第4話 魔女と魔法使い①
時は夏目が俺に魔法を使った時間まで遡る。
「な、なんで覚えているんですか!? 高坂君はいったい何者ですか!?」
「そう言われても、俺は一般人だし」
夏目は困惑して目をぐるぐる回している。RPGなら頭の上ではてながくるくるしてる状態のやつ。
記憶消去の魔法なる非現実的なものを目の前で見せてくれた夏目。
だけど俺の記憶はなぜか消えなくて、彼女は今非常に困惑している。
魔法なんて不可思議なものを見せられた俺の方が困惑してもおかしくないのに、むしろ彼女の方が焦っていた。
「一般人なら記憶が消えているはずなんですよ!!」
「そうなのか……」
理由はわからないけど、でも記憶はたしかに残っている。
もしかして俺は一般を超越した存在? いやまさかな。ただの普通の冴えない男だよ。
「なんで……なんで……?」
とうとう夏目は頭を抱えだした。
「ああ……どうしましょう……天音さんになんて言えば……」
「なんで天音さんが出てくるんだ?」
夏目はしまったと慌てて口を押えた。
どうやら聞かれてはいけなかったことらしい。
天音さん。俺のバイト先の店長。実質俺と天音さんしかいないお店だから一人店長。
でも、なんで天音さんの名前が今出てくるんだ? 同名の別の人?
「あ、いや、これは違うんです!? 別に天音さんは関係ないですよ!?」
天音さんは関係ないってわざわざ言うのは、それは俺の知ってる天音さんってことだな。
「……嘘だろそれ?」
「なんでわかるんですか!? あ、いや、違うんですよ!?」
「もう語るに落ちてるぞ夏目」
「ああ……なんで……どうしてこんなことに……」
「その……なんかごめんな」
頭を抱え、もはや涙目になっている夏目。なんだか俺の方が申し訳ない気持ちになってくる。
いや、ほんと、記憶消えなくてごめん。俺もよくわかってないけどごめん。
目の前の夏目を見ていると、クラスで見る清楚可憐でお淑やかな夏目像がどんどん崩れていく。
転校生夏目梓。クラスでは落ち着いた淑女って雰囲気だったのにその装甲が完全に剥がれている。
今の彼女はただの可愛いだけの女の子だった。
「高坂君……わ、私はどうすればいいんでしょうか!?」
「え!? それ俺に聞くの!?」
「そうですよ!? だって高坂君の記憶が消えないのがいけないんですよ!? 責任取ってください!」
「それって結婚してくれってこと?」
「今はふざけている場合じゃないんですよ!?」
「すみません……でもどうすればいいって言われてもなぁ……」
困り果てた夏目は、縋るような目で俺を見つめる。
どうすればいいか。しかし、それを俺に聞かれてもだよなぁ。実際どうすればいいかはわからない。
だから、これは名前が出てきた例のあの人に聞くのが一番いいんだろう。例のあの人、なんだか悪者みたいだな。あながち間違ってない。
「とりあえず、天音さんのところに行こうか」
俺の知っている人と同じ名前。間違ってなければそこに行くしかないだろう。
あの人は普段からどこかつかみどころがない人だった。
だから不意に出てきた名前でも、たぶんあの人だろうと確信が持てた。
生気を失った夏目と一緒に、俺のバイト先までやってきた。
住宅街や商店街から少し離れた町はずれにそれはある。
なんでこんなところに店を構えようと思ったんだ? と常識ある人間ならまず疑う程に人通りが少ない。わざと人目につきにくい所に建てたとしか考えれない。なにせ、この店以外、辺りには木々しかないのだから。
街灯がなければ夜は何も見えないだろう。
魔法の雑貨屋さん。俺のバイト先。いつも胡散臭い名前だと思っていたこのお店。
しかし夏目が魔法使いであり、もしそれに天音さんが関わっているのであれば、この店の名前に対する俺の考え方も改めなければならない。
天音さんも魔法使い。普通に考えれば真っ先に考え付く可能性だ。それを今から確かめに行く。
入口のドアプレートはオープンになっている。しかし、たまにバイトに行っても「休業」と書かれたプレートがぶら下がっている時もある。その時は何も聞かずに帰れとは天音さんの言。それでもその日の給料をくれるから俺としては歓迎していた。
いつもは軽い気持ちで開けているドアが、今日はやけに重く感じる。俺の知らない世界の扉を開けているような、そんな気持ちになる。
「やあやあいらっしゃいお客人……ってなんだ君か大雅。もうバイトの時間かい?」
相変わらずいつ壊れてもおかしくない程に軋んだ音を立てながらドアを開けば、中からはいつも通り白衣を着た若い女性が飄々とお出迎えをしてくれた。
俺を見つけて残念そうな顔をするな。
「なんだか服が汚れているね。年甲斐もなく泥遊びでもしたのかい?」
「お疲れ様です。まあこれには色々ありまして」
夏目が俺の後ろから姿を見せる。
「おや、君もいたのか梓。これはいったいどういうことかな? 珍しい組み合わせだ。興味深い」
「天音さん……その……」
「ん? どうかしたかい梓?」
夏目が言い淀み、天音さんはそれを不思議そうに見つめている。
しばらく言葉を探していた夏目だったが、やがて意を決したように大きく深呼吸をした。
「すみません。高坂君に魔法のことがバレてしまいました!」
「……ほお」
天音さんの目が僅かに細くなる。
「魔法のこと、バレちゃいけなんですよね? だから報告に来ました」
「……なるほどそういうことか」
天音さんが心なしか楽しそうに俺と夏目の姿を見た。
「では、今日は臨時休業にしよう。店のプレートを反転させてきてくれ大雅。私はお茶の準備をする。少し、長い話になりそうだ」
天音さんはそそくさと奥でお茶の準備を始めた。
店前のプレートを反転させ、魔法の雑貨屋さんは臨時休業となった。
たまに臨時休業にしてたのって、誰かとこういう話をするため?
