第20話 祝福

「夏目、しばらく魔法使いの活動はやめよう」


 次の日の放課後、俺はまた夏目を屋上に呼び出した。


 人がいない屋上は二人で話をするのにちょうどいい。


「どうしてですか?」

「どうしてって……わからないのか? お前……昨日からおかしいぞ?」

「おかしい……ですか? どのあたりが?」

「そう言われると難しいけど、この前猫カフェに行った日を覚えているか?」

「もちろんです」

「あの日、お前は猫に引っ掻かれた俺の傷を魔法で治したよな? お前は、結果よりも過程を重視するんじゃなかったのか?」

「人の考えは変わりますよ。今はその方がいいと思ったからしてるんです」

「お前はそんなことを言うような人間じゃなかっただろ!」

「今日はやけに感情的ですね。大丈夫ですか?」


 夏目は無表情で首を傾げる。


 俺の違和感は正しかった。おそらく夏目は魔法使いの仕事によって何かしら支障をきたしている。


 上野のストラップを探すときだって、猫を捕まえようとした時だって、夏目はいつでも最後まで魔法の力に頼らないで頑張ろうとしていた。


 俺はその気高い心に感銘を受けたんだ。


 あれは、そんじょそこらの意志で変わる様なものではない。


 やっぱりおかしい。昨日より今日の方が違和感が大きくなっている。


 理由はわからない。でも、天音さんの言葉を信じるのであれば、このままいくと夏目の違和感はどんどん大きくなっていくだろう。


「俺は大丈夫だ。それより、最近クラスの連中に変わったとか言われなかったか?」

「いえ、そんなことありませんが」


 まだクラスの連中は気づいてないのか。


 でも、このままいけばどこかで歪みが生まれるだろう。


「それが魔法使いの活動に関係あるんですか?」

「違う……わからないのか夏目。さっきも言ったけど、今のお前はどこかおかしいんだよ」

「だからどこがですか? 全然わかりませんが?」


 自覚してないのか? 


 今の夏目には、前のような温かさが感じられない。わからないのか?


「温かさですか……そう言われると最近物事を冷静に考えられる気がしますね」

「……え?」


 今俺口に出してたか? いや、そんなはずない。


「はい。高坂君は何も話してませんよ」


 まただ、また夏目は俺の考えていることを読んだみたいに会話をしてくる。


 何が起きているんだ? こんなのまるで。


「実は私、高坂君に秘密にしていたことがあります」

「秘密?」

「はい。魔法使いの秘密です」


 夏目は表情を変えずに続ける。


「魔法使いは魔女との契約の際に祝福ギフトと呼ばれる力をひとつだけいただけます」

「ギフト?」

「私、人の心の声が聞こえるんです」

「……!!」


 思い当たる節はいくらでもあった。


 夏目は転校してから直ぐにクラスに溶け込んだ。そして女子の間でしきりに言われていたこと、夏目はまるで心の声が聞こえるみたいに理解を示してくれる。


 俺はただ夏目の洞察力がずば抜けているだけだと思っていた。でも違ったんだ。夏目は人の心の声を聴いて、その人が本当に求めていること、望んでいる言葉を紡ぎ出していたんだ。


