第24話 嘘つき

 昼休み。俺はこっそりと教室に入った。


 周りはいつも通りのグループに分かれて昼飯を食っていて、遅れてきた俺に興味を示していない。


 自分の席、そこではイケメンが一人寂しくパンを食べていた。俺がいなくてもそこで食うのかよ。


「おっす社長。重役出勤お疲れ様です」


 イケメンがイケメンスマイルで応対する。


「おはよう。なんか特別なことあったか?」


 俺がいない時に特殊なイベントがあったか聞いてみるも、そこは何もなかったようだった。


「先生には消費期限切れの牛乳飲んで腹壊してるって言ってあるから」

「俺は馬鹿になったんだな……」


 とんだドジっ子キャラになってしまった俺。これもサボリの代償か。


「たまには馬鹿になった方が生きやすいんだぜ?」

「馬鹿に……か。じゃあせっかくだしもうちょっと馬鹿になって来るわ」

「ほ?」


 俺は席に荷物を置くと、まっすぐに彼女の元に向かった。


 黙々と昼ご飯を食べている彼女のところに。


「夏目」


 彼女の名前を呼ぶ。


「はい。どうかしましたか?」


 女子メンツだけでなく、近くの男女の注目も集める。


 なんだなんだとザワザワする中、夏目だけはただじっと俺を見ていた。


「話がある。大事な話だ。放課後時間とれるか?」

「いいですよ。いつも通りの場所でいいですか?」

「構わない。じゃあそれだけだから」


 必要なことだけを済ませて、俺は自分の席に戻った。


「お前、やるときはやるんだな」


 雄平は感心したように呟く。


「そうだな。俺も覚悟を決めたからな」

「よくわかんねぇけど、今日のお前、最近の中ではいい顔してるぜ。俺の次の次くらいにな」

「お前の次は誰だ?」

「決まってる。結城だよ」

「そりゃ、結構イケメンだな俺」


 決戦は放課後。最後の悪あがきの時間だ。


 放課後まで、俺と夏目は一言も喋らなかった。


 願いを叶えたい夏目と止めたい俺。この前までお互いの目的が一致していたから同じところを向いていた。でも、今俺たちの見ている景色は違う。


 机ひとつ分の距離にいる俺たちは、今は近くて遠い距離になってしまった。


 それでも、俺は俺のエゴを貫き通してやるさ。あのクソ魔女に胸の内を素っ裸にされたんだ。なにが手助けしてやるだ。俺のメンタルをボコボコにしやがって。


 そんな魔女への悪態を心の中で吐きながら俺は決戦の場へ足を進めた。


 放課後の屋上。この前は分かり合えなかった屋上。彼女は先に来ていた。


「それで、話ってなんでしょうか?」


 夏目は表情を変えず俺に訊く。


 天音さんが言っていたけど、もうだいぶ対価を支払っていそうな返答だ。


 魔女は魔法使いの願いがどれだけ進捗しているか把握しているらしい。契約者の管理としてあってもおかしくないと思うけど、魔女はなんでもありだな。


 その天音さんは告げた。夏目の願いは叶いつつあると。


 だからこそ、止めるチャンスは残りわずかしかない。


「夏目に最後のお願いをしに来た」


 俺はまっすぐ夏目に視線を向ける。


「最後のお願い?」

「契約を破棄してくれ夏目。そうすれば元通りになる。これ以上変わっていくお前を見たくない」


『君が梓を元に戻したいなら、契約の破棄を打診するほかない』


 天音さんとの作戦会議を思い出し確認する。


 契約の破棄。魔法使いが魔女との契約を取りやめることのできる権利。


 その場合、願いは叶わないし魔法に関する記憶も全て無くす。そして一度でも契約した魔法使いは二度と魔女と契約はできない。その代わり途中まで支払った対価は戻ってくる。夏目を元に戻すためにはこれしかない。


