第24話 休日デートはコスプレと共に③
一時しのぎに逃げたところで、落ち着きは収まらない。
こういう時はどうすればいいんだっけ……と考えながら、一つ良い事を思いついた。
「アレだ、こういう時は開き直って演劇の役者だと思えば……いや、それはまだ恥ずかしいし、ちょっと格好つけるだけだ」
台詞は恥ずかしくて無理だ……せめて自分が写真に撮られるモデルのように考えよう。それくらいなら出来る気がした。
丁度スラムっぽい雰囲気もある小道なのだし、もし本当に写真でも撮れば絵になるだろう。
そう自己暗示をかけて幾つかポージングしていると、パシャっと怪しげな音が聴こえた。
そうそう、ここで写真を撮ってくれれば――。
「っ!? だっ、誰だ!」
間違いなくカメラのシャッター音だった。
ポーズを取るのに集中していて、近づく何者かに全く気付かなかったのに加え、反応が遅れてしまった。
走って逃げる足音を追いかけようとしたし、顔の一つくらい撮ってやり返そうと思った。
が、スマホのカメラを起動した時点で冷静になり足を止めた。
「……ちっ」
足音の方向はビル前の噴水とは真逆。
ひとたび大通りまで出てしまえば、大衆に紛れ逃げられてしまう。
幸い撮られたとて横顔だ。知り合いに撮られた訳でもなく物好きが好奇心で盗撮したに違いない。
「そうであってくれ」
兎に角、道草を食ったせいでもう戻った方がいい頃合いなのだ。
今日はあくまで詩衣とデートに来たのであって、これ以上時間を取られたくない。
ふと、自分でそう考えた事に驚いた……周囲の目が気になって落ち着かなかったが、結構楽しめているみたいだ。
「もしかしたら、詩衣と離れたから落ち着かなかったのかもな」
そんな気がして、待ち合わせ場所へ急いだ。
しかし、噴水周りを見渡してもまだ来ていない。
なんだか嫌な予感がして、再びビルの中へと入って詩衣を探すことにした。
早く、詩衣に会いたかった。
もし見つからなかったら、そんな一抹の不安を胸に足は止まらない。
ストーカーとして、人に紛れた中でも詩衣を見つけるのは得意だ。
流れ動く人々を避けながら、目立つ桜色の髪を探してみれば、彼女はすぐに見つかった。
「なぁ、ちょっと付いてきてくれるだけでいいんだって。友達に自慢したいんだって」
「申し訳ありませんが、お断りします」
しかし、そこには詩衣の腕を掴む男の姿。
声があまり周囲の人々はあまり気にしていない様子だった。
「おい、あんた」
「……えっ、俺?」
声をかけた途端、すぐに腕を離し俺の方へと怪訝な視線を向けられる。
「あんただよ。うちのお嬢様に何の用だって聞いているんだ」
「いや、お前こそ誰だよ」
「彼女の執事みたいなもんだ。悪いけど、質問に答えてくれないかな」
「……ちょっと連れのところへ付いてきてほしかっただけだって。詩衣ちゃんみたいな有名人に会えたのに、声だけかけて終わりってのも虚しいじゃん」
名前を出していなかったのに、男は詩衣だと知っていて近づいたらしい。
馴れ馴れしい言い方も含めて、恐らくSNSなどのファンだろうか。
「その為に、お嬢様の腕を掴む必要はあったのか?」
「握ってないって。そんな、ファンに見られたら殺されちゃうことしないって……俺も詩衣ちゃんのファンなんだからさ」
「握っていただろ」
「やだな~、どこにそんな証拠があるって言うのさ」
チラッと詩衣を一瞥すると、怖いのか少しずつ俺の背後へと移動している。
彼女の口から証言すれば、男を捕まえることも出来るだろうけど、そうなれば詩衣のデートプランは崩れてしまう。
それは……嫌だな。
「あくまで白を切って来るのか。はぁ……なら、確かめてみるか?」
「確かめるって、どうやって――」
手に持ったスマホの画面を見せると、流石に男は黙ってしまった。
まさか瞬時に写真を撮られたとは思わなかっただろう。
予め盗撮野郎対策にカメラを起動しておいたのは不幸中の幸いみたいだ。
「おっ、お前はなんなんだよ! 変な恰好しやがって……まさか詩衣ちゃんの彼氏とか、すんじゃねぇのかよ」
「お嬢様のSNS見ているなら、護衛がいることくらい知っているだろ? それとも、知らなかったのか?」
メイド長を始めとする詩衣の護衛は変わった衣装を着ている。
初めは誘拐騒ぎのせいで気付かなかったが、彼女らは時々詩衣のSNSでスタッフも務めていた。
本当にニワカでないなら、察しが付くんじゃないだろうか。
「ま、待ってくれ。悪かったよ……マジで。でもさ、有名人に会ったら友達に自慢したくなっちまうだろ?」
「悪いが、有名人は自慢の道具じゃないし、お嬢様は怖がっていた」
「……すみませんでした!」
「い、いえ。はい」
「それで、護衛の人も一緒なら付いてきてくれますかね?」
「お断りします」
謝罪した割に懲りない奴だ。
スマホの画面を見せながら睨むと、男は縮こまって去って行った。
……俺だって、以前なら街中で詩衣を見つけた時、魔が差してしまったかもしれない。
きっと男は嘘偽りなくファンだったのだろう……ただ興奮に身を任せて距離感を間違えた。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます。やっぱり、真琴くんが近くにいると安心します」
「ん?」
「さっきまで不安で不安で、強く言い返せなかったんです。でも、今はすごく安心しています」
「悪かったな。遅くなったみたいだ」
「いえ、王子様としてはグッドタイミングだったと思います」
「……? よくわかんないけど、なら良かった」
ヒーローは遅れてくるみたいな……そういう感じ? まあいいや。
結果論だけど、盗撮野郎を追いかけてなくて正解だった。
そう考えると……ストーカーで良かったぜ。俺でなきゃ、見逃していたかもしれない。
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