第29話 ハリボテの心
「汝、諦めることなかれ。さすれば奇跡は起こらん」
「その言葉は?」
「私が好きな言葉さ。君が諦めなければ奇跡は起こるだろう。という意味だよ大雅」
「諦めなければ……」
「対価を取り戻す方法を私は知らない。だけどね、それは私が知らないだけだよ大雅。もしかしたら、君なら何かできるかもしれない」
俺が諦めたらそれで終わり。でも、諦めなければ可能性はゼロじゃない。天音さんはそう言いたいのか?
天音さんが知らないだけ。もしかしたら、天音さんの知らない方法だってあるかもしれないってこと。でもそんな方法、俺に見つけられるだろうか。
「非現実的な話だな。奇跡なんて……」
「いやいや奇跡、いいじゃないか。できるものなら私に見せておくれよ」
「俺の味方をするのはあの日限定じゃなかったのか? 今の天音さんは合理性のかけらもないぞ」
今の発言はとても天音さんらしからぬ非合理的な言動だ。
まるで夢物語を語る子供のように無茶苦茶なことを言っている。
「言っただろ大雅。これは、私個人の話だと。魔女は合理的に判断するが、別に感情がないわけではない」
「そうだったんですか」
「前にも言った気がするだけどね」
今まで超合理的だったから全然わからなかった。
「私はね、君に期待しているのさ大雅。かつて君は私の価値観を破壊した。だからこそ全ての記憶を取り戻した今の君なら、また私の価値観を壊してくれるんじゃないかと思っている」
「なんだ、自分勝手な意見じゃないか」
「言うなればこれは私のエゴさ。君が諦めない限り、私もまた君に期待をする」
「俺にできると思うか?」
「大雅、君の対価は梓に関する記憶だけではない。実は心の一部も対価として持っていかれていた」
心の一部? そんなの返ってきた実感なんかないぞ?
でも、天音さんが言うならそうなんだろう。
「合理的な判断は時としてマイナスなことばかり考えるようになる。昔の君は、もっと情熱的だったよ大雅」
「それは俺がガキだっただけだろ」
小学生の頃なんて、情熱的で猪突猛進なのは普通だろ。
大人になるにつれて、色々考えて判断できるようになるだけだ。
「そうかもしれないね。だが、前を向くことは大事だよ大雅。今の君に一番必要なことさ」
「それは……そうだな」
「なんでも予想の範疇を超えない生活ってのは退屈なのさ大雅。だから私は君に期待する。君なら私の予想を超えてくれる気がするんだ」
とても楽しそうに天音さんは言う。
「期待が重い。俺は無力だよ」
「そうだとしても、私は君に期待する。諦めない先にこそ奇跡は起こる。君が諦めた時……それが本当の終わりだ」
なんだか、天音さんに励まされるのが不思議でならない。
梓が幸せなんだからそれはハッピーじゃないか、なんて言いそうなのに。
「わかった。とにかくやれるだけやってみるよ。諦めるのはそれからにする」
どれだけ可能性が低くても、前を向く。
そうしないと、見えるものまで見落としてしまうし、俺の心も……。
諦めるのはいつでもできる。だけどまだその時ではない。まだ違うはずだ。まだ。
「それでいい。それでこそ、私が認めた史上最高の魔法使いだ」
天音さんは満足そうに口元を緩める。
「元、だけどな。あと俺の評価高過ぎ。ただの元魔法使いだから」
史上最高とか言われるとむず痒い。そんな自覚ないっての。
「ありがとう天音さん。まさか天音さんに感謝する日が来るとは思ってなかったよ」
「相変わらず私に厳しいな大雅」
文句を言いつつも、天音さんの顔は変わらず満足気だ。
汝、諦めることなかれ。さすれば奇跡は起こらん。
俺が諦めたら、その時が終わりだ。
◇◇◇
「お、大雅。体調不良という名のサボリから復活したのか?」
次の日。朝の教室で雄平が話しかけてくる。梓はまだ来ていない。
「なんでサボリだと確信してるんだよ?」
あってるけど、なんか雄平にバレバレなのがムカつく。体調不良だって思われてないってことだろ? お前もう少し友達信用した方がいいと思うぞ。いや、そもそもこいつ友達だったっけ?
