第2話 異色のMクラス

「だから~っ、絶対に水族館だって。鼓、本当にわからずや!」

「もっとエキサイティングな方が良いって。やっぱ自分が楽しまなきゃ理想とは言えないしさ~。ほら、真琴もそう思ってる」

「ああ……うんうん、思うよ。ふぁ~っ、眠い」


 日当たりの良い席、偶然にもくじ引きで決まった俺の居場所は、相変わらず騒がしい。


 友達……そう言えなくもないクラスメイトのイケメン、霜鳥つづみに何か訊かれた気がしたので適当に相槌を打ったけど、深い事は何も考えていない。


 なんかデートするなら何処が理想か? みたいな話題だった気がする。

 彼氏彼女がいる事を前提とする話題に、彼氏も彼女もいない俺はついて行けていない。

 いや、彼氏は作る予定もないけども。


「なんで真琴は遊園地が良いと思うわけ?」

「……彼女が怖がりだったらリードできそう」

「それだ! ほら、真琴はわかっていたぜ?」

「いや、意味わかんないんですけど。大切な彼女にすること? 怖い場所連れてくんなし!」


 言い返された華奢な金髪のギャル……霜鳥鈴芽すずめは納得いっていないようだ。

 鈴芽は鼓の妹であり二人は美男美女の兄妹だが、見ての通りあまり似ていない……気がする。


 まあ適当に話を合わせただけだし鈴芽の言葉は正論だけど、意味はわかるだろ意味は。

 でも、そう思ったところで俺に言い返すような度胸はない……言い返せる立場にない。


 この教室には、所謂カーストのようなものがあるからだ。

 ようなもの……と曖昧な表現をするのは、誰かが決めている訳でもなく空気感がそこにあるだけだからだ。


 だけど、みんな雰囲気で大体誰がどんな立場にいるのか、凡そ察している。

 一軍女子は今日もドラマやSNSで流行りの話題……或いは一部在籍している上流階級のご令嬢などはご立派な世間話に耽り、一軍男子はスポーツの話題か経済的な批判なんてしている。


 因みに世間話にも飽きてくだらない話をする目の前の二人も、一軍の生徒だったりする。

 それもクラスのまとめ役だからか、俺の他に人を寄せ付けない。

 なんで俺の席の前で口論すんの? 二年生になってから唯一の謎だ。


「…………」


 こうして俯瞰的に考えてみれば、この京廷学院高等学校二年Mクラスは色んな生徒が集まる異色のクラスと言える。


 まあ、そんな個性の強い連中が揃っている所為で、カーストみたいな空気が出来てしまったんだろうな。


 因みにこうして一軍の生徒の暇つぶしに付き合っている俺は、二軍といったところだ。


 俺の友好関係はほぼない。

 いるようでいないような存在……着地できないふわふわした立場、意外に居心地は悪くない。


 というのも、実際には俺が怖がられている為に避けられているという形だ。

 顔が怖い訳じゃない。去年……ちょっと非暴力的な意味で荒れていた時があり、周囲に避けられるようになっただけだ。


 それで三軍ではなく二軍なんだから、カーストというのもよくわからない。

 まあ、そんな俺に話しかけて来る物好きに何故か一軍の生徒が多いというのは、関係あるのかもしれないが……くだらない格付けにしか思えなくなる。


 耳を傾ければ「霜鳥兄妹、怖いもの知らずだよなぁ」「きっと飼い慣らしてくれているんだ」「でも、あの正論マシンと話したくねぇよぉ」などと俺が地獄耳だと知らない連中がまた陰口を言っていた。


 目上の人はその立場だけで怖いとか言うし、畏怖の感情でもあるのかもしれない。


 よくもまあ飽きないものだと思っていたら、窓に陽射しが反射して眩しさに目を瞑った。

 反射したのは丁度教室の扉に取り付けられた硝子で、今誰かが登校してきたことを意味する。


「おはようございます」


 今しがた教室に現れた聞きなれた声に、教室のみんなは自然と視線を向ける。

 ストロベリーブロンドの髪色の濡れ艶に朝陽が反射すれば、次元の違う存在感がそこにはいた。


 桜の淑女……そう呼ばれ慕われている香月詩衣は正にこのカーストのトップだろう。

 いいや、このクラスや学園に踏みとどまらず、今や国民的に名前が広まっている著名人だ。


 元々国内随一の名家である香月家のご息女ということだが、一年前までは箱入りなのかテレビやネットへの露出はなかった。


 それが突然、何を思ったのか彼女は流行りの写真や動画を投稿するSNSでその天然の美貌を晒した。


 フォロワーの急上昇は他の追随を許さず……たった一年で国内十本の指に入る人数のファンを作ったのだから、こんな学園の一教室で彼女を脅かす存在などいる筈もなかったのだ。


