第23話 祭典のこと 下
「ミントにレモン、さあ、三人はそこからどう工夫していく?」
「え、えっと……」
パッセは戸惑ったように言葉に詰まる。
「うーん、合ってるかどうか、はこの際置いといて良いんだよな?」
ジルは難しく考えているのか、ついロニーにそう質問する。
「もちろん」
ロニーは頷いた。
「ミントにレモン、俺ならそこに、ローズマリーかな?」
ルーテは少し考えて一番に答えた。
「ミントにレモン……、ミントにレモン、ええ、何を足したらいいんだろう? マジョラムとかかな?」
「俺はライムを加えてみる、と言うのもありか……?」
「三人とも、いい線してるね。けど、その後は?」
「そ、その後!?」
ルーテは驚いたように聞き返す。
「僕ならさらにそこに、ネロリと言うビターオレンジの花の香りでさりげなく華やかさを足しつつ、ラストノートとしてサンダルウッド……、白檀の香りを足すかな。最初に言った、スペアミントかペパーミントか、そこでも変わるけど、僕ならユーカリやサイプレス、ジュニパーといった香りで爽やかに、としても、何を作るかでまた変わるんだ。例えば、香水と芳香剤では全然違うだろう?」
三人は頷いた。
「ああ、そういうことなんだ……」
「それを、なるべく被りなく作る必要があるのよ。相手の手を考え、自分の手を見つめ直し、作品を仕上げて提出する。簡単そうに見えて、結構難しいわ」
「そんな大変なことをしていたんだな、二人は……」
ジルは改めて感心したように言う。
「僕はセラピストの仕事に対して誇りを感じてる」
「私もよ」
「それに、やりがいもあるし、人に教えるのも楽しいんだ。天職だな、って改めて思っているんだ」
「ロニーは才能があるんだろう?」
「うーん、ジル……、どうしてそう思うんだい?」
「なんていうか、説明が難しい……」
「そうか……。才能、なんて考えたことなかったよ。ただ普通にセラピストの資格を取ったら、上手くとんとん拍子で事が進んだ、って感じだし」
「逆に、失敗したこととかないの?」
ルーテは苦笑いして聞く。
「あるよ! 当たり前じゃん!」
ロニーは笑って言う。
「いやー、あの時は大失敗したなぁ」
「え?」
明るく笑いながら言うから、大したことではないのだろう、と三人は思った。
「祭典中に調香失敗してさ、異臭騒ぎになっちゃって、祭典中止になっちゃってさ」
懐かしそうに言うロニーに、レイチェルも引いた顔をする。
「それは大変な事じゃないか!」
ジルはまさかこんな失敗を平然と笑って言うと思わなかった。
「あれ、ロニーのせいだったのね……。というか、何をあんな混ぜ方をしたらあんな匂いになったのよ……?」
「徹夜明けだったからね……。半寝ぼけでイランイランを大量に投下し過ぎた上に、ローズもその倍くらい投入しちゃって……、さらにそこにパチュリを……」
「む……、無理……、それはフォローできない……」
レイチェルははっきりと言った。
「大量に投下?」
「エッセンスは香りの成分を凝縮した液体なの。一滴でもしっかりと香る物は香るわ……。ベルガモットとか、香りの弱いのはそうでもないんだけど……」
「イランイランもローズも、一滴で結構香るからね……」
「それに、フローラルとしては王道の香りではあるんだけど、甘すぎる匂いが苦手、って人にはきついかも……」
レイチェルは困り顔で言う。
「ちなみに、イランイランは『花の中の花』って意味で、エキゾチックな甘い香りなんだ。フローラルな香水でよく使われるよ。工夫すれば甘すぎずって事もできるし」
「パチュリ、とはなんだ?」
「パチュリもオリエンタルな感じの香りで……、うーん、良い墨みたいな感じ。書道とかに使うあの墨ね」
「土の香り、と言う人もいるわ。主にラストの香りね」
レイチェルはそう付け加える。
「ま、僕はサンダルウッドの方が好きだけど」
「それは個人の話でしょ」
レイチェルは笑った。
香りの奥は深い、三人はそう思ったのであった……。
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