんな人智を超えたものでも叶えてくれる」
「例えば、死人を生き返らせるとか?」
もしそんなことが実在していればニュースになってもおかしくなさそうだけど。
いや、でも前に死亡判定された人が葬式の最中に息を吹き返したとかあったような。もしかしてそれも魔女が関わっていたのか?
「残念ながらそれは無理だ」
俺の考えは天音さんの言葉で否定される。
「死んだ人を生き返らせることは不可能だ。それは叶えられる範囲を超えている」
「じゃあどこまでなら叶えられるんですか?」
「本来願いには守秘義務があるのだけれど、まあこれならいいか。過去の契約者の例でいえば、医者が匙を投げた原因不明の病を治してほしいなどがあったね。それは無事に叶えられた」
なぜか夏目がジッと俺を見ている。大丈夫。天音さんの話は信じてるよ。
「願い……そんなこともできるのか……」
あまりのスケールに声が漏れる。
死人は生き返らせなくても、そこまでのことができるなら十分に凄すぎる。
「ああ、今でも思い出す。あの子は私が見てきた中で史上最高の魔法使いだった」
天音さんは楽しそうに語る。
「史上最高の魔法使い?」
「そう、この店で売っている品物はわかるだろう? 魔法が籠められた売り物の数々を」
品物が無造作に並べられたテーブルを見る。
天音さんが自身の魔法を籠めて作った雑貨の数々。昨日まではプラシーボ効果とか言って信じていなかったけど、もうそんなことは言えない。あれは間違いなく魔女が魔法を籠めて作った道具だ。
「ものに魔法を籠める。その発想を私は持っていなかったんだ。魔法とは、無から有を生み出すが、それは限定的なものだからね。魔法を解いた場合、その魔法で生み出したものも消えるのが理だ。いわば魔法はひと時の幻想なのさ」
思い出すのは夏目の魔法。
何もない空間から意味のわからない力で掴まれて引っ張られた現象。だけど俺が地面を転がっているうちにその掴まれている感触も消えていた。
魔法はひと時の幻想。たしかに頷ける。
「だがあの子は違った。純粋が故に私の常識を超えてくる。そしてあの子は確かにものに魔法を籠めてみせた。そしてものにずっと魔法が残り続けた。私は心が躍ったよ。まだ魔法にこんな可能性が残っていたとは知らなかったからね。それから私はこうしてものに色々な魔法を籠めてはお客人に試してもらっているというわけだ」
このオカルティックな店の始まりは一人の魔法使いによるものだったのか。
変人天音さんに感銘を与えるってどんだけ凄かったんだよその魔法使い。
「その魔法使いは今どうしているんですか?」
「さあ、どうしているんだろうね?」
天音さんは素知らぬ顔でティーカップのふちをなぞる。
どこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
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