第15話 猫カフェ
夏目の案内で歩くことしばらく、俺たちは目的地の猫カフェにやってきた。
待ち時間はなく、すぐに案内をされた。中には先客が何人か。一人で来ている人もいるが、大抵は男女のペアだった。
「ここが猫カフェか……」
初めて来る場所。カフェというよりはだだっ広い広場。その中にソファーが不規則に置かれている。
見上げれば天井までの高さもあり、ところ狭しと猫が動き回れる立体的なオブジェが並んでいる。
先客に構ってもらっている猫。気持ちのいいところで寝ている猫。猫同士で遊んでいる猫。猫はそれぞれ自分の好きにしている。その猫が自由にしている空間に、人がお邪魔させていただいているって感じだな。
「普通のカフェとは雰囲気が違いますね。メモメモ」
夏目は店の雰囲気を律儀にメモしている。
やっぱり夏目の中ではデートの下見以上の思いはないのかもしれない。あるのは純粋に上野のためという思い。魔法使いの仕事の側面も当然あるんだろうけど、単純にそれだけのためではないことは夏目と過ごしていればわかる。
「メモを取るなんて偉いな」
俺なら絶対に取らない。
「その日感じた雰囲気や気持ちを忘れないようにしたいですから。どれだけ思い出として残っていても、今ここで見て、感じたことは今の私だけが持っているものですからね。それを言葉にして残しておくんです」
「律儀だなぁ」
「後で見返して、この日の私はこう思ってたんだと思い出せるようにしたいですからね」
「なるほど、では今の夏目はどんなことを思っているのかな?」
夏目があまりに真剣にメモを取っているので、内容が気になってしまう。
横から覗き込むと、夏目は俺からメモ帳を遠ざけてガードする。
「高坂君、乙女のメモ帳をのぞき込むのはマナー違反ですよ」
「いやぁ、夏目が真面目にメモするから気になっちゃって」
「これは誰にも見せられません。とても人に見せられる内容ではないので」
夏目はメモ帳を大事そうに胸に抱える。心なしか少し顔が赤い。
そう言われるとより気になってしまうのが人間。
だが、夏目がこう言っている以上これ以上攻めると気分を害する可能性が大きい。せっかくのデート。気まずい雰囲気にはなりたくないし、これ以上の詮索はやめるか。
「それは残念。ま、メモもいいけど、せっかくの猫カフェだし猫と戯れるとしますか」
「ですね。どこに座りましょうか?」
「適当に空いているところでいいだろ」
あまり人が密集していないところに並んで座る。
「ルールを守れば自由とのことですが、どうしましょうか?」
「そうだな……」
俺も夏目も猫カフェ初心者。いざ来てみたはいいものの、どうすればいいかわからない。
わからないなら観察だ。周りを見れば、猫じゃらしで猫を引き付けようとしてみたり、自分から猫の方へ飛び込んでいったり、いっそ猫が来るまで待つとのんびりスマホをいじっている人もいた。結論、自由だ。
猫も自由だが、猫が嫌な思いをしない限り人間も自由みたいだ。
自由、好きにしていいですよってのも意外と動きづらかったりするんだよな。
「猫カフェというからには猫と触れ合ってなんぼだし、とりあえず猫じゃらしで呼んでみるか」
近くに落ちている猫じゃらしを拾って、床面を這うように振ってみる。
何匹かの猫がチラッと反応したが、すぐに興味無さそうにそっぽを向いた。
おい、難しいな猫カフェ。
「反応しないな」
「私もやってみます」
夏目は俺から猫じゃらしを受け取ると、緩急を付けながら小刻みに振る。すると、興味を持ったのか一匹の猫が猛ダッシュで夏目の振る猫じゃらしめがけて突進してきた。
「うお……来た」
猫はそのまま猫じゃらしにダイブ、横に転がりながら猫じゃらしを咥えている。
「ふふ、可愛いですね」
「…………」
夏目はうっとりした様子で猫を見る。
ただ、俺は少し複雑だった。なあ、俺の時とえらい違いじゃねぇか猫さんよ。あれか、お前らもこんな普通の男より可愛い女の子の方がいいってわけか。お前あれだろ、絶対オスだろ。
勝負事ではないのに、この敗北感はなんだろう。
「わぁ……顔をこすりつけて来てますよ」
猫は夏目の足に頭をゴシゴシ擦りつけている。
「確か自分のものだとマーキングしているんでしたよね」
この猫、夏目を我が物にしようとしているってことかよ。
まあ夏目は誰のものでもないから別にマーキングしても問題ないけどさ。
その猫を皮切りに、なぜか夏目の周りにわらわらと猫が集まってくる。
足に絡みつく猫、膝の上で寝る猫、猫じゃらしをせがむ猫。夏目は猫に愛されていた。
猫と戯れている夏目の姿は癒される。それはいい。
「なんで……夏目だけ?」
対称に俺の周りには一切猫が来ない。こんなに近くにいるのに、夏目にしか行かない。
この前の迷子猫の一件しかり、銀次さんしかり、俺は猫に嫌われているんだろうか。
猫は匂いに敏感だという。もしかして俺変な匂い発してんのかな?
服とか脇とか、匂いそうなところを嗅いでみるが何もわからない。人間、自分の匂いには鈍感らしい。
「高坂君、何してるんですか?」
「俺に猫が寄り付かないのは匂いが原因じゃないかと思いまして」
「匂いですか? 何もしませんけど」
「そっか……何もないのか……よかった」
「あまりよかった風には見えませんけど?」
「気にしないでくれ……」
むしろ、匂いとか直接的な原因が欲しかった。
だって匂いが原因でないと分かった今、俺は単純に猫に好かれていないだけ、という線が濃厚になった。
猫は見ているだけでも癒されるけど、せっかく猫カフェに来たら触りたいじゃん。
夏目は遊べ遊べと催促する猫にかかりっきり。俺は飲み物を飲みながらそれを眺めるだけ。なにこれ。
「夏目、猫カフェの調査でひとつ危険なことがわかったぞ」
「本当ですか? なんでしょうか?」
夏目は猫じゃらしの手を止め、メモ帳を取り出す。
「一緒にいて自分だけが猫に構ってもらえない方はしんどい。なんか虚しい気持ちになってくる」
猫に手を伸ばすと、さっきまで甘えた声で鳴いていた猫が途端に牙をむく。
全身の毛を逆立てて、お前どこからそんな声出してんだよって言うような唸り声をあげる。
咆哮のように口を大きく開けて威嚇する奴もいた。猫って結構口大きいんだな。普通にしてると、私口小さいですけど? みたいな愛くるしい姿してるけど、敵にはそんな感じなんだね。
「な? 愛されない側はとてもしんどい」
めげずに撫でようとしたところで、伝家の宝刀爪引っかきをお見舞いされそうになり慌てて手を引く。
ちょっとやられたか。指先に若干の傷ができて血が滲む。そこまでしなくてもいいじゃん。普通に落ち込むんだが。
「それは高坂君だけの特性のような気もしますが……」
「それはもっとしんどいんだが」
俺は猫に嫌われる特性を獲得した。いや、自覚した。
「ですが、デートで来た際には猫に夢中になって相手をないがしろにしない方がいい。というのはありますね。メモメモ」
夏目は俺の意見をうまく一般的な事柄に落とし込んでメモをしている様子。
俺が失意の中猫への興味をなくすと、猫は逆立てだ毛を元に戻し、再び夏目に甘えだした。
結局、時間いっぱいになるまで夏目は猫に囲まれていた。
先客たちも羨ましそうに見ているが、一番羨ましく思っていたのは間違いなく俺だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます