第3話 疑惑

「女王陛下、大変です!」

一人の兵が息を切らせて走ってくる。

「何事です? 客人の前ですよ」

「も、申し訳ありません。しかし、急ぎお耳に入れたいことが……」

「少々失礼します」


女王と兵は席を外す。

「どうしたのです?」

「それが、最近巷で異世界から侵略者『herbicideハーヴィッシーズ』が増えているというウワサを耳にしまして……。彼らもその一味かもしれません」

「そんな風には見えませんが……?」

「人は見かけには寄らぬと申します」

「そうかもしれませんが、様子を見ましょう。よろしいですね?」

女王は余計な不安でいたずらに心配事を増やしたくはなかった。

「かしこまりました……、ご命令とあらば」

兵は頷いて了承し、二人はロニーたちのところへ戻る。


「あなた方に滞在していただく部屋を用意させておきましょう。すぐにその、『アローニ』に帰れるよう、私たちももう一度調べてみます」

「僕たちにも手伝わせていただけますか?」

「ありがとうございます、ですが、一部の資料は王族の機密となっており、限られた者しか見ることが叶わぬものもございます。すべてというわけには参りませんが、よろしいですか?」

「それはもちろん……、構いませんけど」

「本当に嬉しいです。こちらも割ける人員は限られており、なにせ資料は膨大でございますから……」

女王は申し訳なさそうに言った。


「では、支度が出来次第部屋を案内させましょう。滞在中は、こちらの『ジル』と『パッセ』がお世話係としてお手伝いしますわ」

ジルと呼ばれた青年と、パッセと呼ばれたまだ少女の面持ちのある女性が会釈する。

「僕はジル。……パッセの兄です。」

「私はパッセです。よろしくお願いします。お二人の名前を聞いてもよろしいですか?」

「もちろん。僕はロニーって呼んで。よろしく、ね、ジルさん、パッセさん」

「私はレイチェル、ロニーの助手兼弟子、って立ち位置になるわ。よろしくお願いします」

「ロニーさんとレイチェルさん、ですね」

パッセは明るい笑顔で人懐っこく言う。

「……準備に行くぞ、パッセ」

「あ、兄さん待って! 失礼します」

ジルはパッセの腕を掴んでいそいそと準備に向かった。


「ジルは無口で不愛想ではありますが、仕事は的確にこなします。パッセはあの通り、明るく元気な娘です。何かあればすぐに言ってくださいね」

「ありがとうございます」

二人は準備が終わるまで、城内を案内してもらうこととした。


「ここは……」

「ここは図書館ですよ」

案内役を担っていた兵が言う。

「図書館かぁ……」

ロニーは感慨深そうに言う。

「お入りになりますか?」

「良いんですか?」

レイチェルは目を輝かせる。

というのも、レイチェルは本が好きだ。

これは長くなるな、とロニーは内心で思ったが、止めることはしなかった。

部屋が用意されるまでどのくらい時間がかかるか分からない。

時間をつぶすには、うってつけの場所だと思っていたからだ。


「こう、本に囲まれている場所って落ち着きますね」

レイチェルは恐らくハーバティに来た中で一番の笑顔で言う。

館内の景色などは二の次のようである。

「キレイなところだな……」

ロニーは館内のステンドグラスなどに目を奪われている。

兵はその様子を、どことなく微笑ましい気持ちで見守る。


「もしよろしければ、本の中をご覧になっても構いませんよ」

「わあ! ありがとうございます!」

レイチェルは礼を言うとほぼ同時に本を手に取った。


「凄い……、けど、読めるところと読めないところが点在してるわね……」

「分からないところは私にお聞きください」

兵は笑顔で言った。

ロニーの脳裏に、以前記憶喪失になって迷い込んできた楓香に対してレイチェルが世話をしていた時のことが浮かんだ。

そのレイチェルが、今度ハーバティの兵に同じことをしてもらっている。

ロニーは微笑ましくその様子を見守った。


いつしか、ステンドグラスから差し込む光も赤みを帯びていた。

「もう夕方だ……」

ロニーはしみじみと言った。

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