エピローグ

第33話 魔女と異端の魔法使い

 梓が元に戻ってから初めての休日。俺は久しぶりに本来のバイトの仕事に戻った。


「やはり私の見立てに間違いはなかったようだね大雅。さすがは私が見込んだ男だ」


 梓と俺に起こった不可思議な現象。そのことの顛末を天音さんに報告したら、彼女は満足そうな表情で言う。


「簡単に言うなよ。俺がどんだけ苦しかったかわかってんのか?」


 心なんてもうほんとに折れてたからな。その辺の俺の苦労わかってる?


 毎日全然寝られなかったんだからな? 本当にわかってる?


「それでも、君は最後まで足掻こうとした。君の行動が奇跡を呼んだんだよ大雅」

「もう2度とごめんだよこんなの。心が持たない」

「まあ、結果的にみんなハッピーなんだからいいじゃないか。私はどちらか一方が幸せになる未来しか見えなかったからね」

「魔女的には結果が良ければそれでいいのか? 説明できないような奇跡が起きたわけだけど」

「当然だろう大雅。みんなが幸せに生きる。それこそが魔女の本懐さ。奇跡だろうがなんだろうが、一番幸せな結末ならそれでいい」


 まじでこの人にあの時の俺の感情を共有したい。


 毎日心がすり減っていく感覚を、是非とも味わっていただきたいわ。


 ただまあ、天音さんの言う通り今回はみんなが幸せになる結末へたどり着けた。梓は感情を取り戻し、ついでに自分が魔法使いであったことも思い出してしまうおまけつき。原因はよくわかっていない。


 俺も記憶を取り戻し、失くしていたものは全て返ってきた。さらに……。


「……じゃあ、これはなんなんだろうなぁ」


 俺は手の平から小さな炎を出現させた。


 手品とかそんなものではない。


 これは魔法。なぜだか俺は再び魔法使いになっていた。


「俺、契約した覚えがないんだけど……」


 魔法使いは魔女との契約によって生まれる存在。魔女の仕事を肩代わりし、その見返りにどんな願いも叶えられる。同等の対価と引き換えにするくそったれな条件付きではあるが。


 俺はかつて願いを叶えて、対価を支払った。天音さんの話によれば、一度契約した魔法使いは再度契約することができなかったはず。


 それに俺は願いなんてもうない。強いていうなら、これから梓とまた一緒に楽しく過ごすことだけど、そんなの魔女と取引するまでもない。


 だから、この現象は完全に意味不明だった。なんで俺が魔法を使えるんだよ。


 まったくわからない。あれ? なんか今なら魔法を使えそうな万能感がある。なんて梓を救えたテンションで脳みそがバグったのかと思って試してみたら、本当に使えてしまったというオチ。


 梓の問題は解決したのに、ここにまた新しい謎が生まれてしまった。


「梓は魔法使いだった記憶と失くした感情を取り戻し、君は梓の記憶を思い出し、そして魔法使いになった。奇跡は色々なおまけをくれたね」


 天音さんはなんか楽しそうだった。自分の考えの及ばない現象が起きて嬉しいんだろう。魔女ってやっぱおかしいよな。


「いやいやどうすんだよこれ? 契約破棄すれば使えなくなるのか?」

「何を言う大雅。君は一度契約を満了しているだろう? 破棄できるのは、現在私と契約をしている魔法使いだけだ。君は違う」

「じゃあ本当にどうすんだよ……俺ずっと魔法使いなの⁉︎」


 魔法使いが魔法を使えなくなる条件は2つ。


 1つは魔女との契約を満了すること。もう1つは契約を破棄すること。


 今の俺はそのどっちでもない完全イレギュラー。つまり魔法がいつまでも使いたい放題の素敵なプラン。いや全然素敵じゃねぇよ。俺もう一般人名乗れなくなるんだけど。


「使えるものは便利に使えばいいだろう大雅。魔女の助手っぽくなっていいじゃないか」

「助手になった覚えないんだけど……」

「魔女の元でアルバイトしているなら、それは実質助手だろう?」

「それは違うだろ」

「とにかく、君の記憶は全て戻り、あげく魔法まで使えるようになった。これからはもっと幅広くアルバイトをしてもらおうかな」

「えぇ……」

「今の君をただこの店に縛りつけておくのはもったいないからね」

「なにさせるつもりだよ……」

「君は私の知る限り、ただ一人世界の理を外れた存在。言ってしまえば異端の魔法使いとなったわけだ。これからも世の幸せのため、存分に働いてもらうとしよう。例えば、今後も他の魔法使いの手伝いとか」

「なるほど、じゃあバイトやめます」

「なに!?」


 そうだよな。嫌になったらバイトをやめればいいだけだよな。


 アルバイトは責任もないし簡単に辞められる。そのことを忘れてたわ。


 こんな胡散臭い店じゃなくて、もっとしっかりした店で働いた方が将来のためにもいいよな。


 魔法の世界とかもうこりごりだよほんと。


「じゃあ今日までってことで」

「ま、待て大雅!? 少し落ち着こう!? 考え直すんだ!?」

「いや、冷静に考えたらこの店で働くメリットがもうないかなって」

「た、大雅ぁ……」


 天音さんの蒼白した顔を見ると可哀そうよりざまぁみろの気持ちが強くなるのはなんでだろう。まあ大体この魔女が俺にしてくれたことなどを総合的に判断すると、残念な結果になるわけだ。


 天音さんが意気消沈していると、入り口の扉が軋んだ音を立てながらゆっくり開く。


「大雅! 迎えに来ましたよ!」


 扉の先。そこには太陽のように眩しく明るい笑顔を見せる梓が立っていた。もうそんな時間か。


「じゃあ話してた通り、この後用事があるんで今日は帰るから。あと、バイトはやめないから安心してくれ。この力をどうにかするためには、まだここにいた方がよさそうだしな」

「そ、そうか大雅! それはよかった!」


 天音さんでも感情を思いっきり表に出すことがあるんだなぁ。


 魔女は合理的だが感情が無いわけではない。そうかもな。


「ところで、今日はどこに行くんだ大雅?」

「梓の髪飾りを買いに行く。この前砕け散ったから」


 髪飾りが砕け散る。そんな表現普通だったらおかしいけど、実際に起きたのだから仕方ない。


 そして、その髪飾りが奇跡を起こしてみせた。かつての俺の置き土産が、時間を経てその役目を果たしてくれた。


 それはこの際置いておいて、梓が大事にしていた髪飾りが無くなったから、また新しいのを買いに行こうと俺が提案したんだ。


 また大切にしてもらえるような、そんな髪飾りを探しに行く。今度は二人で一緒に。


「じゃあ行くか」

「はい!」


 隣で笑う彼女と一緒に、俺は魔女の店を後にした。


 願いと想いが交錯した青春の1ページ。


 俺と梓、二人で紡いだ優しい奇跡の物語はここで一旦幕が下りる。


 だけど、なんの因果か再び魔法使いとなってしまった俺の物語はまだ始まったばかり。


 不本意ながら異端の魔法使いを拝命した俺、高坂大雅の視点で見れば、これは長い物語のプロローグに過ぎなかった。


 けどまあ、それはまた別の話か。

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