 そうしてクラスの中に溶け込んでいったのか。


 そうか、いつぞや挨拶がてらに上野の上機嫌を見抜いたのも、そのギフトとやらの力か。


 言われてみれば納得できることが多い。俺の時だって、時折心を読んでいるような反応を示す時もあった。圧倒的な洞察力かと思っていたけど、違ったってことか。


「疑わないんですか? 眉唾ものの話ですよ?」

「疑う理由がない。むしろ腑に落ちることが多すぎる」


 心を読める。それだけで今までの夏目の凄さが解明できた。


 魔法なんてとんでもないものが存在しているんだ。今更能力のひとつやふたつを疑っても仕方がない。


「でも、どうして今言ったんだ?」


 どうして今なのか? 俺が疑問に思うのはそこだった。


 今能力のことを俺にカミングアウトする必要なんてないだろ。


 俺だって言われなかったら気が付かなかったんだ。わざわざ今明かす理由がわからない。


「気まぐれですよ。ギフトは魔女からの祝福。契約を終えた後も消えることはないそうです。多少力は衰えるそうですが」

「天音さんに説明されたのか?」

「はい。この力は魔女の仕事を手伝う上でとても有益な力です。ギフトは代々魔女の仕事をサポートするような能力になるらしいですね」

「……ってそんなことはどうでもいい。話は戻すが夏目、魔法使いの仕事はしばらくやめよう」

「……それはできません」


 短く、それでも確かに強い意志を持って、夏目は俺の言葉を拒絶した。


「どうしてだ? 天音さんに昨日聞いた。もし夏目がおかしくなったとしたらそれは魔法使いの仕事だって。それを続ければ夏目はもっとおかしくなるだろうって。もうここでやめた方がいい。このままだと本当におかしくなるぞ夏目」 

「それが、どうかしたんですか?」

「は……?」

「私がおかしくなると、高坂君にどんな不利益があるんでしょうか?」

「な、夏目……」


 違う。違うだろ夏目。お前はそんなこと言うような奴じゃないだろ。


 メリットとかデメリットとか、そんなこと考えない心の持ち主だっただろ。


 その時点でもうおかしいんだよ夏目。引き返してくれ夏目。


 このままじゃ、お前がお前でなくなってしまう。


「私たちは利害関係のもとに行動を共にしてきました。私がどうなろうと、高坂君には関係ないはずです。なのにどうして私を止めようとするんですか?」

「俺はただお前を心配して……お前のために……」

「私のため? でしたら引続き私の手伝いをしてください。私の目的は魔法使いの仕事を行って願いを叶えることです。高坂君の言っていることは矛盾していますよ」

「それはお前がおかしくなってまで叶えたいことなのかよ!?」

「……!!」


 夏目は一瞬、さみしそうな目をした。


「あなたが、それを言うんですね」

「は? どういう意味だよ?」

「そのままの意味ですよ。それに……高坂君だけには言われたくありません」

「俺にだけは言われたくない?」


 どういうことだよ夏目? 全然意味がわからない。


「まだ、わかりませんか……」

「まだ?」


 夏目は何を言っているんだ?


「とにかく、私は魔法使いの仕事はやめません。高坂君が手伝ってくれないというのであればこれからは私一人でやります」


 これが、天音さんの言っていた夏目の覚悟ってやつなのか?


 正直、夏目の体に異変が起こっていると言えば止まると思っていた。でも、夏目は止まらない。


 叶えたい願いのためなら、多少のリスクは辞さない考えだ。


 俺が間違っているのか? 天音さんにその程度揺らぐと言われ、夏目の説得にも失敗している。自分が傷ついてまで、おかしくなってまで叶えたい願いってことなのか? どうなんだよ夏目?


 変わっていくお前を見ながら、なおも手伝えと、あの日協力関係を結んだとき、お前はそこまでの想いで俺に言ったのか? 違うよな?


 俺にはできない。お前が変わっていくとわかったうえで手伝うなんてできない。


「残念です高坂君。できれば、最後まで一緒にやりたかったです」


 心の声が聞こえている。今の思考も夏目には筒抜けだったんだろう。


 俺の不甲斐なさを叱責するように聞えたその言葉。


 夏目はそれを最後に屋上を去った。


 手を伸ばしても届かない。ただ空気だけを掴んで、俺の腕は力なく垂れ下がっていく。


「なぁ……そこまでして叶えたい願いってなんだよ……夏目……」


 誰もいない屋上で、俺は一人言葉を漏らした。


 天音さんの言う通り、俺は夏目の覚悟を見誤っていたらしい。


 でも、そこまでして叶えたい夏目の願いが、俺にはまるで見当がつかなかった。


 俺は、どうすればいい? その答えは誰も教えてくれない。

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