第17話 そして事態は加速する
「ん……んん……」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「夏目……?」
目を開けて、まず映ったのは俺を見下ろす夏目の顔。しかしその背景には青空が見える。なぜだ。
そして頭にはなにか柔らかくて温かみのある感触が。
顔を横に向けると、なぜか90度傾いた世界が見える。なぜだ。
というかいままで俺は何をしていたのか。たしか夏目の作ってくれたおにぎりを食べたところまでは覚えているんだけど。
姿勢を戻す。やっぱり見えるのは俺を見下ろす夏目の笑顔。
「どうかしましたか?」
今度は反対に首を傾ける。目に映るのは夏目のカーディガン。
「ん…………んん!?」
そこで俺の意識が完全に覚醒した。
状況を整理しろ、大雅。上は夏目、横は景色と夏目の服、それらを加味すると下は夏目の……つまりこれは――。
俺は飛び跳ねるように起き上がった。世界が元の形に戻る。
隣には夏目の姿。今さっきまで俺の頭があったところには夏目の太ももが。
こ、これは、膝枕!? なんで!? てか俺寝てたのか!? いや、でも、なんで膝枕!?
意識は覚醒し、状況を確認したのに、その状況が意味わからな過ぎて混乱している。
「ご、ごめん夏目!? あれ、俺、どうして!?」
「落ち着いてください」
「いや無理!?」
落ち着けるか!! 女子の膝枕だぞ!!
だめだ……寝る前のことが思い出せない。たしか夏目が相談があるとか言ってたような。夢の中では確かに覚えていたんだけどなぁ。思い出せない。でも寝てたことだけはわかる。
魔材の効果をもってしても徹夜には勝てなかったか。無念なり。
「よほどお疲れだったんですね。とてもよく眠ってましたよ」
なぜ、夏目はこうも落ちついているんだろうか。
あなたは異性の男の子に膝枕をしていたんですよ!?
「今日が楽しみ過ぎて寝れなかったもので……」
「なるほど、それはそれは」
高坂君でもそんなことあるんですね、と夏目。
「ちなみに、俺はどれくらい寝てた?」
「1時間ちょっとでしょうか?」
結構寝てたな。
「まじか……悪い、きつかったよな?」
小1時間身動きが取れないのは結構きついよな。何してんだ俺。
日中は耐えると誓っていたのに、結局耐えきれなかったか。無様だ。
「いえ、寝ている高坂君も可愛かったですよ」
「うぇ……恥ずかしいな」
「さて、高坂君もお疲れだとわかりましたし、そろそろ解散にしましょうか」
まだ外は明るく、手元の時計でもまだ時間はたっぷりある。
夏目は俺の体調を気遣ってくれているようだ。
「なんか悪いな。でも、夏目俺に話があったんじゃなかったっけ? あんまり寝る直前のこと覚えてないんだけどさ」
正直、寝落ちする直前の記憶が曖昧だ。
「気にしないでください。私のことは大丈夫です。高坂君が寝ている間に、自分の中で整理できましたので」
「そうか? ならいいんだけどさ……」
「こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいいと、そう思いました」
夏目は優しく笑う。
「え、ああ、そうだな」
俺が寝ている間に何があったんだ夏目?
