君の願い、俺の想い

第18話 何が不安なんだい?

 その日の放課後。屋上。俺は夏目を呼び出した。


「どうしたんですか高坂君? 呼び出しなんて珍しいですね」


 クラスを出るとき、上野がニヤつきながら夏目に何か吹き込んでいたように見えたけど、べつに普通だな。


「ちょっと話しておきたいことがあってな」

「告白ですか?」

「こ、告白!?」


 突然出てきた予想外の言葉に取り乱す。


「違うんですか? 上野さんが、男子が女子を屋上に呼び出すのは告白に決まっている、と言っていましたので」


 上野貴様……夏目になんてこと吹き込んでやがる。漫画かアニメの見すぎだろお前!


 というか告白と思ってきたのに夏目動揺しなさすぎだろ。もし本当に告白だったとしたら、もうする前から結果わかるレベルで普通なんだが? もちろん振られる方な。好きな奴から告白されそうってわかったらもっとドキドキするはずだからな。


「ち、違うわ! でも夏目は告白だと思ってきたのか?」

「あくまで可能性のひとつとして考えてましたよ。まあ高坂君がここで告白するとは思っていませんでしたが」


 夏目は妖艶に笑う。


「そうか……」


 違和感。説明できない違和感を覚える。だが、うまく言語化できない。

 なにかがおかしい。そんな気持ち悪さだけを感じる。


「それで、話があるんですよね? 今日のお仕事についてですか?」

「いや、違う」

「ではなんでしょうか?」

「実は――」


 俺は、嘘を見破る力がなくなったことを夏目に説明した。

 いつからかはわからないけど、たしかになくなっていたそれ。


「なるほど、原因はわかっているんですか?」


 真剣な面持ちの夏目が確認する。


「わからない。そもそもなんで手に入ったかもわからない能力だしな」


 気づいた時には手に入れていた、嘘を看破する不思議な力。


 どんなに人が隠したいことも、目を合わせて話す限り、俺はすべてを暴き出す。


 色々な嘘を見てきた。誰が好きだ嫌いだ。正しいことや誤りも。


 この力は人を選ばない。たとえ身内であろうとも。


 強がる父さんや結衣を見てきた。俺に弱さを見せようとしない父さんの弱さも、俺は勝手に覗いている。とても狡い力だ。


「しかし、いつの間にか手に入った能力がいつの間にか無くなっていた。不思議ではありますが、急に無くなってもおかしくはないですよね」

「言われてみればそうだな。でも、うーん……」


 夏目の言うこともあながち間違っていないかもしれない。


 急に手に入れた能力が急に無くなった。それだけの話といえばそこまでだ。


 そうだよな。夏目の言う通りだ。勝手に手に入った力が勝手になくなっただけ。それだけだ。


 なのに、この不安はなんだ? 


