第30話 善意の偽証/欺瞞の代償②

 普段は見せない強気な態度を見せると、二軍女子二人は嫌そうな顔をした。


「あたいらの邪魔するつもり、浅丘」


 下克上を狙うだけあって、二人は話しくらい聞いてくれるらしい。

 独裁のような野蛮な権威が望まれない以上当然のアピールだろうけど、親切じゃないか。


「友達として見られていないって、そう思ってショックだったから問い詰めているんですけど」

「そうか、なら認識が間違っているみたいだ。正直、友達にだって趣味を隠すことはあるだろうにやけに大袈裟だと思ってさ。信頼していなかったんだな」

「だから、鈴芽が勝手にこうやって信頼を落としたんでしょ!」

「鈴芽じゃなくてお前らに言っているんだ」

「はっ……はあ? 何を」

「信頼していなかったから、こうして事情も訊かずに責め立てている。そうだろ?」


 すると、俺の言葉に二人は一瞬黙り込む。

 単純に言い返せないのではなく、ただ勘違いしたことによる動揺を伺わせる。


 鈴芽に証言を変える気がない以上、現状の印象はあまり良くないままだから手を打つ必要があった。

 こう言っておけば、これ以上鈴芽の評判が誘導で落とされることもないだろう。


 一軍という立場の威厳を保てなければ、舌戦にて二人を打ち負かしたとしても後遺症が残ってしまう。

 試合に勝って勝負に負けたんじゃ、意味がないからな。


「要は、鈴芽がお前らを友達として見ていなかったんじゃなくて、お前らが鈴芽を友達だと見ていなかっただけにしか聞こえないって意味だ」

「はっ、ははっ、正論マシンが何を言うかと思えば論点をズラしているだけじゃないの……少し怖がって損した気分だわ」

「ほんとそれ……関係ない癖に、今更ヒーロー気取りって訳? 残念、誰も望んでないから引っ込んでいてよ!」


 下克上の場に水を差したのが恐れられている俺でなければ皆から罵声が飛ばされていたに違いない。

 治安が悪いともとれる件について、クラスメイト達があーだこーだ言いつつ内心では胸を昂らせている……それは間違いないのだから。


 言わば今の俺はこのクラスにおいて邪魔者……いや、悪役になったのだ。

 だが安心してほしい……これでも悪役を演じるのは慣れている。


「論点ずらし? ああ、今の話はお前らにしていないからな。ギャラリー向けに説明してやっただけさ」

「…………」

「なっ、何の意味があるってんだよ」


 片方は意図が読めず戸惑っている様子。もう片方は下唇を噛んで黙ってしまっていた。勝手に本題だと勘違いした結果、恥じらっているのだろうか。

 流石に二人相手だと分が悪かったので丁度いい。声が大きい相手は黙らせるに限る。


「それに関係ない話じゃない。言っただろ? お前らが事情も訊かずに責め立てているから、俺がこうして説明しようとしているんじゃないか」

「なっ……事情って、見ての通りでしょ。鈴芽も黙っているって事は認めているも同義じゃないの?」

「鈴芽が黙っていることにも事情があった。俺や鼓の許可も取らず、勝手にコスプレパーティーのことを話す訳にはいかなかったからな」

「…………ひゃ?」


 素っ頓狂な声を出したのは二軍女子二人ではなく鈴芽だった。

 身に覚えのない荒唐無稽な話を突然されて驚くのも無理はないだろうけど、なんて声出しているんだよ。


「ちょっとしたおふざけの延長だったが、週末にコスプレして撮影会を開いたんだ」

「ちょっ――」

「鼓が提案したんだ。なあ、そうだろ?」


 話を合わせるよう鼓にアイコンタクトを送ると、頷いてくれた。

 鈴芽に余計な事を言われないよう畳みかける。


「ああ。真琴の言う通りだ。俺がふざけたことが、こんな大事になるなんてな」

「うっ、嘘だよ。そんな訳ない」

「そうよ……作り話でしょ。もう撮影会をしたって過去形なら、こうして学校に持って来る理由って何よ」

「話は終わってないが? 撮影会が楽しかったもんだから、ゲームで負けた奴が学校で着て写真撮ろうって賭けをしたんだ」

「罰ゲームってこった。信用だかなんだかほざいていたが、鈴芽が話せる訳ないだろ……元々三人の秘密だったのに加えて、言ってしまえば写真を撮られることが想像に難くない」


 鼓が話を合わせてくれたことで、一気に信頼性が上がっただろう。

 趨勢は逆転したと考えていい。


 さっきまで追い詰められていた鈴芽は呆れながら苦笑している。

 真っ赤な嘘だと知っているから、おかしく思っているんだろう。

 クラスメイト達もまた納得した空気を形成し始めている。


 ――バンッ!!


