第26話 盗撮犯の正体

 それはデートの日の夜のこと。

 風呂上りにスマホへ届いた通知を確認すると、鈴芽から一枚の写真が添付されたメッセージが届いていた。


 SUZUME:

 今日さ、あーし面白いもん撮ったんよ。

 ねぇ見てこれ、めちゃくちゃ真琴に似てるっしょ!!

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 写真には格好つけたポーズを決めた俺のコスプレ姿。

 無駄に解像度が高く、俺の横顔が鮮明に写されていた。


 まさか盗撮犯の正体が知り合いだったとは予期せぬ事態だ。


 だが、あくまで似た人物がいたという話題であり、写真の人物が俺だと指摘する内容ではない。ここは白を切るべきだろう。


 真琴:

 そうかな?

 まあ若干似ているかもしれないな

 でも、俺じゃこの奇抜な服は似合わなそうだ

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 SUZUME:

 はい嘘吐き~!

 絶対これ真琴っしょ? 何やってんの、マジで!

 ちょ~ウケるんですけど。

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「むむっ?」


 数分も経たず来た返信に戸惑う。


 俺の言葉に嘘を吐いていると判断できる内容はなかったはずだ。

 ならば、最初から鈴芽は俺だと確信していた事になる。


 一体どうやって?

 疑問も束の間、鈴芽が以前にも俺の姿を見抜いている事を思い出した。


 お見合いの日も、俺を見かけたのは鈴芽だった。

 あの時だって、ただ髪型を変えただけとはいえ、似合わない姿だったにもかかわらず、俺だと確信付いていたのだから、単純に目が良いんだろう。


 真琴:

 ……盗撮犯にからかわれたくない

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 SUZUME:

 やぁ、偶然見ちゃったわけだし?

 あーしも急ぎだったから声かけられなかったんだって。

 ごめんね?

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 真琴:

 明らかに逃げていた気がしたんだけど

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 SUZUME:

 間抜け顔が面白かったし、こうして驚かせたかったかんね。

 で? どうしてあんな恰好していた訳なのよ。

 な~んかさ、やっぱし女の影響? 匂うなぁ。

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 真琴:

 なんだそりゃ

 別にコスプレしたい気分になることもあるだろ

 気にすんなって

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 SUZUME:

 おっと、本当にコスプレだったんだ。

 はーん、ふーん、ほーん。

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「あっ」


 不意にあの衣装がコスプレである事を教えてしまった。

 着ていた俺でさえ、ただの格好いい服だと誤解していたんだから、短時間で気付ける訳がなかった。

 折角、誤解してくれていたのに。


 SUZUME:

 もしかしてさ、同クラの柚木って子が関係してる?

 あの子、確か実家が服飾店なんでしょ。

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 真琴:

 なんで柚木の名前が出てくんだよ

 前のこと、まだ気にしているのか?

 同じ図書委員でそれなりに仲が良いのは認めるけど、そんな話は初耳だ

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 SUZUME:

 ちょっと家庭科の授業で裁縫が得意だったから聞いただけ。

 教室で柚木ちゃんに言われたことは別にもう気にしていないわよ。

 でもそっ、あの子とはあんまり仲が良いって訳でもないのね。

 |


 言い方になんだかイラっときた。

 柚木とはそれなりに仲が良いけど、あまり公にしたくないと思ってしまう。


 態々アピールするようなことでもないし、柚木自身も目立ちたくない性格だから。


「あれ? 目立ちたくない……?」


 それなのに、以前鈴芽から俺を庇うように出しゃばったのは、一体どういうことだったんだろうか。今更ながら疑問だ。


 いや、何か他意があるように考えるのはやめよう。あれは柚木なりに勇気を出した行動で、単純に俺を友達として見てくれたからこその行動だったんだろう。


 そう考えると、やはり柚木のことは放っておけない。

 どちらかというと俺は彼女に話を聞いてもらっている側の立場だが、あいつは虐められている友達を庇ってしまうタイプな気がする。


 真琴:

 んで、話ってそれで終わり?

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 SUZUME:

 えっ、別に?

 でもさ、あーしが今日何していたとか、気にならないわけ?

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 真琴:

 どうでもいいよ

 興味ない

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 続く鈴芽の返信に、自然と感情が凪いだ。


 柚木の名前が出たから……ではない。

 鈴芽がただコスプレの話題をつまみにして切り出したことに、胸が痛くなったのだ。


 SUZUME:

 え……なにその反応。

 もしかして、あーし怒らせちゃった?

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 真琴:

 怒ってないよ

 ただ好きだから着ている服を揶揄われたら、あんまりいい気がしなかっただけ

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 たった一日でコスプレに慣れた訳じゃない。

 恥ずかしかったのは本当だし、なるべく避けたいとまで思っている。

 けど、それでも楽しかった思い出にはなった。


 詩衣が大切にしている趣味を馬鹿にされるのは嫌だし、思い出そのものを揶揄われているように考えてしまったのかもしれない。


 SUZUME:

 ごめんなさい。

 いつものノリで考えが甘かったみたい。

 絶対……馬鹿にするつもりはなかったから。

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 しおらしくなった返答に、俺の言葉がしっかり伝わったと知ってほっとした。

 ただ溜息を吐いてから、やっと自分のチャットが冷たいことに気付く。


 真琴:

 怒ってないし、謝罪とか求めない

 なんかそういうの、鈴芽のキャラと違うから調子が狂う

 俺の方こそ言い方が悪かったよ、ごめん

 |


 言い訳だ……でも嘘じゃない。

 チャットはそこで止まり、既読は付いたものの、続く鈴芽の返信はなかった。


「やっぱり冷たかったよな……学校に行ったらもう一度謝ろう」


 よくよく考えてみたら、鈴芽だって似合わない服を着た俺に何かあったのか心配していたのかもしれないな。


 元々、鈴芽の性格は良い方だ……教室でマウントを取り合う時を除いて、基本相手の事を思いやってやれる奴なんだ。

 そうじゃなきゃ、以前だって柚木相手に謝ったりしない。


 今のように文字で想いを伝えるのは苦手なのかもしれない。

 学内掲示板でも、似合わず喧嘩を売るようなチャットばかりになっているからな。


 乙女の気持ちはデリケートだ。

 こういうところも寛容に考えてやるのが、紳士ってやつに違いない。

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