「夏目は自分の中で変わったことはないか? この前俺に何か相談しようとしていたよな」


 思い出すのはデートで行った公園での夏目の姿。寝落ちする前の夏目の言葉。


 おぼろげな記憶ながら、あの日夏目は俺に何か相談をしようとしていた思う。


 夏目が俺に相談。プライベートなことかもしれない。だが、俺と夏目で一番可能性が高い話は魔法に係わることだ。


 俺の力の消滅。急に無くなったとは言え、可能性として考えられるのは魔法が関係してること。何か俺の周りで起こった変化を考えれば、浮かんでくるのはそれしかなかった。


 仮に俺の変化に魔法が関わっているとすれば、もしかしたら夏目にも何か異変が起こっているかもしれない。


 そこが気になるところだった。


「私は大丈夫ですよ。自分の変化は自分が一番よくわかっていますから」


 夏目をじっと見つめる。


 言葉の真偽がわからない。本当に大丈夫なのか、隠しているのか、表情からはまったくわからない。


「高坂君は私を疑っているんですか?」


 少し不服そうに夏目は口を尖らせる。


「そういうわけじゃない。ただ、本当に大丈夫か心配なだけだ」

「でしたら問題ありません。この通り全然大丈夫ですから。今日も頑張ります」


 夏目は自分の体を見せびらかすように大きく手を広げた。


 今日も頑張ります。それは魔法使いの仕事のことだろう。


「それなんだけど、俺は今日パスする」

「……そうですか。何か用事でしたか?」

「天音さんのところに行きたい」


 天音さんなら、もしかしたら俺の力が消えた原因を教えてくれるかもしれない。


 こういう非日常的なことを訊くなら、天音さん以外に適任者はいないと思う。


 それに、なんとなく夏目の様子も……。


「わかりました。では今日は私だけで仕事を探しに行きますね」


 夏目はそれだけ告げると踵を返し、屋上を後にした。その後ろ姿が消えるまで見つめる。


 私も行きます。その言葉が出てくるかと思ったが、そうはならなかったか。


 魔法使いの仕事は別に毎日する必要もない。気が向いたときにやってくれればいいとは天音さんの談。


 以前は片方の用事があるときはお休みにしてたりしたんだけどな。


 こういったところでも、俺は微妙な違和感を覚えている。


 夏目、本当になにもないんだよな? 嘘か本当かわからないことがもどかしい。


 でも、やっぱり夏目もどこかおかしく見えた。なんというか、態度が冷たくなっているような、そんな感じがした。


 思えば、デートの時も夏目らしからぬ行動をしていた瞬間があった。俺の指の傷を魔法で治したあれ。


 過程を大事にしていた夏目からは考えられない行動。


「やっぱり……何かが起きている」


 心が嫌なざわつき方をしている。


 俺は、ただ心配なんだ夏目。





 夏目と別れ、俺はそのままの足で天音さんの店へ向かった。


 最近は、なんだかんだずっと夏目と一緒だった。だから、こうして天音さんの店に一人で行くのも久しぶりに感じてしまう。


 夏目と一緒に魔法使いの仕事している期間の方が短いはずなのにな。それだけ密度が濃かったってことか。


「ようこそお客人……ってなんだ君か大雅」

「いい加減俺を見てがっかりするのやめてもらっていいですか?」


 どこかで見たやり取りをして、俺は店の中に入る。


「梓はいないのかい?」

「今日は俺だけです」

「そうか。なんだか、君だけというのはずいぶん久しぶりに感じるね」

「そうですね。俺も同感です」


 天音さんも俺と同じことを思っていたようだ。


 それだけ、天音さんも俺と夏目はセットと認識していたわけか。


「とは言え、君だけが来るには理由があるんだろう? 私に用かな?」

「話が早くて助かります」

「なるほど、ではいつも通りお茶を飲みながら雑談しようじゃないか。なにぶん、中々人が来ない店だ。私も誰かと話したい気分だ」


 天音さんがいつも通りお茶を用意する間、俺もいつも通りテーブルに腰かけて天音さんを待った。


「今日は新しく仕入れた茶葉でね。心を落ち着ける効果があるらしいんだが、果たしてどうかな?」


 テーブルに置かれた温かいお茶。


 天音さんが試してくれと目で促してくるので一口。


 口に入れたお茶から柔らかいラベンダーの香りが鼻を抜けていく。


 いいお茶だ。それはわかる。


「どうだい大雅?」

「おいしいですが、心を落ち着ける効果があるかと言われると実感が湧かないです」

「そうか。ここに来るお客人は悩みを持った人が多いからね。心を落ちかせてから話を聞いた方が良いかと思って試してみたが、早計だったかな?」

「効果はともかく、考えは悪くないと思いますよ。でも……どうして俺にそんなお茶を用意したんですか?」

「君にも落ち着いて欲しかったんだよ大雅。店に来た時から、珍しく君は負の感情に満ちていた。これは……不安かな?」


 天音さんの指摘に戸惑う。


 なんでわかったんだ? 店に来てからそんな素振りを見せてないぞ?