「ごきげんよう、香月さん!」

「はい、ごきげんよう」


 会話に夢中になっていた一部の女子達はすぐに話を止めて、香月の席に集まった。


「相変わらず、顔が良いと恵まれるものよねぇ」


 いつも通り香月の姿を見た鈴芽が愚痴った。

 陰口とまでは言わないが、皮肉なのは顔を見ればわかる。


 同じ学年には香月の他にも同じように、異名で呼ばれ慕われる女子生徒が三人いるが、それでも香月が断トツで人を集めるし、一軍女子の鈴芽も決して無視できない存在だ。


 一学年十三クラスもある中で、不運にもMクラスはリーダーシップを図りたい生徒、或いはそう祭り上げられた生徒が多い。

 幾つかの派閥に別れ、彼ら彼女らが中心となるカーストが出来上がってしまったのだ。


「鈴芽も容姿は良い方だと思うけどね」

「……当たり前の事言わないでくれる?」

「えぇっ……ごめん」


 褒めたのになぁ……なんて言えば良かったんだろうな。

 はいそうですね……って真っ正面から顔に泥を塗るような事言える訳ないし、沈黙が正解だったのか?

 流石は一軍女子様のお考えはわからん。


「持たないものを羨むより、持っているもので敵わないのがムカつく」

「よくわからないけど、敵わないのか?」

「天然ものとそうじゃないものには違いがあんの……それだけ」


 うん。やっぱり一軍女子様のお考えは……難しい。

 不貞腐れた顔で、鈴芽は俺の前を離れた。

 愚痴ってばかりで本人の耳にでも入ったら大変だから、彼女なりに自重のつもりなのかもしれないな。


「天然もの……か」


 ボソッと呟きながら、鈴芽の言葉を反芻する。

 言いたい事は多分、自分の魅力を磨いて努力している自分と比べて、元から全部持っている香月は狡い……そういう事を遠回しに言っているんだろう。


 まるで香月が努力していないような言い方に俺は内心ムカッときたが、同意を求められている訳でもないただの愚痴だと考えれば無視できる。

 無視できるだけの同情が……鈴芽に対してはあった。


 鈴芽にとって香月は……立場的に目の敵だしな。事情はそう簡単なものじゃない。


 例えばクラスで何か決め事をしようという時に、カースト上位の鈴芽はクラスを先導するのに大きな影響力を持つ。


 しかし、そこで香月が意見を出せばどうなるか。

 彼女の言葉は鶴の一声だ……趨勢なんて一瞬でひっくり返る。


 そういった苦い経験が……まあ実際にあった訳で、俺はそれを知っているから水を差すような野暮は言わない。


 それ以前に、鈴芽にとって俺は多少仲が良い程度の二軍男子で、俺の意見もまた聞き流して然るべき戯言に過ぎないだろう。


 鈴芽だって、どうしようもない相手だという事は自覚している筈だ。

 そもそも同じ一軍という括りに入れている理由が、香月がカーストなんてもの気にも留めていないからに他ならないのだから。


 まっ、そういう部分も鈴芽のプライドを逆なでしている要素なのかもしれないな。


「あっ、浅丘くんと……霜鳥くんもおはようございます」


 甘い香りが鼻をかすめる。

 思考に意識を集中していたら、すぐ横に香月が迫っていた。


 いつの間に……視界には入れていた筈なのに、俺としたことがボケていたのか?

 驚いた所為か顎の筋肉が固まってしまい、困っていると、鼓が助けてくれる。


「あれ、なんか一瞬俺の名前忘れられてなかった……気のせい?」

「気のせいです! クラスメイト全員の名前くらい覚えているんですから」

「おはよぅ」


 やべっ……やっと香月と目を合わせられたと思ったら、緊張と欠伸を我慢していた所為で声が小さくなってしまった気がする。

 今日は本当にボケていたようだ……若干、寝不足っぽいな。いつもみたいにスマートじゃない……ここは深呼吸だ。


 すぅ~……はぁ~……。


 静かに深呼吸を終えると、挙動不審が気になったのか俺の顔をじっと見つめるような目を向けられる。

 お顔が尊すぎて俺には直視できない!


「香月さ~ん、今日の課題なんですけどぉ! 教えてくれるって約束は~?」

「はぁい。約束、ちゃんと忘れてないですよ~」


 残念ながら、人気者を独り占め? ……する時間は短いのだ。香月は友達に呼ばれ席へ戻っていった。


 ふぅ……今日の朝も窒息死しなくて済んだようだ。


「ん……?」


 そんな時、スマホに二件のメッセージが届いている事に気付いた。

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