第7話 魔法使いのお仕事①

 夏目にお願いをされた放課後。俺と夏目は一緒に校舎内を歩く。


 いつものルーティン。まずは校舎で魔法使いの仕事を探す。負の感情。悩みであったり、不安であったりを抱えた人、要は困っている人を探すってこと。


 前にどうやって探すのか夏目に訊けば、彼女はただ一言、私にはわかるから大丈夫です。とだけ言った。


 その自信はどこから来るのか。でも夏目は嘘を言っていなかった。だから本当にわかるんだろう。俺には知らない何かがあるのかもしれない。


「夏目ってさ、その髪飾り毎日つけてるよな」


 校舎を散策している途中。俺は前から気になっていたことを訊いてみた。


 夏目の頭にはいつも流れ星のような髪飾りがついている。お淑やかで、大人びている夏目にしてはどこか子供っぽく見える髪飾り。


 なぜだか無性に気になっていた。こう、夏目の中でその髪飾りだけ浮いているように見えたから。


「これですか?」


 夏目は自身の髪飾りを触る。


「そうそれ。いつも必ずつけてるから気になってさ。お気に入りなのか?」

「そうですね……」


 夏目はどこか懐かしむように目を細めた。


 遠い過去を思い返すような、そんな表情。


「とても大事なものです」


 髪飾りを取り外し、夏目はそれを笑いながら見ていた。


 普段の夏目からは想像できない子供っぽい無邪気な笑顔で。


「そっか。誰かからもらったの?」

「はい。小さい頃大好きだった男の子にもらった、私の宝物です」


 嬉しそうに、だけど少し影を滲ませるように夏目は髪飾りを眺める。


「まあ、今は会えないんですけどね」

「え……」


 突然のセリフに言葉が詰まる。会えないってどういうことだ?


「ああいえ。別に死に別れとかそんな悲しい話じゃないですよ」


 俺の動揺が顔に出てしまったのか、夏目は手を振りながら否定する。


 俺ってやっぱ顔に出やすいのかな。


「小さい子供の頃の話ですから。これをくれた彼はもう私のことなんて覚えていない。それだけの話です。私が過去の思い出に縋っているだけですよ」

「夏目……」


 過去の思い出に縋る。夏目はどこか寂し気に語った。


 おいおい夏目にこんなこと言わせるなんてどんな罪作りな男なんだよ。


 夏目は俺から見ても非の打ちどころのない美少女。そんな美少女のことを忘れる? ありえるのか?


 でもまあ小さい頃の話か。どれだけ小さい頃の話かはわからないけど、そう言われると俺も小さい頃の記憶ってあんまり覚えてないな。


 今を生きている以上、かならず小さい頃を生きていたはずなのに、思い出としては所々抜け落ちている。


 小さい頃の思い出ってそんなものなのかもな。自分にとっては大事な思い出でも、相手にとってはただの消えていく思い出の中のひとつだったのかもしれない。その夏目が大好きだと言った男にとってもそうだったのかも。