「親友の行動パターンは把握している。夏目ちゃんに振られたか?」
「全てを恋愛で語るのやめろ」
「じゃあまだケンカ中? 夏目ちゃんまだ冷たいしなぁ」
「ケンカなら楽だったんだけどな」
「なんじゃそりゃ」
こいつに、実は梓は願いの対価で感情を失ったとか言っても何それ状態だしな。
俺と梓はまだケンカ中って扱いだけど、ずっとケンカしてるのもおかしい。
もし俺が何もできなかったら梓はずっと感情を失くしたまま。つまり俺とケンカ状態と思われている冷たい梓が通常運転となる。
どうしたもんか。本当、どうしようか。やれるだけやるけど、何をすればいいのか。
ネットで色々調べてみたけど、意味ないよなぁ。
「ま、お前が夏目ちゃんに振られれば彼女がいない連中は喜ぶだろうな」
「なんでだよ……」
人の不幸を喜ぶとか……彼女できないのそういうところだぞ。
あと俺別に梓とは付き合ってないし、それに俺にはもうその資格は。
「そりゃクラスの女神夏目ちゃんだからだよ」
「そんな呼ばれ方してるのか?」
「ああ。でも、今の夏目ちゃんもクールでいいけど俺は笑ってる夏目ちゃんの方が好きだなぁ」
お前もだろ、みたいな顔で俺を見るな。その通りだけど。
「いいから早く仲直りしろよ。どうせ夏目ちゃんが誰かのものになるなら、せめて親友のものになってほしいと――」
「高坂おはよ!」
雄平が何やら恰好つけたことを言っている途中に上野が割って入ってきた。
「おはよう上野」
「おい上野……今俺が喋ってただろうが!」
「高坂さぁ、いい加減夏目ちゃんと仲直りしてよ。夏目ちゃん最近ずっと冷たいんだけど!」
前からだけど、上野の視界には雄平が入らないらしい。完全にいないものとして扱われている。哀れ雄平。これが6股の報いか。
「と言われてもな。解決の糸口が見つからない」
「えぇ……いったいどんなケンカしてるのさ。夏目ちゃんも別にケンカじゃないとか言って教えてくれないしさ。ずっとモヤモヤしてるんだから早く何とかしてよ」
実際はケンカじゃないからなぁ。梓の言っていることの方が正しい。
「もし梓がずっとこのままだったらどうする?」
「そりゃ嫌に決まってるじゃん。夏目ちゃんの魅力は笑顔と優しい雰囲気なんだから!」
俺も同感だよ上野。やっぱり、みんな考えることは一緒ってわけだな。
梓の笑顔は取り戻さないとだよな。そうだよな。
「ってか高坂、今夏目ちゃんのこと名前で呼んでなかった?」
「あ……」
やべ、記憶を取り戻してから梓って言ってるけど、よく考えたら学校じゃまずかったか。
ケンカ中なのになんか親密度上がってる感じになるよな。失敗した。
かといって言い訳するだけ苦しくなるだろうしな。ここは開き直るか。
「まあ、多少仲良くなれば名前で呼ぶくらいあるだろ」
と思ったところで雄平が助け船を出す。
「ちょっと立花さあ、私が高坂と話してるんだから邪魔しないでよ」
「あ? 最初に話してたのは俺なんだけど」
「クズは空気になってなさいよ。女子はみんなあんたをいないものとして扱ってるんだから、それぐらい察しろって言ってるの」
「お前なぁ……」
雄平は呆れたようにため息を漏らす。さすが女子の敵。本当に梓以外の女子全員、雄平をいないものとして扱っていたのか。
これ普通の男子だったら不登校になるレベルのいじめだよな。でも雄平だからな。特に強く言えないわ。
「皆さん大雅の周りで集まってお話ですか?」
「あ、夏目ちゃんおはよう……大雅?」
もうすぐ始業時間になりそうなところで梓がやってきた。
「おはようございます上野さん。どうかしましたか?」
「いや、だって……高坂のこと……名前で呼んでるし」
「なにかおかしいでしょうか? 大雅は大雅ですよ?」
「そうなんだけどさぁ……高坂!!」
「え、俺!?」
なんで急に大声で俺の名前を呼ぶんだ上野。俺に振られても困る。
「ほら、夏目ちゃんこんな感じでおかしいでしょうが! 責任とってなんとかしてよね!」
そんな捨て台詞を残して上野は自席に戻った。
「ま、そこは俺も同感だな」
雄平も俺の肩を叩いて席に戻った。
俺と梓の二人だけが残される。まあ席が隣だから自然とそうなるわけだけど。
「おはようございます大雅」
「おはよう梓。最近はギリギリに来ることが多いな」
「始業までにいればいいんですから、別に早く来る必要もないと思いますよ?」
「まあそれはそうなんだけどさ」
前の梓ならもっと早く来て友達と朝の談笑に励んでいただろうよ。そんなところでも違いを感じてしまい、俺は複雑な心境になる。べつに梓は何も悪くない。俺が勝手に距離感を感じてしまうだけだ。
「大雅、体調は大丈夫ですか?」
「色々あって元気になったから大丈夫」
実際はサボって天音さんの所に行ってたわけだけど、メンタルの療養には変わりない。
そう、梓を元に戻すために、俺は下を向いている場合じゃない。
そう思えたから、俺は大丈夫。まだ、大丈夫。折れてない。
「体調は気を付けないとダメですよ」
これは心配してくれるって感情なのか? それともただ一般常識を説いてるだけなのか。
もしかしたら少しでも感情は残っているのかもとか、そんなことを考える自分が馬鹿らしくなった。
心配をしてくれそうな言葉をかけるなら、もっと心配そうな表情をしてくれよ。
無表情だと、何もわかならないんだ。
「ところで、今日暇か?」
「とくになにもないですけど」
「じゃあちょっと俺に付き合ってくれよ。梓と行きたいところがあるんだ」
「いいよですよ。大雅の誘いなら断る理由がありません」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん」
できることなら、無表情で言わないでほしかったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます