第31話 折れた心
そうだ。俺には助けたい女の子がいる。俺のために自分を犠牲にしてしまった女の子を、今度は俺が助けるんだ。恩返しに恩返しをしたって何も問題はないだろう?
だけど、自分を勇気付けても、非情な現実がすぐに牙を剥いて俺の気力を奪い取る。今までやったってダメだったんだ。もう無駄なんじゃないかと、弱い心が囁いてくる。
「助けたい女の子?」
まるで自分の事とは思っていない様子の梓に、乾いた笑いが出てくる。
こんなんどうしろって言うんだよ天音さん。
「ああ、そいつは馬鹿な女の子なんだよ」
かつて奇跡を起こした男がもう一度奇跡を起こせるとは限らない。
梓は馬鹿だ。どうして自分を犠牲になんかしたんだよ。お前の感情と俺が失ったものなら、天秤にかけるまでもないじゃないか。なのにどうして。
目の前の梓に問いかけたくても、もう梓はその答えを持っていない。
俺が彼女から施しを受けてしまったから。その現実が俺を毎日苦しめる。
「せっかく命が助かって、普通の生活に戻れたってのに、過去の男のために自分の大切なものを捨てちまった」
どうして俺だけがすべてを取り戻している?
どうして俺だけが当たり前のように生きている?
どうして梓だけが欠けたままなんだ?
どうして俺のために願いなんて使ったんだ?
理屈ではわかっている。俺がかつて梓にしたことを今度は梓がしただけだって。だけど、感情は違うだろ。どうして、どうして、本当はいつも際限なく俺の頭の中では後悔が渦巻いている。
「ほんと、馬鹿な奴だよ」
なんだか無性に泣きたい気分だったけど我慢をして上を向いた。俺に泣く資格なんてない。
願いを叶えたことを否定してはいけない。俺は梓に負けた。受け入れるしかない。わかった、言葉が過ぎた。口では何とでも言えた。だけど、心の奥底ではそんなこと思ってない。なんで俺のために、その想いがずっと俺に付き纏う。
「大雅……」
梓は慰めるわけでもなく、ただ静かに俺を見つめる。
ほんと、どうすればいいのやら。
「……ん?」
ふと、梓の頭に視線が行った。梓のサラッとした前髪に止まっているひとつの髪飾り。かつて俺がプレゼントした流れ星の髪飾りがあった。
「その髪飾り……」
俺はなぜかそれが気になってしまった。
「これですか?」
梓は髪飾りを外して、俺に見せつける。
「大雅がくれたプレゼントですよね。今でもずっと私の宝物です」
「俺があげたプレゼント……」
あの髪飾りはかつて俺が梓にあげたプレゼントだ。たしかそれは、俺が梓へのありったけの想いを魔法に籠めた特別なプレゼント。
魔法をものに籠める。魔法の雑貨屋さんで売っている品物がまさにそれだ。ストレスを軽減する。物覚えが良くなる。そんな魔法が籠められた数々のものは、元はと言えば俺がこの髪飾りに魔法を籠めたことが始まりだった。
つまり、俺の想いが詰まっている。その力が梓に作用すればあるいは。
自分でも何言ってんだと思う。でも、もうそんな奇跡に縋るしか俺にはできない。
ただ普通に感情を揺さぶっても効果がなかったんだから、もう常識外のところに期待するしかない。
でも、あの時俺はどうやってこれに魔法を籠めたんだ? よくよく考えてみると、大事なところの記憶がまだ抜けていることに気づいた。対価として支払ってものは全て返ってきたのに、どうして思い出せない?
逆に、そんな不思議があるからこそ、何かあるのではないかと思ってしまう。
「梓……その髪飾り貸してくれないか?」
「いいですよ?」
「悪いな。すぐ返すから」
梓から受け取った髪飾りをありとあらゆる角度から凝視する。
かつて魔法を籠めたのであれば、天音さんの雑貨と同じように何かしらの効果が出るはずだ。
マグカップなら飲んだ時に、筆記用具なら書いた時に、じゃあ髪飾りはつけた時? でも、梓は毎日つけていても効果がなかった。
じゃあ効果の発動はつけることではないのか? わからない。俺はどんな時に効果が出るようにしたんだ? どうして思い出せない。想いを籠めて渡したのは確かなんだ。だけど、どうしてこれを作った瞬間だけ思い出せない?
もうこれしかないんだ。なんとかしろ俺。反応してくれよ。
叩いても、振っても、祈っても、何の反応もない。
頼むよ。奇跡があるならここしかないだろ。形にした想いを、今こそ相手に届ける時なんじゃないのかよ。
だけど、髪飾りは何も変わらない。ただ無表情に俺を見つめる梓にように、俺の手に冷たさを残すだけだ。
結局、どれだけ時間が経っても、髪飾りは何も応えてくれなかった。
作り主の希望に応えなくて、何が魔法の雑貨だよ。ほんと。なあ。
「よくわからないですけど、満足しました?」
髪飾りを梓に返すと、梓は俺の奇怪な行動を疑問に思いつつも受け取った。
「それ、俺の想いが魔法として籠められているらしいんだよ」
「そういえば大雅がこれをくれるときに言っていましたね」
「なんか感じたりしないか?」
梓が自身の手に置かれた髪飾りを見る。
「……何も感じません」
「そう……か……」
奇跡ってのは、そう簡単に起こらないから奇跡って言うのを再認識した。
なーにがこれならもしかしたらだよ。夢見てんじゃねぇよ。
でもさ、夢見るぐらいしかもうできないんだよな。他に何も思い付かないんだから。
不意に俺の頭に温かい何かが乗せられる。それが梓の手だとすぐにわかった。
梓は俺の頭を優しくなでる。
「どうしたんだよ?」
「わからないです。でも、こうした方がいいと思いました」
「なんで?」
「だって、大雅泣いてます」
「…………え?」
自分の頬に手を当てると、確かに温かい水が滴っていた。
「あれ……なんで……」
慌てて俺は涙を拭おうとするけど、拭おうとすればするほどにどんどんと溢れてくる。
なんでだよ。止まれよ。俺に涙を流す資格なんてないんだから。泣いちまったら、折れちまうだろ。俺が折れたら終わりなんだよ。だから、止まってくれよ。頼むよ。
梓はずっと黙って俺の頭を優しく撫でている。もういいんだ。そう言われているみたいで、俺の心はついに限界を迎えた。
「ごめん……ごめんな……梓」
撫でてくれた梓の手を握って、俺は懺悔の言葉を口にする。
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