 でも夏目の昔の知り合いはもったいないことしたな。今はこんなに美少女だぞ。それに性格も良い。


 転校してまだそんなに時間も経ってないのに、クラスの誰かが夏目のことを女神と言って崇拝していた。将来変な宗教に引っかからないことを祈る。


「すこし暗い話にしてしまいましたね。とにかく、これは私の大事な宝物なんです」


 夏目は髪飾りを再び自分の頭に取り付けた。


 子供っぽい。そう思いはするものの、その髪飾りは夏目にとても似合っていた。


 それだけは揺るぎない真実だ。昔の男……君は結構センスいいな。


「この髪飾り、実は魔法が籠められてるそうですよ」

「え……?」


 魔法。最近までだったらいやいやそんなわけないだろ。と否定していたが、今は即座に否定できなくなっている。だって本当に実在しているんだから。


「これをくれた男の子が言ってました。本当だと思いますか?」

「夏目はどう思うんだ?」

「そうですね。魔法が籠められていたら、それはとても素敵なことだと思います」


 小さな頃のプレゼント。子供の考えることなら、何の気なしに魔法という言葉を使っても不思議ではない。


 小さい子供は誰でも魔法使いだからな。じゃんけんでもよく無敵の魔法を使ったりしていた。


 俺だってずるい魔法をいっぱい使っていた覚えがある。


 ただの微笑ましい話か。魔法って言葉に敏感になってるのかもな。


 その後も雑談をしながら校内を回る。


「どうだ? 今日は学校で見つかりそうか?」


 校内を一通り回っても、夏目のレーダーに反応する人はいなかった。


「どうでしょう。さすがに学校で連日は難しいかもしれませんね」


 困ってる人。たぶん世の中にはたくさんいるんだろうけど、探すとなるとこれが意外と見つからない。


 まあ見るからに私困ってます。みたいな人はそうそういないだろうからな。大抵悩みは自分の中で抱えてあまり外には出てこないだろう。人ってそういうもんだよな。この力を持っているからよくわかる。


「なあ夏目。もう1個訊きたいことあるんだけどいい?」

「いいですよ。なんでしょうか?」

「魔法ってさ、どうやって使うの?」


 俺は辺りに誰もいないことを確認してから、若干声のトーンを下げて言った。


「魔法ですか?」

「そう魔法。発動の方法とか、条件とか、実はずっと気になってた」


 魔法。不可思議な力。それがどうやって発動するのか。男なら誰でも気になるところではある。


 魔法とロボットは男のロマン。ゲームや漫画の定番。かっこいい詠唱やド派手な演出。空想の世界にしかありえないと思っていたものが現実世界で拝めたんだ。そのメカニズムが気になるのは男として仕方のない部分だ。


「夏目って魔法を使う時基本的に何も言わないだろ? だからどうやって発動するのかなって」


 夏目は魔法を発動するとき、なにも言わない。強いて言えば準備ができた時に

「行きます」というくらい。


 詠唱という詠唱を何もしない。


 そして魔法の幅が広い。人を見えない手で引っ張る魔法。記憶を消す魔法。手のひらに炎を出す演芸のような魔法。誰もいない時には宙に浮く魔法なんかも見せてくれた。型にはまったものではなく、とても自由度が高いように感じる。


「天音さんに言われたのは、魔法は想像力だということですね」

「想像力?」

「はい。魔法は自分のイメージを一瞬だけ現実世界に顕現させる力だと言ってました。だから自分の想像ができる限り、魔法の可能性は無限大らしいです」

「なんかスケールのでかい話だな」

「私もそう思います。でもいいですよね。自分の思い描いた想像を現実にすることができるんですから」

「たしかに。人前でド派手に使えないのがもったいなく感じちゃうな」

「だからこその制約なんでしょうね。なんでもできるからこそ、縛りをつけなければ際限なくひけらかす人が出てくるでしょうから」

「なるほど。それは言えてるな」


 自分だけがすごい力を手に入れたら、自慢したくなるのは道理か。


 特にそれが魔法なんていう超常の力なら尚更。


 魔女と魔法使い以外に魔法の存在が知られたら契約が破棄される。願いの度合いにもよるが、魔法使いの心に釘を刺すには丁度いいバランスの制約なのかもな。一応記憶消去っていう緊急手段もあるわけだし。


「あ、高坂君。見つけましたよ」


 夏目が校舎の裏庭を眺めながら言った。


 俺も夏目の視線の先を追った。その先にいたのは、


「あれは……上野?」


 そこにいたのは、校舎裏で何かを探しているように見えるクラスメイトの姿だった。


「はい。どうやらお仕事の時間みたいです」

「なるほど。りょうかいだ」


 仕事。つまりそれは魔法使いの仕事だ。


 俺と夏目は、少し足早に上野のところへ向かった。

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