 そこで追い詰められた女子が机を強く叩き、注目を集める。


「じゃっ、証拠! 証拠出しなさいよ! 撮影会って言うんなら、写真の一つでもあるんでしょう? ほら早く!」

「証拠無いなら、あたいら絶対信じないし!」


 厄介なことに、未だ作り話だと疑っているらしい。

 焦りもあるだろうし、嘘であってほしいと願っているんだろう。


 実際、作り話である以上、いつかボロは出てしまう。

 証拠を求めてくるのは自然な流れだが、ここまで根気強いとは思っていなかった。


 けど残念……偶然にもはっきりと証拠として提示できてしまうものがあったのだ。

 じゃなければ、元よりこんな作り話は展開できなかっただろう。


「あんまり見せたくないけど、そうだな……証拠って言うなら俺じゃなくて鈴芽が見せた方が早いよな。あの写真見せていいぞ」

「えっ、あの写真?」

「……俺のコスプレ写真。持っているだろ? あれ見せていいぞ」


 鈴芽は一瞬何のことを言っているのかわかっていない様子だったが、すぐに察してくれたみたいだ。


「あっ、あーしも見せたくないんだけど……仕方ないよね。じゃあ、はい。これ」


 皆に向けたスマホの画面には、俺が中々格好つけたポーズをしている姿が写っていた。

 路地裏の雰囲気も合って映えが良い……実際には盗撮されたものだなんて思いもしないだろう。


 コスプレ写真が晒されることになったが、本当に上手く撮れていてよかった。

 犠牲を問うなら最も軽いものだろう。

 実際、俺だって恥ずかしいけど、この際見られることに慣れようとポジティブに考えた。


 というか、鈴芽……見せたくないって何だよ。

 俺を揶揄う為に盗撮したんだから、もう削除しておけよ。

 削除していたとしても、俺とのチャットルームに添付画像として残っているから、いつでも復元できる状態ではあるんだろうけどさぁ。


「……嘘。本当に言っている訳? あたいらが何も知らなかっただけってこと!?」


 作り話だと思っていた二人は顔を真っ青にしていた。

 証拠が出るとは思っていなかっただけに、赤っ恥をかいたな。


「なっ、なんで鈴芽ちゃん……こっそり教えてくれれば――」

「教えていれば、何? あたしを陥れる方法を変えただけでしょ」

「それはっ……」


 鈴芽も調子が戻ったのか、いつもの強気な態度が戻ってきたみたいだ。


 そして話が本当だと信じてくれたのか、クラスメイト達は俺に対して無言で期待の視線を送ってくる。

 なるほど、鈴芽の写真が気になっているらしい。

 素の容姿が良いのとギャップを見たいと考えれば当然の反応だろう。俺も見てみたいと思うし。


「悪いが鈴芽のコスプレ写真は他人に見せたくないな。どうしても見たいなら、鼓にでもお願いすることだ」

「鈴芽のコスプレ写真を見たいならまず兄である俺に土下座しろ。話はそれからだ」


 普段はあまりウマが合わないような関係だが、鼓は鈴芽のことを家族としてきちんと大切に想っているから、上手く誤魔化してくれると思っていた。

 期待通りだよ。


「しかしな、ちょっとスリルを求めたんだが、こりゃもう出来ないな」


 ざわっとクラスの空気が変わった。

 万が一にも鈴芽のコスプレ写真を見ることができる機会を失ってしまった。

 この責任はどこへ問われるのか……そう疑問を焚きつけた訳だ。


 すると、プライドを捨てたとある二軍男子が鼓の前に歩み寄って……膝をつき始めた。


「鼓くん。ぼっ、僕――」

「あっ、ボールペン折っちまった」

「ひいっ!?」


 鼓に対して土下座する前に、鼓が容赦なく威嚇してやめさせた。

 いつもふざけている男子だったからか、周囲からは笑い声が響く。


 しかし、よく見ると鼓の手からは赤い液体がポツリと零れていた……ボールペンのインクが出てきてしまったんだろう。

 見せるモノがないのだから断るしかないんだが、手品にしても本気が過ぎるだろ。


 さっきまで鈴芽を陥れようとしていた二人もまた、鼓を見て完全に怯んでしまったようだ。


 その時、丁度チャイムが鳴った。

 とっくに昼休みの時間ではあったが、今更お祭りの終わりみたいに教室から生徒達が外へと排出された。


「……ありがとう、真琴」


 流れる最中、さり気なく鈴芽の声が介護から聴こえた。

 振り返ると何故か顔を逸らされて、教室から出て行ってしまった。


 詩衣を探すも残念ながら女子友達に奪われてしまったみたいだ。

 まあ友達としてクラスにアピールしたばかりだが、俺が出しゃばる真似をした以上は、少し距離をおいておくか。


 さて俺も昼を食べようとした時、スマホに通知が鳴った。

 柚木がコスプレ写真を上手く見ることができなかったらしく、見せてほしいと言われてしまったので、SNSからダウンロードして転送する。


 予想はしていたが、すぐに沢山の褒め言葉が並べられ気分が良くなった。

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