でも、夏目と一緒に出かけて公園で一休み。魔法使いの仕事を忘れて穏やかに過ごす。
たしかに、こんな時間が続くのも悪くないな。
「それも悪くないな」
この後も俺と夏目は少しだけ他愛もない雑談に花を咲かせた。
「それでは、解散しましょうか」
「なんか悪いな」
「気にしないでください。目的は完了していますから」
確かに体は限界だった。だから俺は夏目の言葉をありがたく受け取って、そのまま公園で解散することにした。
◇◇◇
そしてまた時は流れる。
魔女のお仕事は相変わらず。正直、いつ願いが叶うかとか全然わからない。
今日はたまたま寝坊して、学校に着いたのは始業時間ギリギリ。下駄箱まで慌てて入るも、そこで始業に間に合うことを確信して動作を緩める。
遅刻か遅刻じゃないかのギリギリの時、絶対間に合わせたくなる気持ちはなんだろうか。間に合わないならそれはそれでいいじゃんと思いはするものの、いざその時が来ると急いでしまう現象。
それは後ろからくる奴も同じだったようで。
「うおおおおおおお!! セエエエエエエエエフ!!」
上野がスカートも気にせずに全力疾走で駆けてきた。
「おはよう上野、仲良くギリギリだな」
「ちょっと今話しかけないで……息整えさせて……」
下駄箱に手を預けて、上野は大きく深呼吸を繰り返す。どんだけ走ってきたんだよお前。
いつも割とゆっくりめに登校してくる上野。聞けば朝は限界まで寝るタイプとのこと。今日は限界を極め過ぎたようだな。
「はぁ……よしオッケー。おはよう高坂! 下駄箱で会うのは珍しいね。寝坊?」
「お前と一緒にするな。寝坊だ」
「なんだ一緒じゃん」
上野はケラケラと笑う。
「ところで、最近夏目ちゃんとはどうなのさ? いい感じみたいじゃん」
ここに俺たちしかいないことを確認して、上野はニヤニヤしながら顔を近づける。
「いい感じって……俺と夏目はそんなんじゃないよ」
「ええ? だってこの前も二人で遊びに行ったんでしょ?」
「この前って……」
二人で遊びに行ったのはそうだけど、こいつは何を言ってるんだ?
夏目と猫カフェに行ったのは目の前にいる上野の依頼だったはずだ。それなのに、上野はなんで他人事のように言ってるんだ?
もしかしてそれ以外のことを言っているのか? でも、あの日以来夏目と魔法使いの仕事をすることはあっても遊びに行ってはいないしな。
「え、もしかして二人で遊びに行き過ぎてもうどのことかわかってない感じですか?」
上野は、「まぁ」と驚いたふりをしながら唇に手を当てる。
なんだ……俺の認識と上野の認識がずれている気がする。
「二人で遊びに行ったのは猫カフェくらいしかないけど」
「猫カフェ!! いいねぇ、私も行ってみたいよ!」
「いや、だからお前が夏目にデートの下見をお願いしたんだよな?」
この違和感はなんだ? やっぱり会話が嚙み合ってない。
「なるほど~。夏目ちゃんはそうやって高坂を誘ったわけか。私をダシに使ったことを後で説教しなくては」
「……え?」
俺は上野の言葉を聞いて呆然とした。
「そんなに驚く? あ、夏目ちゃんの言葉を鵜呑みにしてた? 高坂も結構ウブなところあるんだね!」
違う、そうじゃない。
「上野、お前は夏目に猫カフェの下見をお願いしたんだよな?」
念のため再度確認をする。
「だから違うって言ってるじゃん。信用ないなぁ私」
「そう……か。悪い、上野を信用してないわけじゃないんだ」
「変な高坂。おっと、ここで高坂と話して遅刻とか最悪だから私行くね!」
そう言い残して、上野は小走りで去っていった。
残された俺は、呆然として動けないでいた。
あのデータの日、俺は夏目と目を合わせて会話をしていた。その場合、夏目が嘘を吐いていれば俺はわかったはずだ。それなのに、上野の言葉が真実であれば、俺はあの日夏目の嘘に気づけなかったということになる。
あの日、夏目は嘘をついていないと思った。俺の力が反応していなかったから。
でも、夏目は嘘を吐いていた。理由なんか今はどうでもいい。それよりも、
「俺の力が……消えている?」
考えられる選択肢はそれしかなかった。
突然のことに理解が追い付かない。右手は小刻みに震えていた。
何か異変が起きている。
なんだ、この嫌な感じは。
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