第14話 やっぱりそうですよね

 そしてやってきた週末。天気にも恵まれて絶好の行楽日和。


 そんなデートには完璧な日に、俺はやらかしていた。


「やばい……頭いてぇ……」


 鏡に映る自分のあまりの死にっぷりに、思わず弱音が漏れる。


 意識が常に朦朧としている。


「まさか……この年になって遠足前の小学生になるとは……」


 これも異性とデートした経験がないからか。緊張して全然寝付けなかった。むしろ寝てない。


 全部雄平が悪い。雄平との会話から、妙に夏目を意識してしまう。だから今日のデートもかなり意識してしまった。


 今日のためにも昨日は早く寝ようとしていた。遅刻するわけにはいかないと目覚ましもしっかり準備した。


 だが、平日なら簡単に寝られるはずなのに、昨日は中々どうして全然眠くならなかった。


 あまりに寝られなかったから、ここは機械の力に頼ろうと睡眠導入音とか聞いてみたけどダメだった。


 そしてありとあらゆる手を尽くして寝ようとした結果、気づけば朝日を迎えていた。


 徹夜の良くないところ。朝日が昇り、目覚ましが鳴るころにようやく眠気が襲ってくる。


 どうなってんだよ人間の体。寝なきゃいけないところで寝られないくせに、いざ起きなきゃいけない時に眠くなるとか欠陥だろこれ。


「でも……死んでる場合じゃない……」


 冷たい水で顔を洗い、気合で目を覚ます。日中耐えればいいんだ。なんとかなるだろ。


「うわっ……お兄ちゃん顔死に過ぎ」


 朝ごはんの時間。向かいに座る妹、結衣が俺の顔をみてドン引きしている。


 父さんは今日も仕事に行っている。社会人の鑑。平日も朝早くから父さんは仕事に行くから、朝ご飯は基本的に結衣が作ってくれる。できた妹だ。


「その通り過ぎて返す言葉もないな……」


 顔を洗う程度ではどうにもならず、結局眠気は消えないまま。


 やばい。俺は今日1日を無事に乗り切ることができるのか?


 もうデートを楽しむより途中で死なないことの方が重要な気がしてきた。本末転倒。


 朝ごはんもどうやって食べたのか、着替えもどうやって済ませたかもよく覚えていない。


「ねえほんとに大丈夫? そんなんで出かけるの?」


 結衣が心配そうにのぞき込む。


「結衣、男にはしんどくても立ち向かわなきゃいけない時がある。それが今だ」

「いや意味わかんないんだけど。まあ行くなら止めないけどさ。お母さんには挨拶してきなよ」

「おっと、それは忘れるわけにはいかないな」


 リビングに立てかけてある一枚の写真。陽だまりの中で眩しい笑顔をしている母さんが写っている。


「今日も行ってくるよ、母さん」


 返事はない。


「いってらっしゃいお兄ちゃん」

「ああ、行ってきます」


 代わりに声をかけてくれた結衣に手を振り、俺は家を出た。


 まず向かった先はコンビニ。翼を授けてくれそうな飲み物を買って飲む。薬物の力に頼らないと絶対に力尽きる。


 体中に血が巡っていく感覚。絶対体に良くないのはわかってるが、おかげで意識が覚醒した。


「よし、いける」


 もってくれよ俺の体。家に着いたら死んだって構わない。ただ、夏目といる間だけは頼むぞ。


 集合場所は公園。


 集合時間にはまだ早い。家に居たらうっかり死にそうだったから少し早めに家を出た。


 しかし、彼女はそんな俺より早く来ていた。


 公園の木の下で佇む夏目を見つけて、俺は小走りで駆け寄った。


「悪い、待ったか?」

「いえ、私も今さっき来たところでしたから」


 あれ、普通このやり取り逆じゃね?


