第25話 休日デートはコスプレと共に④

 色々あったが、日が落ちるまで詩衣に連れまわされ楽しい時間を過ごすことができた。

 そして最後、夕食の為に連れていかれた場所は――。


「コスプレバー?」

「はい。コスプレをしていないと入れないお店で、あの服屋と同じく私がよく通っている店でもあります」

「そうなのか」


 バーってことは、お酒とか出るんじゃないのか? …………まあいいか。


「ここでなら、ジャケット脱いでもいいですよね?」

「……脱ぐのは二人きりの時だけって約束じゃなかったのか」

「あっ……いえ、確か〝だけ〟ではなかったはずです。それに、折角なら勝負服を見せたいじゃないですか」


 勝負服って何だよ……変な意味で言ってないよな?

 てか、よくよく考えたらどうして俺だけ恥ずかしい恰好されて、詩衣はジャケットで隠しているんだって話だ。


 まあ、コスプレバーというくらいだから、ここではそれが正装っぽいけども。


「いらっしゃい。あっ、詩衣ちゃんおひさ~」

「お久しぶりです。マスター」


 マスターと呼ばれた女性……このバーのミストレスは、魔法使いのコスプレをしていた。

 凛々しく大人の風格を見せているが、妙な感覚を覚える。


 それはそうと、あまり気にしていなかったが俺の着ている衣装も一応コスプレになるんだろうか。

 一応、男性用のコスプレ衣装とは紹介されたけど、衣装の詳細については一切の説明を受けていなかった。


「なにその子、詩衣ちゃんの彼氏?」

「はい。そうなんです」

「それ、流浪の剣士のコスプレだっけ。高かったでしょう」


 サラッと詩衣が秘密にしていた俺の立場を晒して、唖然としてしまった。

 加えて、やっとこの衣装の正体を知ったぞ。


 布薄いし防御力は無さそうだけど、そっか……剣士のコスプレだったのか。

 値札は直接付いていなかったし、会計は詩衣がしてくれたから知らなかった。


「なんか気まずいそうな顔ね」

「い、いえ……一応その、詩衣とのお付き合いは未公表なので、教えたということは信頼できる人なんだな、と思いました」

「うーん、ただの店長と客の関係なんだけどねん」

「そんなことはありません。よく相談にも乗ってもらっていますから」

「何よ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。今日の詩衣ちゃんはご機嫌ね。彼氏のお陰かしらん?」

