第13話 期待しても
夏目が転校してきてからしばらくが経った。
魔法使いのお仕事はしっかりとこなしていく。簡単な失せもの探しから、人間関係のトラブルまで。俺たちにできる範囲で頑張った。
そうして駆け抜ける日々を過ごし、残暑も少しずつ落ち着きを見せてきた今日この頃。
まだ日中は暑いけど、この学校にいる誰もが衣替えには抗えない。制服を着ている高校生の辛い所だ。
「あ~あ、男のボーナスタイムが終わっちまったよ……」
昼休み。毎度のことながら俺の席でコンビニの菓子パンを食らう雄平。
移り変わった季節を実感し、過去の桃源郷に想いを馳せて嘆く男がここに一人。
「男すべてで一括りにするなよ。全人類お前みたいに欲望の化身じゃないんだよ」
「あのなぁ大雅。男なんてオープンかむっつりの2択しかないの。つまり素直か素直じゃないかだけ。エロいことはみんなエロイんだよ」
「あの爽やかイケメンの結城もか?」
このクラスで雄平と対をなすイケメン男子の結城。サッカー部。そして同じイケメンでも、結城は性格もイケメンだから女子からの人気もクラス随一だ。
人気者の結城。今もサッカー部の連中と楽しそうに昼ご飯を食べてる。
同じイケメンの雄平と扱いがこうも違うものなのか。やっぱり中身も大事なんだな。
「当たり前だろ。あいつはむっつりスケベだ。間違いない」
雄平基準で言えば男はみな変態なんだろう。
欲望に脳を支配された悲しい男の末路。6股している男の思考は汚いピンク色。
「そして大雅、お前もむっつりだ」
「へいへい」
「まあそんなことよりも」
そんなことを話し始めたのはお前だ。
「お前さ、実際のところ夏目ちゃんとどこまで進んでるんだよ?」
雄平はひそひそ話をするように顔を近づけてくる。くそ、やっぱイケメンだなこいつ。
「どういう意味だよ?」
「そのままの意味だよ。お前たちが付き合ってるんじゃないかって最近クラスで噂になってるぞ?」
「え、まじ?」
「まじまじ。そりゃあんだけ一緒にいりゃ噂になんだろ。放課後二人が一緒にいるとこ見たって奴がいっぱいいるぞ」
「そうだったのか。でも、俺と夏目はべつに付き合ってないぞ」
俺と夏目が一緒に居るのは、魔法使いの仕事を手伝っているからだ。
それ以上でもそれ以下でもない。それ以上の感情なんて。
「でも好きなんだろ?」
「それは……」
言葉に詰まる。
「俺は結構お似合いだと思うんだけどな」
雄平はクズに似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべる。
「大雅、最近いい顔してるよ。前の楽しそうなフリしてるより全然いい顔だ」
「褒めてるのか貶してるのかどっちなんだよ?」
「褒めてるに決まってんだろ。お前がその顔するようになったのは夏目ちゃんが来てからだろ?」
「……そうかもな」
魔法という非日常の世界を夏目と駆け抜ける。時にはちょっとしたトラブルを抱えながら。時には夏目の恥ずかしい秘密を知りながら。満たされない心の欠片が日々埋まっていく感覚。
夏目と一緒に人々の悩みを解決していく日常は、毎日が輝いている。
「最近、結構楽しいんだよ。今までがつまらなかったわけじゃないけど、何ていうか世界がより色づいている感じ」
夏目と出会う前の世界は、カラフルに見えてどこかセピア色にくすんだ世界。
やっぱり、何かが足りていない感覚が拭えなかった。でも、最近はその感覚も薄れてきている。
充実している。最近は毎日が充実している。
「気持ちわる。詩的なセリフを言うような人間じゃなぇだろお前は」
「は? お前が振ってきた話だろうが」
「惚気てんじゃねえよ。それは俺の専売特許だろ」
「惚気てる? 誰が?」
あと別に惚気はお前の専売特許ではない。
「お前がだよ。夏目ちゃんと一緒に居るから楽しいんだろ? 夏目ちゃんがいるから世界が色づいてんだろ? うわ、自分で言ってて吐き気してきた……」
雄平は自分で言って苦虫を嚙み潰したような表情になった。
世界が色づく。確かにこうして人の言葉として聞くとだいぶキモイわ。
「それが好きってことじゃねぇのか?」
核心を突くように、雄平は告げた。
「……どうなんだろうな」
ただ困っている人々を助けるだけの毎日だったら、ここまでキラキラした日常にはなっていない。もちろん人に感謝されることをしている充実感は得られるだろう。でも、ここまでキラキラはしない。
