第9話 お見合い①

 可憐な姿に目を奪われる。


 いつもSNSにアップされているお洒落した香月の姿を生で見ることができた事の感慨深さは山よりも高く海よりも深い。


 お見合い相手が本当に香月詩衣だったことよりも、かくありき美しさに言語を絶した。


 放心していると、ぞろぞろと彼女の両親や俺の祖父も入って来る。

 テーブルを囲み、本格的な話し合いが始まろうとしている中、俺はどうすればいいのかわからなかくなりながら前に倣った。


 上の空でいる間に料理がテーブルへ並べられ、対面の席に座っていた香月の顔を見ながら動揺を顔に出さないよう必死だった。


 今は平然としているが出会いがしらの驚いた顔を思い出すに、香月は相当な覚悟を決めていた気がする。

 香月の事を四六時中考えている俺だからこそギリギリ見逃さずに済んだ。


 つまり、彼女にとってお見合いそのものが望まぬことである可能性があるという事だ


 何故なら、俺もまた望まずして駆り出された身……俺一人の都合で彼女を許嫁にするなんて言語道断。


 一歩間違えれば、これまで毎朝の挨拶を返すという俺の精一杯の努力が無に帰すどころか、最悪の場合では香月に嫌われてしまう可能性だって否めないしな。


 それにしても……誘拐騒ぎの時は取り乱していたが、いつもの落ち着いた態度を取り戻した香月からは淑女としての気品を感じる。


 そこで、香月が俺の顔をまじまじと見ている事に気が付いた。


「ふふっ、落ち着いているんですね」

「…………ふっ」


 本当は緊張して何も言葉が出ないだけなのだが、憧れの人に対してそんな醜態を晒せる筈もなく、作った笑顔を見せる。


 しかし更に納得のいくような顔をされてしまった……逆効果だったのかもしれない。


「私は、聞いていなかったんですよ? お見合い相手が浅丘くんだなんて」

「……だろうね」


 俺も同じように思った事から共感の意を示そうと頷くと、香月はややツンとした顔になる。


「浅丘くんは知っていたみたいじゃないですか……不公平だと思います」

「いやいや、俺も知らなかったぞ」

「えっ、知っていたから素直に付いてきてくれたのではないんですか?」


 誰が素直に付いてきたんだ?

 手足を縛られて荷台に乗せられた数分前を思い出す……あれ、香月も見ていたよな。


 違和感を覚えながらも横にいる親からの圧力を感じて無難な回答をしてみる。


「香月がいたから信頼したんだ」

「そっ、そうなんですか……なるほど、そうなんですか」

「そうなんだよ」


 すると、顔の筋肉を強張らせて、わかりやすいポーカーフェイスを見せられる。

 変な事は言っていない筈だが、何か楚々をしただろうか。


「話には聴いていたんだが、真琴くんは本当に知り合いだったんだね」

「知り合いだなんて……クラスメイトらしいじゃないですか、ねえ詩衣」

「はい。クラスメイトです」


 緊張して頭が回らない事を内心悔やんでいると、香月の両親が話に入ってきた。

 さっきから俺と香月しか話していない状況が気まずかったので、ホッとする。


「詩衣と同じ京廷学院高等学校に通っている事までは知っていたさ。でも、あそこはマンモス校だしまさか同じクラスだなんて普通思わないだろう? なあ真琴くん」


 え、何……?

 香月は母親に同意していたけど、俺は父親の方に同意した方がいいのだろうか。


 なんだか香月の両親に亀裂が見えるんだけど、気のせいだよな?

 よし、ここは本心を語るしかないッ!


「えっと……あ、はい。そうですね。香月さんの事は去年の頃から有名で、SNSでも話題になっているのは知っていたので、まさか同じクラスになれた事には運命を感じます」

「これはこれは……思っていた以上だよ。特別に詩衣を名前で呼ばせてあげよう」

「……ハイ」


 本心を語った結果、素のストーカーが出てしまった事を言った後に気付いた。

 何故か香月の名前を呼ぶ権利を得ることが出来たが、絶対にドン引きしている筈だ。


 実際、空間の中では食器の音だけが響いている。

 泣きそうな本心を完璧なポーカーフェイスで隠していると、沈黙を破ったのは香月だった。


「……まさか私もクラスメイトの浅丘くんがお見合い相手だとは思いもよらず――」

「詩衣……一応これから許嫁になる相手なのだから、浅丘くんではなく真琴くんと呼ぶべきですよ」

「真琴くんがお見合い相手とは予想外で、運命的に考えるのも無理ではないのかな……って思いました」


 ぎこちなく口調で俺の言葉を肯定してくれるような物言いをしてくれるが、あくまで香月の優しさなのだと身に染みる。


 無理ではないのかな……つまり、私は無理だけどそういう人もいるよね(笑)という意味を孕んでいるに違いない。


 気を遣わせてしまった事に情けなく感じながら、やはり香月は本心からこのお見合いを望んでいないのだと気付いた。


 だとすれば、俺が許嫁になる事を望んでいるような今の状況こそ、香月にとって悩みの種なんじゃないだろうか。


 さっきから何かを我慢しようと表情筋を硬くしている理由にも説明がつく。

 アウェイな状況ならば、この俺自身が味方である事を示さなければいけない。


 そこで、香月の父親へと向き合う。


「あの、質問と言いますか……お聞きしたい事があるんですけど」

「なんだい? 遠慮しないで言ってごらんなさい」

「大切な娘の許嫁に、自分を選んだ理由についてです」

「……なるほど。気になるのも当然だ」

「何か、深い理由があるんですか?」

「君はどう思う?」


 おいおい、裏があるなら早く教えてほしいのに……ボロを出させるどころか、俺を試すような物言い……回答を間違えれば香月にダサいと思われてしまうかもしれない。


 だが、ここで逃げる訳にはいかない。


「……俺の妹が目的なら、期待しないでもらった方がいいですよ」


 その存在の重さを知っているからこそ、言ってはならない問いを口にした。

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