第39話 家族の食卓

ルークが恨めしそうに料理の数々を見つめる。

早く食べたくて仕方がない。

そう言いたいのは、ルーテも母も分かっていた。

「もうちょっと待ってろよ」

ルーテは容赦なく一言いう。

「お預け食らった犬になった気分だ」

ルークは唇を尖らせて言う。


「父さん、そろそろこっち来なよ」

ルーテはそう言ってリビングに顔をのぞかせる。

「ああ、わかった」

父はそう言って、ソファから立ち上がる。


「さっきから良い匂いだとは思っていたが……」

「今日もご馳走だね」

「ほら、良いぞ。待たせたな」

「ちょっと! 僕のことを犬かなんかと思ってる?」

ルークはルーテの言葉に、思わず唇を尖らせて抗議する。

「冗談だって。だが、みんな揃って食べた方が良いだろ?」

「それは、まあ、そうなんだけどさ」

ルーテは満足そうな笑顔なので、ルークは言い返しづらくなる。

「では、いただこうか」

父はそう言って音頭を取る。


「ところで、これは……?」

ルークは貝と魚の料理を指さす。

「アクアパッツァ、という料理だ」

「アローニの料理でね、魚介類と白身魚、トマトとオリーブオイル、白ワインで煮込んでみたのよ」

「ロニーたち、兄さんにそんな料理を教えてくれたの?」

「いや、これは違う」

「そうなの?」

ルークは軽く頷いた。


「俺がレイチェルから教わったのは、カプレーゼという簡単な奴だ」

どれのことだろう?

ルークはキョロキョロと料理を見比べる。

ルーテは思わず笑みがこぼれる。

「ほれ、そのトマトを切ってある奴だ」

「でも、これはこれでキレイだね。トマトの赤と、白と、バジルの緑で」

「白いのは、モッツアレラチーズだ」

「モッツアレラチーズって、パンとかに乗せて焼いたらビローンって伸びるやつ?」

「まあ、その認識で間違ってはいないな」

ルーテはルークのたとえに、思わず大笑いしそうになるのをこらえる。


だが、ルークはルークなりに考えて言っている。

その為、ルーテはあまり大笑いしないよう注意を払っていた。


「このソースの物は何だろう?」

赤いソースに、団子のような物が入っている。

「あら? あなたはお忘れなのね」

「うーん?」

父は記憶を探る。


「……あ!」

「思い出したかしら?」

「ああ。これは、トマトソースのニョッキか!」

「そうよ。モカの得意料理だったわ」

「ああ、モカが良く作ってくれたことをなぜ今まで忘れていたんだろうな……」

「私があまり作らなかったからよ、きっと……」


母はモカの書いたノートを大事そうに握っている。

「それは……」

「ええ、モカから預かったの。レシピノートです」

「そうか……」

父はトマトソースのニョッキを口にする。


「美味い!」

「良かったわね、ルーテ」

母はそう言って笑顔でルーテを見る。

ルーテは少し照れたように顔がほんのり赤い。

「モカのトマトソースのニョッキと大差ないな!」

「そ、そうか……?」

「ああ。味と言うのは、食べた時に案外分かるもんだ。それが昔でも、覚えているものなんだなぁ……」

父はしみじみと言う。

「母さん、あの……」

「なあに?」

「モカ母さんのノート、書き写しさせてほしい」

「もちろんよ」

母は優しく微笑んで、トマトソースを口に付けているルークの口をティッシュで拭った。

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