「そうか。それにしても……」


 夏目の全身をまじまじと見つめる。いつも学校の制服姿しか見ていないせいか、夏目の私服姿を凝視してしまう。


 ロングスカートに上はシャツとカーディガン。学校で見る制服より露出が少なく、お淑やかな夏目に似合う服装。つまり可愛い。


 頭にはいつもつけている流れ星の髪飾り。


「ど、どうかしましたか?」


 夏目が不安そうにする。


「いや……服装、似合ってるなって」


 雄平から聞いた一言アドバイス。女の子に会ったらまずはなんでもいいから褒めろ。


「あ、ありがとうございます。何を着ていけばいいか昨日から迷っていましたが、迷ったかいがありましたね」


 夏目は嬉しそうにはにかむ。


「いやほんと似合ってるから」


 本当に似合っている。夏目が服を着ているのではなく、服が夏目に着ていただいたことに感謝している気がした。何をいってるかわからないけど、そんな感じ。もう魔材の効果切れたか?


「高坂君の服も似合ってますよ。お互い私服は新鮮ですね」

「だな。なんだか落ち着かない」


 魔法使いの仕事を手伝うと言っても、休日は各自の自由にしていた。


 だからこうして私服姿の夏目といると、改めて休日に夏目と一緒に居る実感が湧いて心がそわそわする。


「それで、今日は猫カフェに行くんだっけか?」


 行きたいところがあるから付き合ってくれ。その行先は猫カフェだと、お誘いのあった夜に判明した。


「はい。上野さんのデートプランの予習が今日の目的です」

「そうか……ん?」


 なんか今変なこと言わなかったか?


「なんで上野が出てくるんだ?」

「これが上野さんのお願いだからです。あれ、言ってませんでしたか?」

「……初耳です」


 なんだか急激にテンションが下がってきた。


 な、夏目さん……どうしてそんな大事なことを言い忘れるんですか?


 俺普通にデートだと思ってたんですが? 内心ちょっと浮かれてたんですが? こんなん俺滑稽なだけじゃん。ああ、眠気が。


 まあそうだよな。冷静に考えて夏目は大勢の前でデートに誘うタイプじゃないよな。


 今までの夏目を見てたらそんなこと普通にわかりそうなのな。どうかしてたわ。


「それは失礼しました。上野さんが彼氏さんと猫カフェに行きたいそうですけど、猫カフェに行ったことがないので事前に調査してほしいとお願いされたんです」


 上野、元凶は貴様か。俺の今日までの純粋な希望を返せ。


 お前ひとりで事前に調査に行けばいいだろうが。夏目を巻き込むな。そのせいで憐れなピエロが一人産まれちまっただろうが。


「しかし私もお付き合いしている方はいませんから……だから高坂君と行って調査をすることにしたんです」

「なんで俺?」

「デートの下見ですから、当然男の子側の意見も重要ですので」

「だからなんで俺?」

「決まってるじゃないですか。高坂君が一番仲のいい異性の友達だからですよ」

「そ、そうか……」


 大雅のテンションが回復した!


 一番仲のいい異性。利害の一致だけで一緒に行動していると言っても、夏目はそう思ってくれていたのか。自然とほほが緩む。


 それに女の子とデートにいった経験がない俺にとってもこれは勉強になるのでは。


 ちょっと思ってたのとは違ったけど、形式上二人で出かけることには変わりないしな。


「じゃあ、上野のために精々俺たちも全力で猫カフェを楽しむか」


 よく考えたら夏目と二人で出かける機会をくれたのも上野だよな。


 全ての元凶かと思ってたけど、ナイスアシストじゃないか。


 こんな素晴らしい機会をくれた上野のためこの高坂大雅、全力で今日を楽しみます。


「そうですね。私も初めて行くから楽しみです」

「場所はもう決めてるのか?」

「上野さんが行こうとしている場所を教えてもらいました」

「なら混んでるかもしれないし、早速行くか」

「はい。道は私が調べているので案内しますね」


 夏目が歩き出し、俺はその隣に並んで歩く。


 携帯のマップを見ながら歩く夏目の横顔。その姿を見つめながら思う。こういう時、デートだったら手とか繋いだりするんだろうか。手を繋いだ時の彼氏の気持ちを教えるためにも試してみるか?


 手を伸ばし、あと少しで触れそうなところで手を引っ込めた。残念ながら、俺にその勇気はなかったようだ。


「どうかしましたか?」


 俺の視線に気づいた夏目がスマホから顔を上げる。


「なんでもないよ」


 ちょっと、自分の行動に苦笑いしてただけだ。

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