「えへへ、わかっちゃいますか~」

「もちろんね~。そんじゃ、腹を空かせているみたいだし……注文決めてね」


 マスターさんは距離感を考えているみたいだが、二人の談笑を見れば仲が良いのは直感で理解できた。


 メニューを確認すると、バーとは思えないくらい様々な料理がメニューには載っていた。

 大体なんでもある……小さなお店っぽいのに、なんでも作ってくれるみたいで、裏にいるシェフは優秀らしい。


 まあワイン関係のメニューもあるらしいので、強ち間違いとは言えない……のか? 未成年の俺にはよくわからないな。


 注文を終えると、ニコニコした顔のマスターさんにじっと見つめられた。


「もしかして彼氏くん、コスプレ初めて?」

「あ、そうですね。初めてです」

「はは~ん。そっかそっか……緊張したでしょ。ゾクゾクしたでしょ。私もそうだったわん」

「緊張はしましたけど、ゾクゾクはわかりません」

「その割に他に誰もいなくて安心していそ~だけど?」


 確かに今は他に客がいないらしく少しは気が楽だ。

 予約制みたいだが、人気店で混んでいる訳でもない……その分価格が高い訳でもないのは、ちょっと違和感を覚える。


「ふふっ、貸し切りで良かったわねん」

「ん……?」

「あら、言ってなかったの? 貸し切り予約って」


 詩衣はマスターさんの言葉に返答せず、何故かニコリと笑っている。


「も~、詩衣ちゃんったら気遣いは良いのに伝え方がへたっぴよん。ちゃんと言ってあげないと、彼氏くんがダメ人間になっちゃうんだから」

「心配には及びません。言わなくても真琴くんはきちんとわかってくれますから」

「デレデレしちゃって~! やっと、欲しい人が見つかって良かったわねん」

「はい!」

「彼氏くんも、ファイト~」

「……はい」


 恐らくマスターさんは俺が何も気付いていないことを察してくれたらしい。

 密かに励ましてくれたが、元より詩衣に対して理解を試みる姿勢には変わらない。


「あっ! もしかしてさ、例の催眠ハッタリ作戦ってその為の……え~上手くいったの? 上手くいっちゃったの?」

「そうなんです! 以前、マスターさんに言われた通りに実践したのですが、上手くいっちゃいました! ほんとに感謝してます!」

「どういたしましてだよ。正直、上手くいっちゃったことに結構驚いているけどね」

「私も驚きましたよ。真琴くんったら全部見抜いて、その場で告白もして頂いたので……あの時のときめきは忘れません」

「……えっ?」


 突然マスターが始めた話題に、一瞬何の話題なのかわからなかった。

 しかし、催眠というワードには反応せざるを得ず、脳をフル回転させることで結論へと至る。


 見抜いてって? ハッタリ?

 え、もしかして催眠とか全部嘘だってこと……?


 何か俺が勘違いしていた事実へと辿りつく。


「良かったね~! まあ誰にでも見抜けると思うけど……あららっ、思ったより面白い反応」


 マスターの目にぎくりと背筋が凍る。

 もしや、俺が勘違いしていたことをこの一瞬で見抜いたんだろうか。


「真琴くんは求めている役に興じてくれる最高の彼氏なんですよ」


 小恥ずかしいくらいに褒められて、動揺を見抜かれていた事なんて一瞬で吹き飛んだ。

 男は単純なものである……彼女の喜ぶ顔を見てしまうと、大抵のことが気にならなくなる。


 ……いや、多分後々にまた気になるとは思うけど。


「詩衣ちゃんの雰囲気に惑わされちゃったら、どんな男もそうなっちゃうわよ」

「マスターもですか?」

「う~ん、私はこれでも年上専門だからねぇ。たとえ詩衣ちゃんでも私は落とせないわよん」

「……?」

「ふふっ、面白い顔」

「ああ、真琴くんは初めてなのでご存知ないと思うのですが、マスターさんは男性の方です」

「……はい?」


 マスターさんは女性の方が好きな女性ということなのだろうか……そう考えたのも束の間、信じられないことを言われて戸惑った。


 どうみても女性の顔に女性の声……だというのに、男?


「驚いた? 生まれつきこういう声なの。それでコスプレしたら、もう女の子なのよ」

「あ……はい。今年一番驚いたと思います」

「むっ、一番って……私とお見合いした時よりもですか?」


 すると、何故か詩衣が対抗意識を孕むように口を挟んだ。


「も~、妙な嫉妬しないの! 彼氏くんが一番驚いたのが私の性別だったとしても、一番感動したのはそっちかもしれないのよん?」

「なるほど。そういう事だったんですね!」

「……そうだよ」


 そのちょろさは間違いなく今年一番信じたくなかったけどね。


「詩衣ちゃんから彼氏くんを取ったりはしないから、安心してほしいわ」

「そこはまあ……信頼していますもん」

「信頼だけじゃなくて……まあ彼氏くんにも話しておけば解決かしら。私は心も女の子って勘違いされがちだけど、心はちゃんと男だし女性が好きだからねん」

「結構、ノリノリで女性っぽい話し方をしていると思いますが……」

「そりゃそうよん。コスプレ中は役に興じてこそ楽しいものじゃない。それに、これも魔法のせいにしちゃえば、不思議じゃないでしょ?」


 意味そのものはわからないけど、敢えての言葉選びが刺さった。

 何でもかんでも詩衣の好意を催眠の効果と言い訳していたけど、それは本物だった。

 思い込むことで都合の良く自分の世界を彩るのは、辛いことを忘れられるし気持ちが良いだろう。


「それでこそ、現実に振り返った時、スッキリした気分で頑張ろうって思えるのよん」


 マスターさんは大人の女性っぽく微笑みながら、戸惑いを抱えた今の俺に必要な言葉を投げかけてくれた。


「あっ、料理が出来たみたいだわねん!」


 そこで、タイミング悪く料理が運ばれてきた為、マスターさんとの話題はまた変わってしまったが、先ほどの言葉を反芻した。


 なるほど……な。納得するしかなかった。


 日々、詩衣を観察している俺だからこそわかることがある。

 文武両道成績が良く、他人に気を遣ってくれるあまりに完璧な淑女。

 そんな彼女の本性は好きな趣味に一直線だと日に日に思わされた。


 けど、違ったのだ。

 俺の見てきた詩衣に噓偽りの一面は一切ない……全ての一面が欠けてはいけない彼女の魅力だったみたいだ。


 照れ臭くて言葉には出来なかったけど……今日は最高のデート日だったよ。

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