なら間違いない。この人は非日常側の人間だ。魔法の雑貨屋。その名前がただの胡散臭いものから不気味なものへと変わっていく。今までバイトとして売っていたもの。もしかしたらそれも。
「さて、まずは状況を聞こう。簡単に説明してくれるかな梓?」
お茶の準備を整えた天音さんに促され、俺と夏目はテーブルに着く。
4人掛けのテーブル。2席ずつ向かい合う形で並んだ椅子。俺の向かいには天音さんと夏目がいる。
夏目はそっち側なのね。まあ非日常サイドならその並びが普通か。
「はい。わかりました」
夏目は今日あった出来事を天音さんに説明した。
たまたま車に轢かれそうな俺を見つけて咄嗟に魔法を使ってしまったこと。
目撃者の記憶は消せたのに、なぜか俺の記憶だけが消せなかったこと。
その流れでうっかり天音さんの名前を出してしまったこと。
ひとつずつ丁寧に言葉を紡いでいった。
「ふむ、状況は概ね理解したよ梓」
「すみません。魔法のことは他の人には知られてはいけない約束でしたのに」
「謝ることはない梓。起きてしまったことは仕方ないことだ」
夏目は天音さんの言葉に安心したのか、まずはホッと一息吐いた。
「記憶消去が効かない、か。ふむ……少し確認したいことがあるから私の手を見てくれないか大雅?」
「はいはい」
いったい何を確認するのか。
天音さんがかざした手を見つめると、脳裏に一瞬静電気のようなピリッとしたノイズが走る。
しかし、それは一瞬の出来事で、すぐにノイズは消えた。
「どうだい大雅? 気分は?」
「いや、なんか一瞬頭の中がピリッとしたけど平気ですよ」
「つまりなんともないと」
「そうですね」
「なるほど、今私が試してみてもダメだということは、確かに大雅には記憶消去の魔法が効かないみたいだね」
「は!? 記憶消去の魔法!? あんなに軽いノリで俺の記憶消そうとしてたの!?」
今一瞬頭の中に走ったノイズは記憶消去の魔法だったのかよ。
え? ちょっとこれ見てよ? みたいなノリで俺の記憶消そうとしてたのこの人? 悪魔かよ。
マジでなんともない感じでえげつないことしてくんのな。
「いや、本当に消えないのか私も試してみようと思ってな」
「ちょっとした実験感覚で人の記憶消そうとしないでくださいよ……」
特にこの人の場合は勢い余って魔法以外の記憶も消しかねないぞ。
天音さん。この魔法の雑貨屋さんの一人店長。いつも白衣に眼鏡をかけて知的な雰囲気だけだしている。本質は面倒くさがり屋。
そして自分で売っている商品の名前も満足に覚えていない酷い人。曰く、私は作るところで満足しているんだ。とのこと。ちゃんと売るところまでやって満足しろよ。
大雅、今日はこんなものを作ったぞ。などと言って自分が作った魔法の雑貨の説明をしてくる。これにはこんな魔法の効果を乗せてみたんだ、といつも楽しそうに語っていた。
ちなみに本当にそこで興味が失せるようで、客に売るときは俺が全部天音さんから言われた説明をなんとなくで話している。
今までは魔法なんて変なことを言うちょっと……いやだいぶ変わった人だと思っていた。
だけど、今まで語っていた魔法も実は……なんて思う。
現に俺は今非日常の世界に片足を突っ込んでいるんだ。魔法という、非日常の世界に。
「しかしなぁ……梓も言っていたが、魔法のことは基本関係者以外には知られてはいけないんだよ」
天音さんは紅茶を口に運ぶ。
天音さんも普通に魔法って言葉を口にしてきたな。もう俺には隠す必要ないって判断したのか?
いや違うな。今までも魔法という言葉を使っていた。俺が信じていなかっただけ。
だけど今はその言葉の重みが変わってきているんだ。
「そもそも魔法ってなんなんですか? 夏目もそうですけど、天音さんはいったい何者なんですか?」
「ふむ、記憶が消えれば話さなくてもいいかとも思ったが、どうやらそうもいかないようだね」
もしかして話すのが面倒くさいから俺の記憶消そうとしたのか?
この人はやっぱ本質的にはろくでもない人だ。さっき夏目への態度を見て、この人もいいとこあるな、と思ってしまった俺の純粋な心を返してほしい。
なにがムカつくってそれを本当に心から思って言っていることだよ。
「嘘じゃない。やっぱろくでもないなこの人」
「ほお……やっぱりそれは便利な能力だね大雅」
天音さんは目を細めて薄く笑った。
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