「またその話ですか。私は止まるつもりはありません」


 その提案を夏目は一蹴する。


 夏目の言う通り、この提案は夏目側に一切メリットがない。契約を破棄すれば願いは叶わない。それを飲めと言ってるんだ。感情を失いつつある夏目が判断をこの段階で誤るとは思っていなかった。


 天音さんとの作成会議でまず言われたことは、限りなく勝算の低い戦いになるということ。そして、最悪の事態を受け入れる覚悟を先に決めることだった。


 だが、それがどうした。これは俺の悪あがきなんだ。そうあのクソ魔女に気づかされたんだからな。


「そうだな。でも俺も今日は、はいそうですかと引くわけにはいかないんでな」

「また私のためとか言うんですか? 前にも言いましたが、私のためと言うのであれば手伝ってください。もうすぐ終わりそうなんですよ?」


 本人からの言葉を聞いて、時間がないことがはっきりした。魔法使いも自分がどれだけ願いを叶えているのか把握しているのか。やはり、止めるなら今日ここしかない。


「いや、違う。お前のためなんかじゃない」

「はい?」

「俺は、俺のためにお前を止めるぞ夏目」

「それはまた、ひどく自分勝手な理由になりましたね」


 夏目の表情は変わらない。


「じゃあ夏目、お前は自分勝手じゃないと言えるのか?」

「どういうことですか?」

「人の静止を聞かないで突っ走るのは自分勝手じゃないのか?」

「私は私の目的のために行動しているだけです」

「なら俺も俺の目的のために行動しているだけだから問題ないな」

「高坂君の目的は無くした何かを見つけることでしょう。それが私を止めることと関係するとは思えません」


 至極まっとうな意見だな夏目。昨日までの俺なら納得してただろうよ。


「誰がいつ、今もその目的だなんて言ったんだ?」

「…………?」


 夏目は怪訝そうに眉をひそめる。


 俺もずっとその目的で動いてると思ってたよ。どっかのクソ魔女に言われるまではな。


「俺は人の嘘を見抜いてたわりに自分の嘘は中々見抜けなかったみたいでな。この回答にたどり着くまで少し遠回りした」


 それを教えてくれたのは魔女だった。


「俺の今の目的は、契約を破棄した夏目と一緒に過ごすことだ!」

「それは……満たされないもののことはどうでもいいんですか?」

「どうでもよくはないけど、夏目と比べたらそんなもの比較の対象にすらならない。俺は、お前の方が大事なんだよ夏目。それに気が付いた、いや気づかされた」


 どっかの魔女にな。


 思い出すのは作戦会議。作戦もへったくれも無く、俺の深層心理を暴き出すだけの時間。


 夏目のエゴを止めるのであれば、俺もぶれない本気のエゴをぶつけるしかない。


 天音さんにやらされたのは、本当の自分自身と向き合うこと。自分が本当は何を思い、何をしたいのか。本当のエゴはそこからしか生まれないから。


 俺は嘘つきだった。嘘を見抜く能力を不便と言いながら、その実頼りにして便利に使っていた。あの時力が無くなって不安になったのは、心の奥では頼りにしていた力が消えたからだ。他人の真偽を自分だけが把握して人を理解した気になっていた。