夏目と一緒に。何よりも大事なのはその部分だと俺も何となくわかっていた。
でも、夏目と俺の繋がりは利害関係の一致にすぎない。俺は自分の中にある満たされない飢えの正体を。夏目は自分自身の願いを叶えるための。俺たちは自分たちの目的を叶えるために一緒にいる。
だから、夏目の願いが叶えばこの関係も終わる。
好きだ嫌いだなんてのはその後にまた考えればいいんだよ。今はただ、夏目の願いを叶えることを優先するべきだ。
「まだ愛を知らないお前には難しい話だったか」
「喧嘩売ってんのか?」
「事実だろ。ま、ヘタレの大雅君が自分の気持ちに気づいたときには応援してやるよ」
「お前も好きなんじゃないのか?」
あえて固有名詞を使わない。
「バカだな。親友と女を奪い合う程落ちちゃいねぇよ俺は」
「殊勝な心掛けじゃないか」
「当たり前だろ。親友の恋路を応援しないやつがどこにいる?」
「誰の恋路ですか?」
唐突な横やりに、俺と雄平の肩がビクッと跳ねる。
それもそのはず。話しかけて来た人が人だからだ。
「な、夏目ちゃん!? 急に話しかけられたからビックリしたよ」
「なんの話をしていたんですか?」
「い、いやぁ……親友の人生について、とか?」
雄平は取り繕うように笑う。
さすがのこいつも友達の恋愛話を嬉々として本人にばらすようなことはしないらしい。
クズの中にも僅かに良心が残っているようだ。
「そうでしたか。高坂君も悩みがあるなら私はいつでも相談にのりますからね?」
「そ、そうか。ありがとう。相談したくなったらするからその時は頼むわ」
いかん、夏目を直視できない。
これも雄平が変なことを言って俺の心を揺さぶったからだ。
変に意識して、どうやって夏目と話していいのかわからなくなる。落ち着け俺。平常心を忘れるな。
「夏目はどうしてここに? 昼休みに話しかけてくるなんて珍しいな」
昼休み。夏目はいつも仲良し女子連中と昼ご飯を食べて、その後はずっと雑談している。
だから昼休みの途中で話しかけてくるなんて珍しい。
「いえ、少し高坂君に確認したいことがありまして」
「なんだ?」
「高坂君今週末の土曜日は空いてますか?」
今週の土曜日。バイトも夏目優先だし、とくに遊びの予定も入っていない。
「空いてるけど」
「そうですか。では私に付き合ってくれませんか? 行きたいところがあるんです」
「べつにいいけど。俺でいいのか?」
「高坂君がいいんです」
「あ……はい。じゃあよろしくお願いします」
あまりにど直球過ぎて、俺は勢いそのままに首を縦に振ることしかできなかった。
「決まりですね。では詳しいことは後でRINEに連絡しますので」
夏目はそう言って仲良し女子のところに戻っていった。
淡々としていたが何か凄い約束をしてしまったような気がする。
呆然としたまま考える。これってあれだよな?
「デートの約束だな」
雄平が楽しそうにしている。
「やっぱりそうだよな」
なぜ急に、との疑問は出てくるけど、どうやら俺は夏目とデートに行くらしい。なぜか他人事。まだ実感が湧かないからかな。
「そしておめでとう。お前も今日からこちら側の人間だ」
「は?」
雄平が周りに目配せするので辺りを見る。そこには俺と夏目のやり取りを聞いていた男たちの怨嗟の視線が。
「高坂……殺す」
「無害な振りしてやることやってんのかよ……殺す」
「みんなの夏目さんを奪うのか……殺す」
「俺の女神を……殺す」
お前ら最後は殺さないと気が済まないのかよ物騒だな!
みんなの夏目さんってなんだよ。あとお前だけの女神でもないだろ。勝手に独占すんな。
しかし、殺意の視線は俺の背中を震え上がらせるには十分だった。
「お前いつもこんな視線浴びて平然としてたのかよ……」
「案外慣れるもんだぞ。所詮はモテない男の嫉妬だしな。痛くも痒くもない」
そのメンタルは相変わらず凄いな。
でもこのままここにいたら、俺は嫉妬に狂った奴らから殺されかねない。
「そっか。じゃあ俺は死にたくないからちょっと飲み物買ってくるわ」
「早く慣れることをお勧めするぞ。いってらー」
俺は逃げるように教室を後にした。
夏目、あんなに積極的なところあったんだな。意外だ。
そんなことを思いつつも、飲み物を買いに行く俺の足取りは軽かった。
期待しても、いいのだろうか。とにかく、楽しみなイベントができた。
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