「君は顔に出やすいね大雅。どうしてって顔をしているよ?」

「どうしてって思ってますからね」

「そうだね。端的に言えば、魔女にはわかるのさ」


 魔女にはわかる。深くは語らなくても、その一言だけで納得させる力がこの人にはある。


 おそらく、天音さんは魔女の力のすべてを俺には語っていない。


 その時必要だと思ったことだけを語っている。余計な情報は一切伝えない。


 魔法について語るときも、俺が夏目と行動するうえで必要な情報だと判断したから教えたに過ぎないんだろう。


 面倒くさがり屋なのに変わりはないが、天音さんはどこまでも合理的な人だ。


 そして、どうでもいいこと以外ではこの人は一切嘘を吐かない。


 これは経験からわかっている。だからこそこの人の言っていることは大体信用できる。


 その人がわかると言うんだから、それはわかるってことだ。


「なるほど。理由を聞いたら教えてくれますか?」

「ふむ……そうだね、まあ今の君になら教えてもいいだろう」


 意外だ。ダメもとで聞いてみたんだけど、教えてくれるのか。


 それはどうでもいいことだ、とか言われると思ってたのに。


「『淀み』、この言葉に聞き覚えはあるかい大雅?」

「淀み? いや全然ピンと来ませんけど」


 聞き覚えなんかあるわけないだろ。初めて聞いたわ。


「ふむ、まだそこまでは来てないか。淀みとはね、人の負の感情が可視化したものなんだよ」

「負の感情が可視化?」

「ああ。負の感情を持った人間はね、必ずその身体に黒い淀みを纏っている。君たちなりの言葉で言えば、オーラとでも言えばいいのかな。人間には見えないけどね」

「魔女にはそれが見えるってことですか?」

「その通りだよ大雅。負の感情が強ければ強いほど、淀みは黒さを増し、纏うものも大きくなって見える。参考までに、大雅の淀みはそこまで大きくはないよ。今はね」


 天音さんは「今」、を強調した。


「その言い方、ほっとけば淀みは大きくなるって聞こえるんですけど?」

「解決しなければ、ね。だから私は君のその不安の種を摘もうじゃないか。人々が幸せに生きるためのサポートが魔女の仕事だからね。その中には当然君だって入っているのさ大雅」


 どんとこいと、天音さんは胸を張る。夏目が見たら嫉妬で狂いそうだな。


 しかし、淀みか。人の負の感情が可視化したもの。いったいどんな風に見えるんだろうか。


 人間の負の感情が可視化した世界で、魔女は綺麗なものとして世界を見られるのだろうか。


 天音さんは言っていた。世界は負の感情で溢れていると。きっと、外に出たらたくさんの淀みを見ることになるんだろう。


 淀みについて俺は何もわからないけど、いいものではないことだけはわかる。


 もしかしたら、天音さんが人里離れたこの場所に店を建てたのも……そこまでは考えすぎか。


「どうした大雅? 私は準備万端だぞ?」

「あ、すみません。ちょっと考え事を」


 いかんいかん。淀みについて考えて本題を忘れていた。


「悩める少年は大変だね」


 まるで心がこもってない軽い言葉だった。


「では、そろそろ本題に入ろうか? わざわざ私のところに来たんだ。普通の話ではないんだろう?」


 天音さんは一服するように紅茶を飲んで満足そうにしている。味はうまいからな。


 俺のお茶を一口飲んでから、本題を切り出した。


「嘘を見破る力が消えました。いつからか、なぜなのかはわかりませんけど」

「ふむ……」

「俺の力を知っているのは天音さんとまあ夏目くらいですから。ここは不思議なことに詳しいであろう天音さんに原因を考察してもらおうと思いまして」

「…………」


 俺の身に起きたことを打ち明けると、天音さんはなぜか眉をひそめた。


 どこか納得がいっていない。そんな表情に見えた。


「それが君の相談なのかい大雅?」


 本当にそれが君の不安の種なのか? そう探られているような雰囲気。


 実はもっと他にあるんじゃないかとでも言いたげだ。


 だがそんなものはない。これが俺の相談だ。天音さんは何を悩んでいるのか。


「そうですよ。ある日突然自分の不思議な力が消えたんですよ。そりゃ原因が気になるでしょうよ」


 原因不明なんだ。そりゃどうしてなのか知りたくなるだろ。


「ふむ、原因は確かに気になるところではあるだけどね、私としてはなんでそれが君の淀みになるのかわからないんだよ」


 天音さんは眉間にしわを寄せて唸る。本当に理解できていない感じだ。


「だって急に今まであった力が消えたんですよ?」

「ああ、だからよかったじゃないか大雅」

「は?」


 天音さんの言葉は俺の予想していないものだった。

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