 俺は嘘つきだった。利害関係の一致だけで一緒にいると言いながら、その実とっくに俺の感情は利害関係を超えていた。


 俺は嘘つきだった。夏目のためと言って変わっていく彼女を止めようとした。本当は俺が変わっていく夏目を見たくないだけだったのに。


 俺は嘘つきだった。目的なんてとうに変わっていたのに蓋をしてたのだから。


 俺は嘘つきだった。そう、嘘つきだった。これはもう過去だ。


 そうしてすべてを暴け出された俺の中に残るエゴ。


 見えたのは夏目とデートに行った日の公園での一幕。こんな日が続けばいいと、思ったその心。


 夏目と一緒に。それが俺のエゴだった。


「私が大事なら、私の願いを叶えさせてくださいよ」

「言葉が足りなかったみたいだな。俺が大事なのは今の夏目じゃない。感情豊かな夏目だ」


 人に寄り添う夏目。テンパって困り顔をする夏目。ケガをした俺を心配してくれる夏目。


 俺が求めているのは、そうやって感情を表に出す夏目だ。


「自分の対価のこと、もうわかってるんだろ?」

「……天音さんに聞いたんですか?」

「ああ。願いと対価。お前の対価は俺の認識違いでなければ感情だろ?」

「そうですね。自分では支払っている感覚はありませんが、最近はどうにも心が冷静なんですよ」

「感情は……気持ちは……お前が大切にしてたものだろ。お前はそれを捨てるのか?」

「それが対価と言うのであれば仕方ありません。私には、叶えなければいけない願いがありますから」


 夏目は合理性よりも感情を大事にしていた。


 その夏目が、願いにために感情を失っても仕方ないと割り切る。


 それはどうしても叶えたい願いだからか? それとも合理的に判断してなのか?


「そこまでして叶えたい願いはなんだよ夏目! いい加減教えてくれてもいいだろ!?」


 願いがわからない。説得するうえでこれは厳しいハンデだ。


 俺は夏目の願いを踏みにじろうとしている。だが、その願いはなんだ? 俺のエゴで夏目に捨てさせようとしてる願いはなんだ?


 いつか教えてくれる。それはいつなんだよ。


「今教えるわけにはいきません。もう少し、もう少しなんです」


 やはりまだ教えてはくれないか。


「だめだ。全部俺に吐き出して契約の破棄を決めない限り、俺はお前をここから逃がさない」


 扉を遮るように俺は手を伸ばす。ここから先へは行かせない。そういう意思表示だ。


「どうして……私の邪魔をするんですか? 私を手伝ってくれるんじゃなかったんですか?」


 夏目の言葉にわずかに怒りの感情が滲みだす。


 夏目の願いはまだ叶っていない。言い換えれば、まだ対価の支払いは完了していないということ。


 だったら、夏目にもまだ感情は残っている。


 それを呼び起こさないと、俺に勝機はない。夏目の残った感情に訴えかけなければ俺の言葉は届かない。


 合理的に判断されたら勝ち目なんてハナからないんだから。


 怒りが滲みだすのは、そういった意味ではいい傾向だ。


「そうだな。俺もできるなら最後まで手伝いたかったよ。でも、夏目の対価が感情なら話は別だ」

「どうして……あなたが邪魔をするんですか……」

「俺が元魔法使いだからそう言うのか?」

「……気づいたんですか」

「ま、全部は思い出してないんだけどな」


 正しくは夢のおかげだけど、夏目はそれとなくヒントをくれた時があった。


「ギフト。魔女との契約後も残り続ける力。俺の嘘を見破る力はギフトだったんだな」


 なぜ夏目があの時急にギフトの話をしたのか。それはわからない。


 もしかしたら、夏目は俺に元魔法使いだと気づいて欲しかったのか? 


 元魔法使いだと思い出したからこそわかる。あれは俺のギフトだ。


 突然身に着いたわけじゃなくて、俺が魔法に関する記憶を失ったからそう思っていただけ。契約時からずっと持っていた力だったんだ。


「それを思い出した上で、あなたは私を止めるんですね? 自分は願いを叶えておいて、私には叶えるなと」


 夏目の言葉には、はっきりとした怒りがあった。


「そうだ。言ったろ、夏目を止めるのは俺のエゴだって」


 かつて魔法使いだった俺に資格があるのか? とかそんなくだらない問答は天音さんの店に置いてきた。


 俺のエゴの前に、それはただの雑音だ。


「もう一度言う夏目。契約を破棄してくれ。俺は、お前の感情を失わせたくない」

「あなたは……あなただけには私を止める権利などありません!」


 激情。突然夏目の感情が爆発した。


 その眼は俺を睨みつける。


「俺だけには?」


 なんだ……感情が出てきたのはいいけど、どうして爆発したのかわからないぞ。


 いや、今はそんなことどうでもいい。感情が表に出てきたのなら、俺にもチャンスはある。


 ここが勝負所だ。

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