第19話 どうなろうと

「君はその力を不便だとずっと言っていただろう。だったらその力が消えたのであれば、原因がどうあれまずは喜ぶべきじゃないのか?」

「……!?」

「だから私はわからないんだよ。いらないものが無くなったのに、どうして君は不安なんだ大雅?」


 そうだ。そうだよ。天音さんが言っていることは正しい。


 俺だってこの力をずっと疎ましく思っていた。ならそれが消えたなら喜ぶはずだ。


 じゃあなんで……。


「いや……ああ……そうか、そういうことか」


 天音さんは複雑な問題が解けたみたいにすっきりした顔で、手を軽く叩いた。


「君がどうして不安なのか理解できた。なるほどなるほど、そう考えればつじつまが合うね」


 天音さんは難問が解けた時のようなすっきりとした顔をしている。


 だが、俺は天音さんが導きだした答えにたどり着いていない。


 勝手に一人で納得するな。


「どういうことですか?」


 自分が知らないことを勝手に理解されて気持ち悪い。


 天音さんだけが気づいた不安の正体。俺もその答えを知りたい。


「君は噓つきだってことだよ大雅」

「俺が嘘つき?」


 そう思っていたのに、天音さんの言葉は俺をさらに混乱させる一言だった。 


 嘘つき。俺はこの力を手に入れてから、人の秘密を暴く代わりに、せめて俺自身は真面目に生きてきた。嘘なんてもっての他だ。


 世間は嘘に溢れている。ならば、俺は正直に生きていようと、今までそうしてきた。


 だから俺は嘘つきではない、と思う。なのに天音さんはどうしてそんなことを言うんだ?


「そう考えたら、君の思考は理に適っていると思えたからね。まあ、私が納得するための戯言だと思って聞き流してくれればいいさ。君はそんなことよりなぜ突然力が無くなったかの原因の方が気になるんだろう?」


 今の話も気になるけど、天音さんの言う通りなぜ無くなったかの原因が一番知りたいところだ。


 頭を切り替えるように、俺は一度目を閉じて思考をリセットする。


「……そうですね。天音さんに心当たりはありませんか? 例えば、魔法が関わっているとか?」


 一番可能性がありそうなのは魔法だ。


 そして俺の力の消滅に魔法が関わっているとしたら、変化は俺だけとは考えづらい。


 俺はあくまで夏目の手伝いで、メインで活動しているのは夏目本人だ。魔法が原因だとしたら、夏目にも何か変化があってもおかしくない。


 それに、今日の夏目の言動、行動……理由はわからないけど、どうしても違和感が拭えない。


「どうして魔法が出てくるんだい?」

「今までずっと付き合ってきた力が突然消えたんですよ。直近でなにがあったか考えたら、魔法しか出てこないでしょう」


 突然手に入った力が突然消えただけ。夏目の言うことも理解はできるんだ。


 でもやはり原因はある気がしてならない。理由もなく、ある日突然力が消える。それが短期間での事なら納得できたかもしれない。でも、これは俺が小学生から付き合ってきた力だ。重ねてきた年月が長すぎる。それが今になって突然……何かがあるような気がするんだ。


「なるほど……」


 天音さんは思案するように眉をひそめた。


「それに俺だけじゃなくて、夏目もどこかおかしく見えます」

「梓が? どうおかしいんだ?」

「上手く説明できないですけど、どこかいつもの夏目じゃないように見えます」

「そうか……でも今は君の話だろう大雅。なぜ梓の話をする?」


 なぜ? そんなの、


「決まってるでしょ。もし魔法のせいで俺だけじゃなくて夏目までおかしくなってるなら止めるためですよ」

「止める? 誰を?」

「夏目をです。文脈でそれくらいわかるでしょうに」

「私にはわからないよ大雅」


 しかし、天音さんの反応は俺の予想とは違った。


「魔法使いの仕事を手伝う君の目的はなんだい、大雅?」


 今更原点に立ち返る質問? 天音さんは何を考えているんだ?


「……俺の中の満たされないなにかを見つけるためです」


 俺が夏目の仕事を手伝うのは、飢えとして現れる満たされない何かの正体を見つけること。


 そんなの最初からわかり切ってることじゃないか。天音さんだって、そう思う俺の心理を見抜いて発破をかけてきたんだろ。


「そうだね大雅。じゃあ、梓がどうなろうと君には関係ないじゃないか」


 どこまでも淡々と、天音さんは言う。


「は?」

「だってそうだろう大雅?」


 天音さんは一拍置いて告げる。


「君の目的に、梓はどこにも出てこない」

「…………」


 直ぐに言葉が出てこなかった。


 いや、何言ってるんだよ天音さん。俺の目的はたしかに満たされない何かを見つけることだ。魔法使いの仕事を手伝えばそれが見つかるかもしれないと思ってやっている。でも、そのせいで誰かがおかしくなってしまうなら、そんなの止めるに決まってるだろ。


 俺は、誰かを傷つけてまで目的を達成しようとは思わない。それがおかしいって言うのかよ?


 どうでもいいと切り捨てろってか?


「君と梓は利害の一致で行動を共にしていると思っていたが、違うのかい?」

「違わないです」

「なら、やはりどうでもいいじゃないかそんなこと。君はただ、君の目的を果たすといい」

「夏目がおかしくなっているかもしれないと思っていてもですか?」

「そうだよ大雅。君には関係ないことだ。逆もまた然り、梓にとっては君がどうなろと知ったことではない。利害関係とはそういうものではないのかい?」

「理論上はそうかもしれない。でも違うだろ!」

「理論上そうなのであれば他に答えはないよ大雅」


 だんだんと声が大きくなっていることに気づく。体の内からはふつふつと炎が揺らめき始めている。


 天音さんの言葉はどこまでの合理的だ。そして冷たい。


 言っていることはもっともなのかもしれない。いや、たぶん合理性という意味では正しいんだろう。


 俺だって頭では理解している、でも、天音さんは人間の感情を何も考慮していない。


 目の前でおかしくなっていくやつを見ても、利害の一致だからどうなろうと関係ないって? そんなのできるわけないだろ。


 俺は、そこまで目的のためにドライになれない。


「違う! 利害関係の一致だけで付き合ってたら、心配すらしちゃいけないってのかよ!」

「そうは言わない。心配は勝手にすればいい。だが、止めるとなるとそれはまた別の話だろう」

「違わないだろ! 心配しても放っておくなら意味なんてない。何もしてないのと一緒だ!」

「心配は自分の中で完結すること。止めるとなれば他者への介入が必要になる。そこに違いはあるよ大雅。今の君はただ感情論を私にぶつけているだけだ」

「だとしても! 俺は誰かが傷ついてまで自分の目的を叶えようとは思わない!」

「はぁ……そうか……」


 なんの意味も持たない言葉。だけど、天音さんの言葉に俺は息を飲んだ。威圧感。それを感じる。


 天音さんは今までに無いような蔑む視線で俺を見下ろす。


 厳密には違うけど、遥か高みから見下ろされているような感覚に陥ってしまう。


「ひとつ確かなことを教えよう大雅。君の力が無くなったのは厳密には魔法のせいではないが、この仕事には関係している。そして、梓がおかしくなったと思うのであれば、それは魔法使いの仕事に由来するものだ。梓へ感じた違和感は、魔法使いの仕事を続けていれば、さらに進んで行くだろう」


 ただ事実を告げるように、天音さんは抑揚のない声で説明した。


「だったらなおさらやめさせるべきだろ! あんたは夏目がおかしくなってもいいのか!?」

「はぁ……残念だよ大雅。君の目的はその程度で揺らいでしまう甘いものだったんだね。梓とは大違いだ」

「その程度……?」


 言葉が出てこなかった。怒りをぶつけてやろうとか、反論してやろうとか、そんな気持ちが全部抜けて行った。


 人がおかしくなっていくのがその程度だと? 何を言っているんだこの人は?


 俺が抱いたのは目の前の人ならざる者への純粋な恐怖。合理性を極めたとかそんなものじゃない。この人は、おおよそ一般人のそれとは価値観が違う。


 今までもその片鱗を見せていた。だけど、ここまでだとは思ってなかった。


「梓を止めたいなら好きにすればいい。君の行動を止める権利は私にはない」


 天音さんは吐き捨てるように言った。


「いいんですね? 俺はあんたの仕事の邪魔をしようとしているんですよ?」

「構わないよ大雅。梓の意思で決めたことなら私に異論はない。だが、君は梓の覚悟を舐めている。今の君では梓は止められない。これは予想ではなく、確信だよ」


 夏目の覚悟を舐めている? 自分がおかしくなるなら引き返すのが普通だろ。


 それに、夏目はまだ自覚がないだけかもしれないんだ。このまま引き返せないところへ行く前に連れ戻さないと、本当におかしくなるかもしれない。


 対策は後で考えるとして、これ以上夏目がおかしくならないように今は魔法使いに仕事を止めなくては。


「今日は帰ります。有意義な情報ありがとうございました」


 最低限の礼儀を済ませて、俺は店を出ようとしたが、


「ああ大雅、最後に一言」


 天音さんがいつも通りのさっぱりとした口調で俺を呼び止める。


 氷の様な冷たさはもう融解したようだ。


「少し言葉が過ぎた。私もガラにもなく感情的になっていたようだ。すまない。相談したくなったらまたいつでも来るといい。扉はいつでも開けておくよ」

「……失礼します」


 俺は天音さんの言葉に返事をせず、足早に店を後にした。

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